学びは種、実るは人──農を教える「学び舎」、一関市農協大学の風呂敷

「農の心を育てる布」──一関市農協大学・石川武男の風呂敷
岩手大学農学部長であり、一関市農協大学長でもあった石川武男。

彼が主導した時期に制作されたとみられる一枚の風呂敷には、
「農民の心 早く芽を出せ 早く木になれ 早く実がなれ」
と記されている。

中央には「猿蟹合戦」の蟹が杵を振るう姿
──教育と農の力を信じた昭和の思想が、今もこの布に息づいている。
農を教える「学び舎」の理想──一関市農協大学

今回紹介するのは、
一関市農協大学の発足時に制作されたとみられる綿製の風呂敷である。

中央に大きく描かれているのは、「猿蟹合戦」の蟹が杵を振り上げる場面。
その周囲をぐるりと囲むように、
「農民の心 早く芽を出せ 早く木になれ 早く実がなれ」
という文字が配置されている。


それはまるで、農の営みそのものを教育の比喩として語るような一文だ。
この風呂敷を監修したとみられるのが、
当時の岩手大学農学部長・石川武男(1921年島根県生まれ)。
彼は、農業土木学の専門家として全国の土地改良や農村教育に尽力し、
のちに岩手農民大学長・独立行政法人農業者大学校講師を
務めた人物である。

不明 - scanned from ISBN 4-309-76032-5., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5511326による
教育の現場に「農協主催の大学」を設けたこと自体が、
戦後農業の再生を担う試みだった。
一関農協大学は、農協が主催する専業農家教育(2年課程)として開かれ、
そこに岩手大学教授陣が講義を行うという、
実学と学問の橋渡しを志す構想だった。

藤山覚三 - このファイルは次の画像から切り抜かれたものです, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=38560742による
風呂敷の周囲に記された学生たちの署名は、
その第一期生の志を今に伝えている。
のちに岩手大学教授となった伴野達也や藤瀬一馬の名も読み取れる。
この布は、農を「学び」として次代に伝えようとした、
若者たちの証しなのだ。

藤山覚三 - このファイルは次の画像から切り抜かれたものです, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=38560741による
蟹が杵を振るう──「猿蟹合戦」の寓意
中央に描かれた蟹は、民話「猿蟹合戦」に登場する、
正義と協働の象徴である。
弱い者が力を合わせ、知恵と忍耐で報いを得るその物語は、
農村共同体の精神や、協同組合の理念とも深く響き合う。

藤山覚三 - このファイルは次の画像から切り抜かれたものです, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=38560837による
石川氏は農業教育において「協同」の価値を重視した。
農の営みは一人で完結せず、土・水・人が結びつく関係の中にある。
だからこそ、蟹が振り上げる杵は、単なる復讐ではなく、
「労働と結束の象徴」として描かれているように思える。

Wakkubox - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=8039326による
布地の上でその姿を見つめていると、
戦後日本の農村が再び立ち上がろうとする気配が伝わってくる。
それは耕す手の力強さであり、
また、学ぶ心が根を張っていく過程のようでもある。
教育と農が同じ「育てる」営みであることを、
石川はこの布に託したのかもしれない。
農協と大学──“知”と“土”のあいだに

とらもん192 - 投稿者自身による著作物, CC 表示 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=164306775による
戦後の日本では、
農協(農業協同組合)が地域社会の再建に大きな役割を果たした。
経済的な組織であると同時に、「農民の教室」としての側面を持っていた。
一関市農協大学の設立もその流れの中にある。

Saito mokichi - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=21087711による
1980年の教育学研究誌には、
「農協主催で一関農協大学(二年課程・専業農家教育)が発足」
と記されている。
その後、岩手大学農学部の教授会が講座を受け入れ、
「営農講座を上積みする構想」が語られた。

Photo by 663highland, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=64125586による
学びと実践を結ぶ教育システムの実験場として、
地域に根ざした高等教育の可能性が模索されていたのである。
この風呂敷が作られた背景には、そうした教育的理想が息づいている。
農協という現場のネットワークと、大学という知の体系。
その交点に立つ人々が、布に筆を走らせ、自らの名を刻んだ。
それは単なる記念品ではなく、「知の共同体」を包む布だったのだ。

Photo by 663highland, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=64125762による
岩手に息づく学びの系譜──宮沢賢治との距離
岩手大学農学部といえば、文学者宮沢賢治の出身校としても知られる。
賢治もまた「農民芸術概論綱要」において、
農民こそ芸術家であるという思想を掲げた。
石川武男が率いた農協大学の理念にも、
その延長線上にある精神が感じられる。

不明 - scanned from ISBN 4-309-76032-5., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5511346による
「農民の心 早く芽を出せ 早く木になれ 早く実がなれ」――
この言葉には、農を生業とする人々が“学びによって成長し、
実を結ぶ”という希望が込められている。

不明 - Kamakura Museum of Literature archives, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1614254による
その思想は、宮沢賢治が説いた
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福もない」との信念と、
静かに響き合っているように思う。
岩手の土から生まれた教育と信仰、そして実学。
この風呂敷は、そうした“岩手の知の系譜”を布の上に記録している。

663highland - 投稿者自身による著作物, CC 表示 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=2709605による
芽吹きの布──時を超えて息づく学び
風呂敷を広げると、蟹が杵を掲げ、若い名が並ぶ。
布の上には、昭和の光と土の匂いが、いまも淡く残っている。
手に取ると、まるで春先の土を掘り返すように、
眠っていた記憶が静かに芽を出すのを感じる。

不明 - 森荘己池『宮沢賢治』小学館、1943年1月30日。国立国会図書館デジタルコレクション:永続的識別子 930995, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=87418800による
「早く芽を出せ、木になれ、実がなれ」──
その願いは、四十年を経た今もなお、
教育の原点として、どこかで小さく響き続けている。

Kenji Miyazawa - 森荘己池『宮沢賢治』小学館、1943年1月30日。国立国会図書館デジタルコレクション:永続的識別子 1169360, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=87418803による
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