山田祐樹『変な心理学――バズっているアレの正体』雑感【心理学】
大衆心理学をここまで丁寧に検討している心理学者は、かなり珍しいのではないかと思います。
世の中では「心理学」という名称のもとで、出所不明な概念が大手を振るっております。いずれもアカデミックな世界では存在しない、または存在はしてもマイナーなものですが、書店やネット記事、SNSをみると、有名な学術用語・確立された学説かのように扱われている。これが「大衆心理学」。
著者はそれらを「疑似心理学」だと切って捨てるのではなく、丹念に出自を辿ったり、アカデミックな心理学でいうとどう説明がつくのかを考えたり、実証的に掘り下げるならどんな道があるのかを検討したりと、丁寧につきあっていきます。
大衆心理学の中でも、行動心理学、カラーバス効果、ウィンザー効果、蛙化現象については、それぞれかなり詳しく語られています。関心のある方は是非読んでみてください。
以下、気の向くままに感想を書きます。
1 心理民俗学——大衆心理学を文化として捉える
著者としては、大衆心理学を「正すべき間違い」としてではなく、現代人の心性を映し出す「民俗資料」として探求することを提案しています。大衆心理学は、理論というよりは、記述されるべき文化なのではないかと。それは心理民俗学とでも呼べるアプローチです(第6章参照)。
「人間心理の普遍法則の解明」を目標とするならば、遠回りどころの話ではなさそうですが、そもそもそんな普遍法則があるのか、あっても解明できるのかも自明ではありません(社会心理とかは特にそうかも)。だからこそ、本流の心理学とは別口で存在する意義はありそうです。
私は民俗学には詳しくないですが、「大衆心理学」が伝播していった個別的な文脈を丁寧にみることで、見えていなかった景色を明るみに出したり、現代日本固有の世界観を語っていくというのなら、それは単純に楽しそう。人間的、的な。論文業績至上主義文化との相性は悪そうですが……。
著者はこのアプローチには、誤情報への予防接種(プレバンキング)的な効果があるのではないかとも書いています(pp.266-267)。大衆心理学のような誤情報がなぜ生まれ、どう発展し、どこに注目し、どう扱うかを学習することで、予防接種のように耐性をつけようという話。文脈のトレーニングみたいなものでしょうか。
あと、これは共感したのですが、ファクトチェック一本では、鼬ごっこ過ぎて疲れる(笑)
「デバンキングの効果はあくまでファクトチェックされた対象に限られることが比較的多く、ファクトチェックされなかった対象の真実性をそれが本当はやばかろうとも)むしろ高め(暗黙の真実効果)、しかも今後も新しい大衆心理学用語は増え続けていくでしょう。したがって、デバンキングを至上目的とすると、疲弊します。」(p.266)
2 再現性・一般化可能性
本書は再現性問題と一般化可能性問題にも軽く触れています。心理学の新書でこれに触れているというのは重要です。
私を含めて、非心理研究者にとって問題となるのは、再現性や一般化可能性の低さ自体というより、心理学の温度感が掴めないことだと思っています。
「それサンプル少なくない? 偏ってない?」
「似た事例にも当てはまるの?」
「その研究のやりかたで大丈夫なの?」
とかは、思いつきはするけれども、「学者さんもその辺は当然織り込み済みだろうからなぁ」と過大評価してしまいがち。
逆に「すぐ疑問が思いついたぞ、心理学はこれだから」と過小評価したりする場合も。
研究者サイドが弱点も含めて率直に明かしてくれると、かえって安心できます。心理学が長く信頼され続けるために重要でしょう。
本書は心理学トリビアが充実しているのですが、そういうのも学問への温度感を掴む手掛かりになる気がします。
3 認知心理学の話
全6章のうち、第4章は比較的独立していて、著者が専門としている認知心理学のお話がメイン。物体があるのに認識はないとか、物体はないのに認識はあるとか。そういう研究のお話。サブリミナル効果とか、盲点の話とも関係します。
アカデミック成分たっぷりのパート。
眼球が捉えているはずのものが、ちょっと工夫をすると意識に昇らなくなってしまうフラッシュ抑制の話は驚きでした。
本書でも言及されていた、有名な「ゴリラのやつ」。動画を貼っておきます。
ばっちりみえた。ひょっとして随伴性注意捕捉(≒カラーバス効果)のせいか?
