鍼灸と漢方、どっちが効くの?(3)鍼灸の「本治法」と「標治法」の具体例
この記事は
「鍼灸と漢方はどっちが効くの?」
と
「鍼灸と漢方はどっちが効くの?(2)東洋医学の四診法と鍼灸の標本同治」
の続編です。今回が締めの回になります。
「本」とは大元の意、体で言うと全身。
「標」とは目印の意、体で言うと局所。
つまり、鍼灸における「本治法」とは病気や症状の大元を治すための治療。
「標治法」とは症状の出ている局所のつらさを取るための治療。
両方を同時に行う治療を「標本同治(ひょうほんどうち)」といいます。
「標本同治」が理想の治療ではありますが、時間の制限、予算の制限等で「標治法」メインでの治療も大切ですから、どっちがいいとかの問題とは話が違ってきますのでご理解くださいね。
今回は
実際に二人の患者さんを例にとり、本治法、標治法の実際をシュミレーションしてみます。
Aさん
主訴:右腰部から右臀部にかけての痛み
年齢:64歳
性別:女性
既往歴:10年前に子宮筋腫全摘手術、5年前に右下肢静脈瘤日帰り手術
家族歴:夫(69歳自営業)、娘(25歳独身同居)の3人家族
息子(32歳は既婚で別世帯)
職業:主婦、週3日パート(5時間/日)スーパーレジ業務
状況:1年前から右腰痛と右臀部及び下肢大腿後側、外側に
痛みが出るようになった。
問診票:

Bさん
主訴:右腰部から右臀部にかけての痛み
年齢:55歳
性別:男性
既往歴:3年前に心筋梗塞を発症し冠動脈にステント留置手術
この10年で2回胆石症で薬物治療と衝撃波破砕処置実施
長年、花粉症で治療継続中
家族歴: 妻(55歳パート勤務)、義母(82歳)、娘(21歳学生)
職業: 配送業(トラック運転手)
状況:半年前から時どき右腰痛がでて、最近は右臀部の痛みと右下肢外側に しびれが出ることもある
問診票:

四診をもとに『証』(東洋医学的診断)をたててみました。
Aさん:①腎陽虚(じんようきょ)
②気血両虚(きけつりょうきょ)
Bさん:①肝気鬱血(かんきうっけつ)
②気滞血瘀(きたいけつお)
Aさん、Bさんとも2つづつの証が立ちました。
臨床の場では珍しいことではなく、むしろひとつだけの証であることは少ないです。病気や症状は原因が複雑に絡みあっていますから。
あとは治療者、医療者がどの証を優先、重要視するかで漢方薬を決めたり、鍼灸だとツボや手技を決めることになります。
さらに具体的に話をすすめましょう。
つまり、患者さんの病院での診断名、今回の場合はお二人とも「坐骨神経痛」ですが、東洋医学的にはAさん、Bさんの証(東洋医学的診断)が全然違うということです。
そして、ここまでの道筋は鍼灸も漢方も一緒ですが、ここから先が違ってくるわけですね。
ハリやお灸をするのか、漢方薬を使うのか、治療の方法が変わるだけの話になります。
◉漢方薬で治療を行うには、まず薬の選定が必要です。
Aさんは腎陽虚と気血両虚の証です。
腎陽虚に対応する漢方薬は八味地黄丸、 牛車腎気丸、真武湯、 右帰丸等がありますが、右足の痛みも出ていることから牛車腎気丸がベターと思います。
気血両虚に対応する薬は十全大補湯、当帰芍薬散、補中益気湯、人参養栄湯などがありますが、むくみも出ていることなどから当帰芍薬散がベターのようです。
Bさんは肝気鬱血と気滞血瘀の証です。
肝気鬱血に対する漢方薬は、加味逍遙散、柴胡疎肝湯、桂枝茯苓丸などですが、イライラや頭痛が多いことも考え加味逍遙散を選定します。
気滞血瘀に対する薬は、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、通導散などですが、今回は便秘や肥満状態も考え、通導散とします。
◉鍼灸治療の場合は、まずツボの選定をします。
整形外科受診をしての診断はどちらも坐骨神経痛です。
この状況でのツボの選択、標治穴の候補として
腎兪(じんゆ)、大腸兪(だいちょうゆ)、加えて右の環跳(かんちょう)を選びました。これらのツボにハリを打つことが「標治法」です。
腎兪

大腸兪

環跳

次に本治穴(証に準じたツボ)を決めます
Aさんは腎陽虚と気血両虚の証です。
本治穴候補:中脘、陽陵泉、太谿、三陰交
Bさんは肝気鬱血と気滞血瘀の証です。
本治穴候補:肝兪、太衝、血海、神門、百会
最終的な使用ツボは
Aさん
標治法(共通ツボ):腎兪、大腸兪、環跳
本治法(証に準じたツボ):中脘、陽陵泉、太谿、三陰交
Bさん
標治法(共通ツボ):腎兪、大腸兪、環跳
本治法(証に準じたツボ):肝兪、太衝、血海、神門、百会
と、決めました。
西洋医学的な治療としては、どちらも坐骨神経痛という診断ですから基本的には痛み止めの薬と湿布薬、時にビタミン剤といった処方箋が出るパターンです。AさんもBさんも同じ処方、治療になります。
東洋医学で証を立てての診断をしますと、漢方薬も鍼灸のツボもAさんとBさんではかなり違う処方になるのです。
ただし、証の立て方、漢方薬やツボの選定では治療者の判断、考え方で微妙に変わってきます。そこがまた東洋医学の面白さというか、良い意味での曖昧さでしょうか。
最後に「鍼灸と漢方はどっちが効くの?」シリーズをまとめます。
①鍼灸と漢方は方法論が違うだけで考え方の基本は共通です。どちらも効果は十分期待できますし、実績やデータも蓄積されてきています。
②どちらも「証」(東洋医学的診断)を立て、そこから鍼灸のツボを決めたり漢方薬を調合したり選定をして、治療します。
③簡便治療として「鍼灸の標治法」、「漢方薬のエキス剤処方」などがありますが、コストパフォーマンス、タイムパフォーマンスに優れた治療法といえます。
<お断り>
当然のことながら、証決定の判断、ツボの選定、漢方薬の選定などにあたっては施術者、医師、薬剤師のそれぞれの考え方で変わってきます。
今回の具体例については、私個人の考え・判断に基づいていますのでご理解ください。
また、鍼灸治療においては様々な流派があり、それぞれに特長をもっています。今回の記事は源流である「中医学」がベースになっています。
