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え、あの「酒飲み音頭」の元ネタ!? 名曲『越殿楽』が歩んだ、まさかのリミックスの歴史

「雅楽って、堅苦しくて敷居が高い……」 もしそう思っている方がいたら、私はいつも、ある「証拠」をお見せして誤解を解くことにしています。

実は、日本人が最もよく知る雅楽の名曲『越殿楽(えてんらく)』。 この曲は、ある時代に「超ご機嫌な飲み会のコール(BGM)」として、全国のサラリーマン(武士)たちの間で大流行していたのです。

今回は、千年の時を超えてリミックスされ続けた、名曲『越殿楽』の数奇な運命についてお話しします。


雅楽界のメガヒット曲『越殿楽』

まずは原曲のお話から。 『越殿楽』は、雅楽の中でもダントツの知名度を誇る名曲です。 結婚式、お正月、神社の祭礼……。 「雅楽といえばこのメロディ」と思い浮かべる、あのゆったりとした優雅な旋律です。

本来は、宮中での儀式や、貴族たちが食事やお酒を楽しむ際のBGMとして演奏されていました。

しかし、このメロディがあまりにも美しく、覚えやすかったため、 「この曲に歌詞をつけて歌ったら面白いんじゃない?」 と考える人たちが現れました。

これが、雅楽のリミックス文化「今様(いまよう)」の始まりです。


平安時代のJ-POP「今様」

平安時代の末期から鎌倉時代にかけて、当時の流行歌(J-POP)として「今様」というジャンルが爆発的に流行しました。

これは、既存のメロディに「七・五・七・五」の歌詞を乗せて歌うスタイルです。 その中でも、ダントツで人気だったトラック(伴奏)が『越殿楽』でした。

「越殿楽のメロディに合わせて、好きな歌詞を歌う」 これが当時の貴族や庶民の間で大ブームとなり、やがて時代が下って武士の世の中になっても、この文化は残り続けました。

そして生まれたのが、あの有名な民謡です。


『越殿楽』+『武士の飲み会』=『黒田節』

「酒は飲め飲め 飲むならば〜♪」

このフレーズで有名な福岡県の民謡『黒田節(くろだぶし)』。 実はこの曲、メロディは『越殿楽』そのものなんです。

厳密に言えば、越殿楽のメロディを少し崩して歌いやすくした「越殿楽今様」が、福岡の黒田藩に伝わり、そこで生まれた伝説的な飲み会のエピソードが歌詞として乗っかったものです。

そのエピソードというのが、また豪快です。


飲み会の席で「槍」を奪い取れ!

戦国時代の終わり頃、黒田藩の武将・母里太兵衛(もり たへえ)という人物が、福島正則という武将の元へ使いに行きました。

福島正則は大変な酒好きで、太兵衛にこう絡みます。 「この大盃(なんと数リットル!)に入った酒を飲み干せたら、好きな褒美をやるぞ」

太兵衛もまた酒豪でした。 彼はその大盃を涼しい顔で一気に飲み干すと、福島正則が自慢していた天下の名槍「日本号(にほんごう)」を指差し、「では、あの槍を頂きましょう」と持ち帰ってしまったのです。

この「酒を飲んで、天下の名槍をゲットした」という痛快な武勇伝を、当時流行っていた『越殿楽』のメロディに乗せて歌った。 これが現代に伝わる『黒田節』の正体です。

実際にどのような踊りなのか、こちらの動画で雰囲気をご覧いただけます。妻の紫之【ほしのウズメ】のチャンネルから拝借しています😊


雅楽は「化石」じゃない

いかがでしょうか? 宮中の優雅なBGMだった曲が、歌詞を変え、リズムを変え、いつの間にか「武士のド根性を示す酒飲みソング」にリミックスされていたのです。

私はこの歴史を知った時、雅楽という音楽の**「懐の深さ」**に感動しました。 雅楽は、博物館に飾られている化石のような音楽ではありません。

時代ごとの人々の感情(喜び、酒の席の興奮、武勇伝)を受け止めながら、形を変えて生き続けてきた「生きた音楽」なのです。

次に結婚式や神社で『越殿楽』を聴く機会があったら、 「あ、これって昔のヒットチャートだったんだな」 と思いながら聴いてみてください。 きっと、千年前の景色が少し身近に感じられるはずです。

三浦龍


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