あれ、こんなのもある。こっちは知りませんでした。なお見えなかった。
4 クオリアとか
あと、個人的にはクオリア問題に触れられているのがグッド(pp.48-49)。
数百文字の言及だけど、心理学者がクオリアを語っているのを見聞きすると興奮します。
5 行動心理学
行動心理学の起源については、もっと世の中に広まって欲しいので紹介します。
「アカデミックな心理学を営んでいる人々の間では、行動心理学という学問分野は存在しないというのが一般的な考えです。」(p.31)
この結論については予想通りでした。
理由① 「行動心理学」は、心理学の教科書に出てこない。
理由② ネットや、たまに書店で目に入るものの、アカデミックな心理学者が著者であることはあまりない。
理由③ SNSで「行動心理学って何?」と呟く心理学関係者をたまにみた(笑)
心理学者でも、行動科学と認知科学の研究者が共同で講座をもつ場合や、行動主義心理学や行動分析学を拡張・総括する場合に「行動心理学」という言葉を使う場合があるそうです(pp.35-36、p.vii)。ただ、これは行動心理学という語を使っているだけで、巷で言うような「行動心理学」という独自分野を謳っているわけではありません。
山田氏は特定の分野が存在するか否かを決めるのは難しいとしつつも、「日本学術会議協力学術団体」「日本心理学諸学会連合」のリストや、ネット検索を駆使して、やはり行動心理学を名乗る公式の学会はなさそうだと指摘します(pp.32-33。一部例外についても言及あり)。
ちょっと面白いのが巷で言われる大衆心理学がいう「行動心理学」の定義。
まず、「人の行動など、見聞きできる客観的情報から、心理の謎を探求する学問が行動心理学」などとされることがあります。この場合は、単に「心理学」の定義とさして違いません。主観的な心を直接見ることができる心理学などはないためです。
ただ、ときたま「行動心理学」は、
「人の無意識の行動から本音を読み解く学問」
「人間の行動から感情を読み取る学問」
などともいわれるそうで。これだと、行動を手がかりにして心理の謎を探求するというより、読心術かのような言われようです。
さらに、ここからが面白いところ。
行動心理学の創始者としては、
臨床心理学者ジョン・ブレイザー博士
心理学者ジョン・ワトソン
心理学者ジョン・ブレイザー・ワトソン
などとされているよう。
著者のつっこみ「基本的に、ジョン以降があやふやです。」に笑いました。
なお「ジョン・ブレイザー・ワトソン」は存在しません。二人の研究者のフュージョンです(笑)
ジョン・ワトソンは行動主義心理学の祖ですが、行動心理学の祖ではありません。(私の理解だと)ワトソンの行動主義心理学とは、客観的に観察・検証できるものを重視する考えに基づき、思考や感情といった内的な状態を原則として説明から排除し、刺激とそれに対する行動(反応)の関係に注目することで、行動を説明・予測・制御しようとした心理学です。
↑の記事は行動主義心理学の解説です。
行動心理学は「本音や感情を読み取る」のを重視するようなので、行動主義心理学とは方向性が違います。行動主義心理学は内面という曖昧なものに頼らずに、行動の法則を探りたいわけです。
ジョン・ブレイザーは、私は知りませんでした。そもそもそこまでメジャーな学者ではないらしい。
「足の組み方と心理的特徴との関係についての論文」があることは行動心理学界隈で有名らしいものの、60年で7回しか引用が記録されておらず、そもそも日本では論文の入手が困難とのことです。
なぜマイナー論文が、一部界隈の著名論文になり、著者が行動心理学の創始者扱いされたのか。山田氏は行動心理学を冠する本の参考文献を総当たりすることで謎に迫ります。
詳しい検討は著書を読んでいただくとして、「足の組み方論文」の拡散については、
「つまり、Blaizer(1966)→大坊(1998)→植木(2012)→拡散、です。
当然ながら植木氏もその他の著者の方々も、ブレイザー氏を行動心理学の創始者などとは言っていないので、この拡散の過程のどこかで誤解が起こり、ジョン・ワトソン氏との合成なども生じていったと思われます。」(p.44)
とのこと。よくここまで……。
ただ、行動心理学の創始者候補は、他にもいるそうです。
「結局、行動心理学の創始者とは誰なんでしょうか。私は「この言葉を大衆的な文脈で使い始めた日本人の誰か」こそが「創始者」と呼べるんじゃないかと思っているのですが、残念ながら今のところその真相には至れておりません。
すごく気になるので、いつか絶対に明らかにしたいと思うところです。情報提供もお待ちしております。」(p.46)
こんなことが「すごく気になる」ということからも、著者が心理学好きであることが伺えます。
なかなかしつこい追跡っぷりですが、この執着がカラーバス効果、ウィンザー効果、蛙化現象にも発揮されています。冒頭述べた通り、単に起源を探るだけではないです。
心理学という学問好きというより、心理学と名がついてたらもう好き、みたいな。いろいろとマニアの情熱を感じる本です。
こういう変な本、いいですね。
