#BLMとジャズ、そしてアイデンティティについて
BLM(Black Lives Matter)という運動がアメリカで注目され始めたのは2013年ごろ。
ジョージ・フロイド事件を契機に、コロナ禍で再びその動きは広がり、日本でも声をあげる人が目立つようになりました。
僕は日本でBLMの活動をする日本人に違和感を抱きながらも、この運動をきっかけに人種差別について改めて考えるようになり、いろいろな資料を見たり読んだりしていた中で、ある映像に出会いました。
これは1968年、アメリカ・アイオワ州の小学校で行われた授業の記録映像です。
教師ジェーン・エリオットが、子どもたちを「青い目」と「茶色い目」に分け、それぞれに優劣を与えることで差別の構造を体感させるという内容で、最初に観たとき僕は強い衝撃を受けました。
「この時代に、こんな授業が行われていたのか」という驚きと同時に、「これは非常に紙一重な手法だな」という戸惑いもありました。
たとえば、もしあの教室に黒人の子どもがいたとしたら、この授業はどうなっていたんだろう。たまたま白人の子どもだけだったから成立した、という側面もあるのではないか?そんな疑問が浮かびました。
差別はなぜ生まれるのか
アメリカでは南北戦争によって奴隷制度は形式的に廃止されましたが、その後も人種差別は根強く残り、憎しみや偏見とともに複雑に絡まりながら今に至っています。
かつてアメリカは「人種のるつぼ」と言われてきましたが、実際のアメリカ社会は「サラダボウル」のようなものではないかと言われるようになりました。
異なる文化や人種が一見混ざっているように見えても、個々ははっきりと識別可能なまま共存しています。混ざり合っているようで、実はそれぞれが境界を持ったまま存在しているのです。
では、差別はどこから生まれるのでしょうか。
人は「自分と違うもの」に出会うと、何らかの意識を抱きます。しかし、それ自体は差別ではありません。
日本に暮らす日本人が黒人の人を見たとき、「黒人だ」と認識することは、意識の問題であって、差別とイコールではありません。
逆に、日本人が海外に行き、「チャイニーズか?」と尋ねられることがあります。そこに悪意があるとは限らず、単に違いを知らないだけという場合も少なくありません。
つまり、「違いを意識すること」と「差別すること」は同一ではなく、むしろ問題はその「違い」に対してどれだけ想像力を持てるかという点にあると感じます。
差別を「知ること」の功罪
子供は知らない間に(何も教えなくても)人を「区別」することを覚えます。
まだ差別の概念を知らない子が、障害のある人を見たとき指を指します。それ自体に悪意はないと思います。しかし、その行為に対して大人が「それは差別だ」と教え込むことで、逆に差別意識を生み出してしまう側面があるのではないかとも思うのです。
小学校で受けた同和教育によって、外国人や部落への差別の存在を初めて知りました。それまで意識したこともなかった問題を、大人から「存在するもの」として教わったことで、逆に固定的なイメージが植えつけられたようにも感じています。
「差別を知ることが大切」とよく言われますが、その伝え方やアプローチにはもっと慎重さが必要なのではないでしょうか。
「人類みな兄弟」では語りきれない
差別を語るとき、よく「人類みな兄弟」というような言葉で問題を片付けようとする人がいます。確かに、生物学的にはそうかもしれません。でも、それをもって差別が解消されるわけではないし、むしろ論点がずれているように感じます。
「差別をなくすにはどうすればいいか」と考える前に、
「差別をなくすということは、そもそもどういうことなのか?」を考えなければならないと思います。
これは、そんなに簡単に説明できることではありません。安易な結論に飛びつくのではなく、じっくりと丁寧に問いを深めることが求められているのではないでしょうか。
日本人としてのアイデンティティ
こうした問題を考えていくと、最終的には「日本人としてのアイデンティティ」という問いに行き着きます。
僕たちは、自分たちのルーツや文化に対する理解があまりにも薄いように感じます。
「日本人である」ということを深く考えないまま、海外の文化や価値観の「上澄み」ばかりを消費している。これは音楽の世界でも同じことが言えるかもしれません。
