資生堂の販売員、50年後のがんを「労災」認定
2025年12月、ある労災認定のニュースが報じられました。
化粧品に含まれていた「タルク」が原因とされる健康被害について、
労働基準監督署が労災と認めたのです。
しかも、その因果関係がさかのぼるのは、なんと約50年前。
■ タルクとは何か
タルクは、ファンデーションやベビーパウダーに使われる鉱物です。
非常に細かい粉末で、肌触りをなめらかにする目的で広く使用されてきました。
問題となったのは、タルクに混入する可能性のある「アスベスト(石綿)」です。
アスベストは、ご存知のように発がん性が明確に確認されている物質であり、吸入によって数十年後に中皮腫などを引き起こすことが知られています。
■ 今回のケース
今回労災認定された女性は、
1974年〜77年に資生堂に勤務
ファンデーションの使用やメーキャップ業務に従事
ベビーパウダーなどの製品も日常的に扱っていた
その後、約50年を経て
2024年:悪性胸膜中皮腫と診断
同年10月:逝去
ご遺族が申請を行い、2025年12月に労災認定が下されました。
化粧品由来のタルクによるアスベスト被害として、日本で初めて認められたケースとされています。
■ 海外ではすでに大規模訴訟に
この問題は、日本だけの話ではありません。
特に有名なのが、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)のベビーパウダー訴訟です。
アメリカでは3万4000件以上の訴訟
主な訴えは「使用により卵巣がんを発症した」
2023年、約1兆2千億円規模の和解案に合意
さらに被害は、カナダ、イギリス(2025年:約3500人が提訴)へと広がっています。
つまり、「タルクとアスベスト」の問題は、国際的な健康被害問題なのです。
■ 日本の規制はどうだったのか
実はこの問題、1970年代の時点ですでに、リスクは指摘されていました。しかし日本では、長らく明確な規制が存在せず、実質的な対応が進んでいませんでした。ようやく明文化されたのが、2006年です。
厚生労働省は規制を強化し、
アスベスト含有製品の製造・使用を原則禁止
0.1%超の含有が判明した場合、報告と回収を義務化
ようやく制度的な対応が整いました。
■ 「見えない因果関係」という問題
アスベストの特徴は、これもご存知かと思いますが、発症までの潜伏期間が非常に長いこと(20〜50年)、そのため「静かな時限爆弾」と呼ばれたことさえあります。つまり、原因が仕事や製品にあったとに気づかない、医療側でも関連が見逃される、そして、労災申請にすら至らないことが多い。
こうしたケースが多く存在すると考えられています。
今回の認定は、その意味で大きな意味のあることだったと感じます。改めて長い間、大きな健康被害を被るかもしれない状況に、私たちは晒されていたんだ、それが明確になったということです。
■ 日本では「本当に何も起きていない」のか?
日本における化粧品による薬害訴訟は、2010年代のカネボウ美白成分による「白斑」問題、同じく10年代の悠香「茶のしずく石鹸」による小麦アレルギー発症事件などが有名です。しかし、タルクのアスベスト問題は全く聞こえてきません。
J&Jのベビーパウダーは、日本でも長年販売されてきました。
1960年代に発売しはじめて、1970年代には家庭に広く普及していたと推定されます。
しかし、大規模な訴訟は全くなく、健康被害がもしあったとしても、全体像も見えていない。これは本当に「問題がなかった」のか、それとも「見えていないだけ」なのか。
50年たってはじめて中皮腫というがんに侵され亡くなった方のように、当時同じような仕事についていた方の中で、関係性に気づくことなく病に侵された方はいなかったのか、
いいえ販売員でなくても、毎日使う化粧品、ずっと同じ製品を使い続けて、やはり何十年も経った後に、肺がんなどになった方はどのくらいいたのか、何も、わかっていません。
少し立ち止まって考える必要がありそうです。
なお現在は、
J&Jのベビーパウダーはタルク不使用
コーンスターチ(トウモロコシ由来)へ変更
ファンデーションなどの化粧品にもアスベストは0.1%以上は禁止
といった対応が取られています。
■ 健康リテラシーとして考えたいこと
この問題から見えてくるのは、単なる「昔の製品の危険性」ではありません。むしろ本質は、
科学的リスクはすぐに規制されるとは限らない
長期的な影響は「見えにくい」
被害は個人レベルでは気づきにくい
という構造です。
■ 最後に、ひとつの問い
私たちは普段、
「今、安全に売られているものは大丈夫」
という無意識の前提があります。けれど本当にそうでしょうか。
20年後、50年後に評価が変わるものはないのか
「問題がない」のではなく「まだ分かっていない」だけではないか
そして、私たちはどこまで情報を取りに行けているのか
今回のニュースは、そうした問いを静かに投げかけているように感じました。
