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「複数事業所利用」の弊害について。なぜ保護者は一箇所の利用に絞れないのか。

先日、ある療育者の方が発信された「放デイジャンキー」という言葉が物議を醸すという事態を拝見しました。これは複数の事業所を掛け持ちする利用者を揶揄する表現ともとれますが、私は利用者のモラルの問題ではなく、「サービス提供側のスペック不足」が生んだ問題だと考えます。

今回は、この言葉がなぜ「不適切」であり、どのような問題あり、解決すべき点を語りたいと思います。


① 「選べる」のではなく「選ぶしかない」現実


「ジャンキー(依存症)」という言葉は、あたかも利用者が過剰にサービスを貪っているかのような印象を与えます。しかし、現実はその真逆です。

・重度、車椅子児の「お断り」
全ての事業所が全特性に対応しているわけではありません。「うちは重度は無理です」と断られた結果、親御さんは「とにかく受け入れてくれる場所」を必死に探し、パッチワークのように枠を埋めるしかありません。

・「5領域」の建前と、特化型の限界
国は全方位的な支援(5領域)を求めますが、現実は「学習支援はしません」「生活スキルは扱いません」という特化型が乱立しています。宿題も見てほしいし、生活スキルも高めてほしい。そうなれば、ニーズごとに事業所を使い分けるのは「論理的な最適解」です。

② 事業所の「急な閉所・変更」という経営リスク



そして、ここが最も切実な「バグ」です。
昨今の報酬改定や経営環境の変化により、放デイ事業所の「急な閉所」や「サービス内容の突然の変更」は、決して珍しいことではありません。

一箇所に全ての支援を依存している状態で、もし明日その事業所がつぶれたら、お子さんは行き場を失い、家庭はパニックに陥ります。複数事業所を利用することは、そうした経営リスクに対する、保護者の「切実な保険(リスク分散)」なのです。

③ ライフスタイルという名の「実行環境」


放デイは「療育の場」であると同時に、家庭の「生活インフラ」でもあります。
送迎の有無、預かり時間の長さ。共働き世帯が、子どもの安全と自分たちの就労を両立させるために、曜日ごとに事業所を組み合わせる。これを「依存」と呼ぶのは、利用者の生活背景を無視した支援者の「想像力の欠如」でしかありません。

④ 「少ない方が良い」という理想を阻むもの

もちろん、本人の居場所の安定や、一貫した支援計画を考えれば、利用箇所は少ないに越したことはありません。課題に対する支援の一貫性が保ちやすいからです。

しかし、「誰でも、どこでも、希望するニーズに応じた支援を受けられる体制」が整っていない現状で、複数利用を選択肢から外すことは不可能です。

⑤ その言葉は「支援者の敗北宣言」である


保護者さんが切実な思いで、子どもの未来のために悩み抜いて選んだ「パッチワーク(複数利用)」。

それを「ジャンキー」と呼んで揶揄することは、「私たちはあなたのニーズを単体で満たすことができません」という支援者側の無力を、利用者のせいに転嫁しているだけです。不適切なのは利用者の行動ではなく、その言葉を吐けてしまう「支援者の傲慢さ」そのものです。

【現場で働くスタッフ・経営者の皆さんへ】


利用者のライフスタイルも考えずに「ジャンキー」なんて言葉を吐く暇があるなら、自社のサービス内容を拡充するか、あるいは「本人のために」他の最適な事業所を泥臭く一緒に探すぐらい手伝ってください。

現場に立つなら、目の前の1時間だけでなく、その子の家庭、日々の暮らし、そして卒業後の人生まで丸ごと考える。それができないなら、専門職を名乗る資格はありません。

【保護者の皆さんへ】


最近、SNS等で「複数利用」に対して誤解を生むような、心ない表現をする療育者が散見されますが、どうか一切気にしないでください。

家庭の状況、仕事との両立、実情に合わせた事業所選び。それらを総合的に判断して出した答えが「複数利用」なら、それは立派な生存戦略です。家庭を最優先にして、胸を張って事業所を選んでください。私たちは、その選択を支えるために存在しています。

免責事項
本記事は、障害福祉業界に従事する一管理者の個人的な見解に基づくものであり、特定の法人、団体、または個人を誹謗中傷する意図はありません。記載したエピソードや見解は、業界全体に見られる構造的な課題を論理的に指摘するための抽象的な表現であり、実在の特定の人物や施設を指すものではありません。療育方針の選択や判断については、専門家の意見を仰ぎ、各ご家庭の責任において行われるようお願い申し上げます。

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