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ボブ・ディランは“フォークを壊した人”だったのかもしれない

ディランの映画『名もなき者 / A COMPLETE UNKNOWN』を観て、その時のことを当時、自分はブログに書いていた。
その投稿を久し振りに読んでみて、多少視点を変えて、改めてnoteに纏めてみようと思いました。


この映画を観て、改めて思った。
ボブ・ディランという人は、「フォークの英雄」だったのではなく、むしろ“フォークを壊した人”だったのかもしれない、と。

この映画、観た人によってかなり感じ方が違う作品なのではないだろうか。

もともとディランをよく知っている人と、ほとんど知らなかった人。
あるいは、フォークを通ってきた人と、ロック側から彼を知った人。

その立場によって、見える景色がかなり変わる気がした。

ディランを知らない人にとっては、すべてが新鮮だっただろう。
だが、長年彼を追ってきた人間にとって、映画で描かれていた1961年〜1965年頃までの出来事は、ある意味“伝説として語られ続けてきた時代”でもある。

それでも、改めて映像作品として見せられると、どうにも気になってしまった。

結局、自分はニューポート・フォーク・フェスティバル(1963〜1965)のDVDまで買って観てしまったのである。

ニューポート・フォーク・フェスティバル(1963〜1965)

映画の中では、ディランがエレクトリックセットで演奏した際、フォークファンから激しいブーイングを浴び、ステージには物まで投げ込まれていた。

だが実際の映像を見ると、少なくとも「モノが飛び交う地獄絵図」という印象ではなかった。

むしろ問題は、
・音響の悪さ
・演奏時間の短さ
・観客側の混乱
その辺りも大きかったらしい。

実際、後にアコースティックギターを持って再登場し、数曲演奏している。

もちろん、それでも当時の“フォーク純粋主義者”たちにとって、ディランのエレクトリック化は衝撃だったのだろう。
だが、今振り返ると、あの瞬間は単なる「スタイル変更」ではなかった気がする。

あれは、“フォークというジャンルそのもの”を更新しようとした瞬間だったのではないだろうか。

映画でディランを演じたティモシー・シャラメは本当に素晴らしかった。
歌い方、ギターの構え方、立ち振る舞い――かなり研究したのだろうと思う。
ただ、時折見せる“焦点の定まらない神秘的な表情”だけは、少し映画的演出が強い気もした。

実際の若き日のディランは、もっと自然体で、時に驚くほどチャーミングだ。

ニューポートの映像の中で見せる、あの屈託のない笑顔。
あれは意外だった。

そして改めて感じた。
ブルースやロックという音楽は、本当に古びない。

劇中、TV番組の収録シーンでブルースシンガーが歌い、その後ディランやピート・シーガーたちとセッションする場面がある。
あの演奏が、実に素晴らしい。

ビッグ・ビル・モーガンフィールド

フルアコの響き。
少し荒削りなのに、生々しくて、妙に色気がある。
しかも、そのブルースシンガーを演じていたのが、マディ・ウォーターズの息子、ビッグ・ビル・モーガンフィールドだというから驚く。

「ああ、本物のブルースを聴いてしまった…」

そんな感覚があった。

そしてロック。

1965年、ニューポートでディランが「ポール・バターフィールド・ブルース・バンド」を従えて演奏した『Maggie’s Farm』のカッコよさ。
あれは衝撃的だった。

特にマイク・ブルームフィールドのギター。
あのリフ。
あの音色。
あの少し暴れ気味のブルース感。
たまらなく良い。

しかもディランは、その後もライブで『Maggie’s Farm』を演奏し続けるのだが、その度にアレンジを変えていく。

1975〜76年のローリング・サンダー・レビューでは荒々しいロックに。
1978年の武道館では、ホーン入りのファンキーなアレンジに。
同じ曲なのに、まるで別物。

でも、どれもちゃんと“ディラン”なのだ。

『Like a Rolling Stone』もそう。
形を変えながら、生き続けていく。

一方で、フォークはどうだろう。
もちろん、フォークにも素晴らしい楽曲はたくさんある。
歌詞も美しい。

だが、“伝統的フォーク”と呼ばれるものは、やはり1960年代という時代性と強く結びついている気がする。
あの時代だったからこそ、強く輝いていた音楽。

例えば今、
「これから本格的にカーターファミリー・ピッキングを極めたい」
という若者は、そこまで多くない気がする。

だが、ブルースやロックは違う。
形を変えながら、ずっと更新され続けている。

そしてディランは、その“更新”を、1965年の時点で既に始めていた。

当然、多くのフォーク純粋主義者たちは反発した。
ピート・シーガーらの気持ちも分かる。
彼らにとってフォークとは、単なる音楽ではなく、“思想”でもあったからだ。

だがもし、ディランがその声に従い、ずっとフォーク弾き語りだけを続けていたらどうだっただろう。
ここまで長く、一線で活躍し続ける存在になっていただろうか。
あるいは、「あの時代の人」で終わっていたかもしれない。

そう考えると、ニューポートでの“エレクトリック事件”は、単なる賛否騒動ではなく、音楽史の大きな転換点だったのだと思えてくる。

ディランは、フォークを裏切ったのではない。
“同じ場所に留まり続けること”を拒否したのだ。

それはきっと怖かったはずだ。
ファンに嫌われるかもしれない。
仲間から批判されるかもしれない。
それでも彼は、変わることを選んだ。

だからこそ、ボブ・ディランは「あの時代の人」で終わらなかったのではないだろうか。

彼の歌にもある通り、時代は常に変化している。
社会も、価値観も、音楽も。
その流れを止めることはできない。
だからこそ彼は、早い段階から歌っていたのだ。

――“The Times They Are A-Changin’” と。

The Times They Are A-Changin’ (時代は変わる)


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