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#2. 《決意の種を運ぶ風》

 ルーメリアの城門を抜けた丘の上、空気の流れが頬を撫でた。旅人は足を止め、草むらに小さくうずくまる影に気づく。
「どうしたの?」
 顔を上げたのは十歳ほどの少年。握った手の中には、白く軽やかな綿毛があった。
「……帰る場所があるんだ。でも、どうやって帰るのか忘れてしまった」

 少年は「詩(うた)の国」から来たという。最近、この世界セレシアにはそこから迷い出た子供たちが現れ、帰るには“鍵の言葉”を心に取り戻さなければならないらしい。しかし彼の記憶には、胸の奥で揺れるだけの感覚しか残っていなかった。
 旅人は案内役のリュミエと目を合わせ、仲間のアリア、ソルシアに連絡をとった。四人は少年を連れ、手がかりを探す旅に出る。

 最初に訪れたのは、草原の丘。地面から伸びる細い茎が揺れ、白い綿毛が舞い上がっていく。
「……胸が少し軽くなる」少年がつぶやく。
「軽くなる?」とリュミエが首をかしげる。
「うん、何かが動き出すような……でも、まだ名前がない」
 旅人はその感覚を大事に覚えておくように告げた。最初の手がかりは“感触”だった。

 二日目、一行はグランティア港を見下ろす高台へ。そこには古い塔があり、吊るされた羽根飾りがくるくると回っている。
 少年は飾りの回転を見つめながら言った。
「昨日の軽くなる感じが、形になってきた。何かが始まる合図……兆し、みたいだ」
「兆しは進む方向を教えてくれるものだね」とソルシアが応じる。
 二つ目の輪郭が、少年の心に灯った。

 三日目、オルミナ諸島の岬に着く。祭りの準備で張られた大きな帆布がふくらみ、港のざわめきとともに揺れている。
 少年は足を止め、両手を広げた。
「……わかった。これが、僕の“鍵の言葉”だ。風だ」
 旅人が頷く。
「最初の感触も、兆しも、全部それが運んできたんだね」
「うん。ためらっていたけれど……選ばなければならないと感じた」

 その瞬間、岬の空気が震え、少年の足元から淡い光が広がった。光は輪を描き、やがて大きな門となる。その奥には湖と森が広がり、中央に文字が浮かび上がった。

まだ名づけられていない気持ちが 胸の奥で揺れていた
そっと吹いた風が その種に気づかせてくれた
ためらいも 迷いも ぜんぶ残したままで
でも、どこかで 選ばなきゃいけない気がしていた
いま、ゆらぎのなかで 未来が芽を出そうとしている

 少年は旅人に微笑んだ。
「ありがとう。僕、行くよ」
 光に包まれ、少年は門をくぐっていく。その姿が消えたあとも、港には帆布の影が揺れ、祭りの旗を高く舞い上げていた。




『詩(うた)の子供たち』目次
◀︎#1. 《静けさを揺らすとき》
 #3. 《波間に還る色》▶︎
『詩(うた)の子供たち』マガジン説明


【鍵の言葉】 風
【創作の断片】 揺れる決意
 →港の丘に立ち、行き先を選べずにいる少年。胸の奥で小さく揺れる気持ちが、空の気配にそっと触れられる。
【詩のある詩】
《決意の種を運ぶ風》
まだ名づけられていない気持ちが 胸の奥で揺れていた
そっと吹いた風が その種に気づかせてくれた
ためらいも 迷いも ぜんぶ残したままで
でも、どこかで 選ばなきゃいけない気がしていた
いま、ゆらぎのなかで 未来が芽を出そうとしている



『詩(うた)の子供たち』目次
『詩のない詩』#2 《決意を運ぶ風》
2. 「風」の「赤の記憶」
2. 「風」の「青の記憶」
2. 「風」の「緑の記憶」
2.「風」の「意味の香り」
『意味のない地図』 #2

Photo: Unsplash
(c) s.f.出版

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