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伝わる朗読とは/第4回:語り手が意識すべき「三つの対応」

正しく届ける声。 そして 景色を立ち上げる声。

 さて、聞き手「理解」「イメージ化」「共感」の三つの階段を一段ずつ登っていくために、語り手側はどのような対応をすべきでしょうか。

 第一段階の「理解」に対しては、共通の言語ルールを守ることが不可欠になるでしょう。適切な発声、標準アクセント、そして正しいイントネーションや係り受け。これらが乱れていれば、聞き手の脳は「今のはどういう意味か?」という解析作業に忙殺され、次の階段へ進むことが難しくなります。これは朗読における「基礎体力」をつかさどるところであり、相手にストレスなく物語の中身を届けるための最低限の礼儀と言えると思います。しかし、ここまではあくまで「情報の伝達」の域を超えません。朗読の表現者としての本領が問われるのは、第二、第三の階段である「イメージ化・共感」への対応なのではないかと思います。
 地の文と会話文の演じ分け、場面が切り替わる際の絶妙な「間」、そして感情の機微を表現する強弱や抑揚。これらの技術は、すべて聞き手の脳内に鮮やかな情景を立ち上げるために駆使されるころになります。
 ここで肝心なのは、言葉によって、例えば「それは赤い色でした」と説明するのではなく、聞き手の心に「赤さ」そのものを感じてもらうことになります。メタファーとして例えるなら、「内容をイメージ化しやすく語る」ことと、「イメージを感じやすく語る」ことは、似ているようでいて大きな違いがあります。前者はイメージに至るまでの「設計図」を提示する作業であり、後者はそこに「体温」を吹き込む作業ではないかと思います。
 この、単なる技術論を超えた「感性へのアプローチ」の鍵を握るのが、声を媒介とする非言語的な情報、すなわち「声の成分」になります。どれほどはっきりしゃべり、正しいアクセントで読めても、なぜか心に響かない。
 その理由を解き明かすために、私たちは自分自身の声を一つの「楽器」として捉え直し、その成分について深く考察していく必要があるのではないかと思うのです。

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