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シリーズ「じいじとばあばの物語」⑮

第15夜 竣工までの道のりと、3棟目の奇跡

― 寮母・しのぴーが孫に語る、“あったかくて切ない人生の記憶” ―

予備校寮の建設資金も何とか目途が立ち、学校との契約も完了。
あとは、4月1日の入寮に間に合わせるだけ…のはずだった。

設計事務所との打ち合わせでは、理想の寮を作ろうと胸が高鳴っていた。
ありがたいことに、会社分割前に父が購入していた土地に留学生用50室の寮、そしてさらに隣接の空き地を買い足していた父の先見の明に感謝。
そのおかげで、2棟・計500室という壮大な計画を立てることができた。

ところが、その地は静かな住宅地のど真ん中。
「学生寮なんて、うるさいに決まっている」——近隣から猛反対の声が上がった。
かつて50人の留学生で賑やかだった記憶も影響し、さらに
5階建て計画は日照権の問題で火に油を注ぐ。
設計変更と近隣説明会の繰り返し。
開校に間に合わないのでは…と不安が募った。

最終的に、やっと近隣の了承を得て1棟150室に規模を縮小。
そしてギリギリの10月着工が決まった。

実は、建設会社の計らいで「もし間に合わなかった時のために」と別の場所も確保していた。5階建て160室。
結果的に2カ所で計300室を同時に建設することとなった。
学校と銀行には逐一報告し、男気支店長は「ここまで来たら、もう出すしかない!」と2棟分満額の融資を決断してくれた。

それぞれ着工の日、地鎮祭が執り行われた。きーぼうと私は法剣と法弓を担当し、白装束を着て真剣な面持ちで奉納参加。施主自身が装束を着て奉納を行う様子を見た男気支店長が、後日銀行の朝礼で「感動した」と話してくれたと聞き、胸が熱くなった。。

迎えた3月31日。
竣工披露会と入寮開始日がまさかの同日。
さらに外構工事も重なり、現場はカオス状態。
それが1棟ではなく2棟同時というのだから、もう笑うしかない。
次々にやってくる新入寮生とその家族、あわただしく立ち働く職人たち、銀行や学校の関係者が入り混じる光景は、今でも鮮やかに思い出せる。

——実は、初年度の入寮対応の大変さはこれだけではなかった。

予備校の入寮申し込みは、大学入試センター試験直後の1月中旬から始まる。
医師を目指すような家庭は一浪二浪覚悟のケースも多く、予備校選びと同時に生活環境にも気を配っている。
だから、新築で快適な一人部屋の寮は予約が殺到。
2月中旬には、予約でほぼ満室になった。

だが予備校寮は、大学合格でキャンセルが出ることもある。
それでも、部屋がないのに新たな予約は受けられない。
「せめてあと50室…」そう思い、2か月で準備できる物件を必死に探した。

そして、奇跡的にタイミングの合う情報が舞い込む。
銀行の社員寮を建て替える間、3年間だけマンションの3フロアを寮として貸し出していた場所が、まもなく空くという。
全室個室、必要な家具も揃い、ランドリーや食堂も完備。
「これはもう、すぐに使える!」

2月下旬、私は徹夜で3棟目の寮の案内文を作り、学校へ持ち込んだ。
こうして、追加の入寮希望者も受け入れることができたのだ。

最終的に、3棟350名を受け入れて初年度スタート。
入学定員1000名に対して、350名をわが社だけでカバー。
この実績は、学校との信頼をさらに深め、翌年には160室の4棟目建設への融資にもつながった。

おまけに、この勢いで他の仕事も舞い込み、学校の食堂・売店運営、さらにレストラン部門の新規出店まで!
借入額が年商を超えるという、ドキドキハラハラの1年だった——。

「3棟も一気に…しのぴー、パワフルだね!」
そうねえ…今思うと、あの時の私たちは怖いもの知らずだったのかもしれないわ。
でも、その無茶が、未来をひらいてくれたのよ。

おやすみなさい。

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