川の街リュオーレの物語㉒ 小景(11) 雪の朝
「こりゃあ、来るな」
みかん畑で空を見ながら、父さんが渋い顔で言った。
隣にいたリツホには、いつも以上に風が冷たいことしかわからなかった。
でも、父さんが来ると言えば、来る。雪になる。
みかんの若木に藁を巻くことにした。
もう少し先に採るつもりだったみかんも、予定を早めた。
夕方、すべてを小屋に運び込む頃には、手袋をした指の感覚がなくなっていた。
「ほんとに降るの?」
弟のディアッキが、何度も聞いてきた。
答える元気もなく、リツホは暖炉の脇に座り込んで体を温めた。
「ジャンゴも中に連れてこようか」と母さんの声がした。
どうやって布団にもぐり込んだのか、覚えていない。
「姉ちゃん!雪!」とディアッキに体を揺さぶられた。
近くで「ワン!」とジャンゴが鳴く声も聞こえた気がする。
もう一度、ディアッキに名前を呼ばれた。
まだ、寝ていたいのに……。
ゆっくり体を起こそうとしたとき、何かがバシッと肩を打った。
手をやると、氷のような冷たさだった。
雪玉だ。
「こらっ!ディアッキ!」
反射的に大声が出る。
「だって、起きないんだもん。早く行こうよ!」
上着を着て帽子と手袋をしたディアッキは、
いつの間にかそりを準備している。
木箱のふたに縄が通してある。
何年か前、リツホが兄さんと作ったものだ。
あの頃は、まだ兄さんも家にいて、雪の日は一緒に遊んでくれた。
思いのほか、速く滑るそりだ。
弟だけで行かせるわけにはいかない。
リツホはあくびをかみころして服を探し始めた。
丘の斜面には、もう近所の子どもたちが集まっていた。
皆、それぞれが工夫したそりを手に持っている。
誰が号令をかけるわけでもなく、高いところに駆け上って滑り始めた。
ディアッキは、羊飼いの子と雪玉を投げ合っている。
いくつもの笑い声がこだまする。
その明るさに押されたように、分厚い雲の切れ間から日が差した。
いつの間にか、犬のジャンゴが隣に来ている。
リツホは、子どもたちが谷の方へ行かないよう注意しながら
そり遊びの様子を眺めていた。
雪はみかんの木にも積もっている。
枝が折れてしまわないか、少し心配になる。
あとで、昨日若木に巻いた藁を見ておこうか。
この冬は、みかんがしっかり実ってくれた。
父さんと母さんの顔も、少し明るくなった。
あとは、兄さんがちゃんと便りをくれればいいのだけど……。
「姉ちゃんは、やらないの?」
そりを片手にディアッキが近づいてきた。
「うん、私は、いいかな」リツホは答える。
「じゃあ、これ持ってて」
ディアッキは上着を脱いでリツホに渡し、丘を駆け上っていった。
額に汗が浮かんでいる。
昨年までなら、自分も夢中でそり遊びをしていただろう。
不思議と、今はその輪に入る気にはならなかった。
ジャンゴが、何かとじゃれるように走り回っている。
いつもはそばを離れないこの犬も、
雪が降るとはしゃぎたくなるんだろうか。
何気なくその姿を眺めていたら、ふと、ジャンゴの前で
白い生き物が動いているような気がした。
リツホは目を細めてそちらを見た。
太い尻尾の先が、淡く光ったようで……
瞬きした瞬間、あたりに見えるのは、雪だけだった。

リュオーレの物語は、少しずつ続いていきます。
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リュオーレの物語 道しるべ|湖上珊歩
