6種類の減薬に成功しました
去年、大学病院の精神科病棟に入院を短い期間した。幻聴に悩んでの入院だった。
それは本当に短い期間だった。1週間いたかいなかったか。どうしてかというと病室にいるとお腹が痛くなり、病室から一歩出るとすっと痛みがなくなっていた。それを主治医に伝えたら「退院しますか?」と言われ、「はい」と気軽に応じてしまった、そのためだ。
その1週間に主にベンゾジアゼピン系の薬を5種類中断していた。主治医は2週間くらいで減薬した状態に体が馴染むはずです。そう告げられた。医者が言うのだからきっとそうなのだろう。だが現実は予想から乖離したものだった。
汗がどうしてか止まらない、左手がぶるぶるぶるぶる震えてしかたない、ラジカセから私を呼ぶ幻聴の声がする、悪夢を見て心底から恐怖を覚える、どうしても外出するのが怖くなり一人暮らしだけあり、ただ生活するのでさえ難しくなった。
退院しなければよかった。強く後悔するも先に立たず。震える声と左手を使い電話をかけた。ぶるぶるしながら相談員さんに救援を求めた。
すぐに居宅支援と訪問看護が再開され、精神科への通院はクリニックが訪問診療もやっていたため自立支援を利用してそちらを利用することになった。
介護士と看護師と医師と薬剤師の我が家に訪問してのケア、それが今でも続いている。幻聴はある薬を処方されたらその薬効が良く、しだいにあまり聞こえなくなった。そもそもの診断は昔から統合失調症と双極症の合併と言われていたが現在の主治医が「たぶん双極症ではないと思います」と双極症向けの薬も削った。本当に私は双極症ではなかったようで、体調も上り調子に回復を始めた。
現在の体調を述べると、浪費家にすぎた自分自身からほとんど物欲がなくなった。必要のない限り買わなくなった。そのためお金が貯まるようになった。懐の余裕は気持ちの余裕につながった。幻聴は生活を乱さない限り聞こえることが減った。主治医も全く幻聴が聞こえない状態になるのは難しい、そう仰る。FIFAワールドカップを楽しみにしていたが、日本戦が終わってから、やむを得ずリアタイするのは決勝戦だけにして、残りはDAZNの録画(フルタイム)を利用している。リアタイしたいところで残念だが生活を乱すと簡単に幻聴が聞こえてしまう。
ずいぶん減薬した。それが落ち着くまでは長く辛かった。ただ主治医いわくおよそ私の人生の25年間くらいは朝からビールでも飲んでいるような状態が続いていた。その酩酊状態の25年間の自分の言動を振り返ると穴があったら入りたい。なんであんなことを言ったのだろう?なんでこんなものを買ったのだろう、なんであんなに怒っていたのだろうなど悔やんでも悔やみきれず、心が痛む。noteを振り返っても、なぜこんなことを書いたのだろう。本当に自分が自分ではないようだ。
でも最近見た動画で「これからがこれまでを決める」という言葉を学んだ。そう、選択可能で実行可能なこれからが、これまでをも決めるのだ。そう信じている。そう生きていく。これからがこれまでを決めるのだから。
