黒人差別とジャズを日本人が理解すること
コロナ時期に起こったBlack Lives Matterの動きを見て感じたことを書き、2020年にFacebookへ投稿したものをさらに改編しました。
2025年1月にトランプが2度目の大統領に就任し、自国優先主義が再燃したアメリカの動きを見てまた色々と思った事を書きます。
はじめに
この記事は右寄りとか左寄りとか政治的な立場を論じる場ではなく、黒人差別そのものについて議論するということでもありません。「黒人差別があった事実」を考えると言うスタンスです。
普段からジャズを演奏し、音楽学校でジャズの演奏法や音楽理論、さらにはジャズの歴史まで教えていますが、自分にとってジャズを基本とした音楽はなくてはならないものとなっています。
このような立場であっても黒人差別問題やアメリカにおける黒人と白人の対立問題については深いところまで理解できていません。
コロナ禍において巻き起こったBlack Lives Matterを世界中の人がSNS上でたくさん発信しているのを見ていくつかの違和感を覚えました。
また、アメリカや世界のあちこちで今起こっていることを見て感じること、それに伴って起こる自分の意識の変化や考えの再認識により、ジャズを演奏する者としての視点から歴史的背景について考えたいと思います。
メディアで発信される情報
メディアは偏向報道や切り取り報道などがほとんどで、正しく見せようという事よりもいかにドラマティックで刺激的に見せるかと言う事を追求します。
そして、見る側はそれをさらに期待するため、偏向報道が加速していきます。新聞、テレビは保守寄りから革新までいくつかあります。かと言って中立、中庸が良いとも限りません。
SNSではInstagramなんかも良い例で、写真をいかに綺麗に写すか、そしてフィルターをかけて感動的に撮るか。しかしそのフレーム外は散らかった部屋である事。
Facebookだってそうです。投稿をしても一種の偏ったアルゴリズムで「淘汰」されてしまうことがあります。
要は世の中のメディアやSNSはすべて偏向、切り取られたのものだという認識がないと、自分の中にあるものはすべてフィルターされたものだけで「完璧主義」になり、同時に自分の考えを失います。
また、自分のイデオロギーをSNSで発信するけれど本当に自分がそう思っているのかどうか?単なるファッションになっている場合も大いにあります。

多くの情報をどのように捉えるのか?
「見た目の良さだけを追求した切り取り」や「偏ったアルゴリズムによってフィルターが施された情報」を信じ、それをSNSで拡散する人たちがコロナ禍を機に加速したような気がします。

僕はそうはなりたくないです。しかし普段の情報収集、情報発信はSNSに頼らざるを得ません。
インターネット以外の玉石混淆の情報を色々なところからインプットしたり、文献を読んだり歴史なども調べて勉強するということである程度の取捨選択ができるようになります。情報過多の世界で正しいものは一つとも限らないし、正解がない場合もあります。
したがって最後は自分で判断するしかないです。
コロナの時もそうですが、様々な人の意見があって当然だし、「これが正しくてそれは間違っている」と言う事を他人に押し付けるのは単なるエゴから来るものだと思います。
では中立を守れば良いのかというとそうではないです。中立というのは一見平和主義的ですが、考えるのがめんどくさいから中立と言う人が多いと思います。選挙に行かないのと同じです。
自分で考えて、感じて、それぞれの意見を持たないとこの情報過多の世の中では渦に巻き込まれて一緒くたになってしまいます。
このような記事を書いている僕の発言も正しいとか正しくないとそう言うことではありません。それをどう感じるかを自分自身で認識すると言うことだと思います。
日本人がジャズをやると言う事について
前置きが長くなりましたが、ジャズを演奏したり教えたりしている自分について考えたいと思います。
僕はジャズを演奏して生活をしていますが、少なくとも日本人ではなく黒人達の音楽を自分の生業としているからには彼らへのリスペクトはあって然るべきだと思うし、過去にどう言う経緯がありジャズが生まれたのかという事を理解しなければならないと思います。
Bluesがどのようなものなのか、楽しく演奏できればそれで良いのか?日本では「表面の格好良さ」だけが一人歩きし、内面を理解しようとする人は少ないように思います。
奴隷の歴史に端を発する黒人差別ですが、僕はいじめ問題にも同じような感覚があると感じます。
こう言う考え方には批判があるかもしれませんが、いじめ・差別には「周りと違う」と言うことに対してそれを抑圧しようとする力が働き、その結果マイノリティに対してのいじめや差別につながる。
しかし同時にこれは憧れの裏返しでもあるのではないかと思います。「自分達にないものに憧れる」という事です。
僕がジャズをやるのは「黒人の作り出すサウンドに憧れる」からです。そこに差別的な意味はないとは思いますが、日本人とは違う音楽感という区別はしている、つまり「違いを認識しながらも、その文化を尊重して学び続ける」ということです。
白人と黒人のお互いへの憧れ
十数年前から学校でジャズの歴史を教えるようになり、自分でもジャズの歴史からアメリカ史、黒人と白人の関係へと積極的に学ぶようになりました。
ジャズの歴史の中では幾度となく白人と黒人の近接願望が読み取れます。
古くは白人が黒人の真似をして面白おかしく表現したミンストレルショーに始まり、1930年代の白人スウィング全盛時代のサウンドを支えたのは黒人のアレンジャー。

黒人のアレンジャーを積極的に起用した

フレッチャー・ヘンダーソン
黒人のレスターヤングは白人的なソフトなサウンドを目指したし、50年代以降のクールジャズを目指した白人のサックス奏者は黒人であるレスターヤングの影響を受けています。

レスター・ヤング

スタン・ゲッツは50年代のクールジャズをリードした
キング牧師はソフト路線でしたが、マルコムXは非白人のイスラムとつながり過激な思想になりました。そんな彼は黒人特有の縮れた髪の毛を強いアルカリ液で縮毛矯正し、白人の様な髪の毛をしていた時期もあります。(これを「コンク」と言いますが、これは黒人社会において「白人文化に媚びる象徴」として捉えられていました)

キング牧師

マルコムX
このようなお互いの近接願望は、どこかで嫌っていながらもある種の憧れを抱くと言うような、「自分に無いもの」を欲するからではないでしょうか?
黒人奴隷の歴史によって生まれた文化
ジャズが生まれた要因はヨーロッパの白人たちがアフリカ大陸に住んでいる黒人たちを奴隷としてアメリカに連れてきたからですが、もしもその事実がなければ今の音楽は全く別なものになっていたはずです。
マイルス・デイビス、アート・ブレイキー、チャーリー・パーカー、スティービー・ワンダーもマイケル・ジャクソンも、こんなに素晴らしいミュージシャンが生み出す音楽は存在しなかったことになります。
アメリカのジャズやポップスだけではないです。現代の日本のポップスはアメリカの音楽があったからこそ生まれたものです。ユーミンも、サザンも、星野源も、藤井風もそうです。みんな黒人の生み出すリズムに憧れ、影響されています。
奴隷制度が良かったとか悪かったとかではなく、「奴隷制度があった事実」をきちんと理解して、その上に我々が聴いている、いま演奏している音楽は成り立っていることを理解すると言う事で、この事実を軽んじてはならないのではないでしょうか?
黒人差別そのものについて考えると言うのは日本人である我々では深い理解ができません。仮にできたとしても当事者ではないので、本質的な解決にはなりません。
したがって、第三者である我々は奴隷制度があった事実を考えることの方が意味があるのではないかと考えます。
Black Lives Matterの時にApple Musicが真っ黒な表示になり停止した理由はそう言うことを考えると言う意図もあったのではないでしょうか?
日本でも起こったBLMについて

Black Lives MatterによってBlackout TuesdayやThe Show Must Be PausedというSNSに真っ黒な画面を投稿するムーブメントがあり、日本人もたくさん参加していましたが僕はこれに対して非常に違和感を覚えました。

当事者ではない人々が人種差別反対!と言って真っ黒な画面を表示しているだけでは何の意味もないし、初めに述べた「見た目の良さだけを追求した切り取り」に他ならないのではないでしょうか?
今回の投稿は冒頭でも述べた通り、黒人差別そのものについて議論しているのではありません。
メディアによって切り取られた情報をファッション感覚でSNSに投稿し、拡散する事は根本的な事が抜け落ちているのではないかと感じました。
自分でジャズピアニストを名乗らない理由
僕は普段、ジャズ基本とした音楽を中心に演奏しているので初めの頃は「ジャズピアニスト」と名乗っていたのですが、ジャズの歴史を教えるために勉強し始めてからはジャズピアニストの肩書ではなく、単に「ピアニスト」と名乗るようになり、名刺にもジャズの文字を入れなくなりました。
理由は2つあります。
1つは、自分の演奏する音楽はジャズにとどまることなく多彩な音楽を演奏したいから。
もう1つはこれまで説明した通り、黒人へのリスペクトの意味があります。
黒人たちの生み出した音楽に「憧れ」を持って彼らの音楽を演奏する中で、黒人差別の当事者ではない自分が歴史を学び、それを考えた時「ジャズ」は彼らの音楽だと認識するようになったからです。
ジャズは黒人の文化であり、自分はそれに憧れている存在だといういうことです。
黒人差別の当事者ではない日本人は黒人差別の歴史的事実を深く考えて深く知る時間を作ってみてはいかがでしょうか?
ジャズを演奏する人であれば黒人の歴史的事実を知る事で彼らの文化、行動をもっと理解できるのではないかと考えます。
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