冒頭で述べた、「黒人差別の当事者ではない日本人がBLMを叫ぶ」と言うことに違和感を覚えるのはそのような事からです。
僕はジャズのリズムとハーモニーに魅了されて、音楽の道に進み、その魅力の「本質」がどこにあるのか──教える立場になってから、ようやく歴史の深い部分にに触れるようになりました。
ジャズは差別の歴史と共に生まれた
ジャズのルーツは、黒人が持つリズム感覚と、白人(主にヨーロッパ系)が持ち込んだハーモニーの交錯にあります。そしてその間に生まれたのが「クリオール」という存在でした。
クリオールとは、フランスやスペインなどの白人とアフリカルーツである黒人の混血で、特にニューオーリンズでは白人と同等の教育や生活を享受していた人々です。
彼らは文化的には非常に洗練されていましたが、その一方で、同じ黒人に対して差別的な態度をとることもあったといいます。
しかし南北戦争後に奴隷制度が廃止されると、クリオールたちも労働者として自活せざるを得なくなり、社会のなかで複雑な立ち位置に追いやられていきました。
「白人でもなく黒人でもない」その曖昧な存在が、逆に新たな音楽文化の源泉となり、そしてこの文化的な混ざり合いが、やがてジャズを生み出す大きなうねりになっていったのだと思います。
「憧れ」が生むもの
差別を考えるうえで、僕がもうひとつ注目しているのが「憧れ」という感情です。
白人たちは、自分たちにない黒人のリズム感覚や生活文化に憧れ、やがてそれを真似てミンストレル・ショーを生み出しました。
白人のベニー・グッドマンは黒人アレンジャーのフレッチャー・ヘンダーソンを起用し、スウィング時代のジャズを牽引しました。
黒人サックス奏者のレスター・ヤングは、白人のフランキー・トランバウアーに憧れ、やわらかくしなやかなサウンドを作り出しました。
そのサウンドは後に西海岸の白人プレイヤーに影響を与え、黒人のマイルス・デイヴィスに継承され、クール・ジャズが生まれました。
こうして見ると、白人と黒人は常にお互いを意識し合い、ときに憧れ、ときに反発しながら歴史を作ってきたように思います。
その「憧れ」が裏返ったとき、差別や排除が生まれるのかもしれません。
僕たちは何を知っているのか
人種差別を考えるとき、まず僕たち自身の文化や歴史を知ることがとても大事だと思います。自分自身をよく知らないまま、他者の痛みを語ろうとするのは、表面的な理解にしかなりません。
日本人がBLMを語ること自体に問題があるとは思いません。でも、そのときにどれだけ「深く知ろう」としているのか。そこが問われている気がします。
黒人たちがあれだけ訴えても差別は無くならないのに、日本人がBlack Lives Matterを叫んだところで黒人差別の解決にはならないと思います。
意識を喚起するものであればまだ良いのですが、意識高いファッション的なアイコンになっているだけのようになっているのではないでしょうか?
先にも述べましたが、何も知らない子供たちに差別について教育する方法ももっと考えないといけないし、それ以上に「相手を思いやる気持ちを育てること」が本当に大切ではないかと思います。
いろいろと知った大人はどうすれば良いのか。差別の現実を知ったからには、きちんとそれを勉強しないといけないのではないでしょうか?
音楽を通して差別を学ぶ意味
黒人差別は自分には関係ないのであれば何も知らなければ良い。これも一つの考え方ではあると思います。
では黒人の音楽は今のポップミュージックとは関係ないでしょうか?
ジャズやポップスを演奏するミュージシャンであるのならばきちんと知っておくべきことだと思うので僕は考えなければならないと思いました。
それに、BLMは少し違う方向に向き始めたと感じます
「黒人の命は大事だ」
と訳されましたが、
「そのほかの命はどうでも良い」
というような逆差別的な黒人の発言も見られるようになりました。やはりこのような動きは憎悪を生み出していくのではないでしょうか。
当初あれだけ叫ばれていたBLMについて、日本のミュージシャンはほとんど誰も発信しなくなりました。
自分とは関係ないのですか?
BLMとハッシュタグをつけてインスタ映えすればそれで良いのでしょうか?
僕はこれからも、もっと学びたいと思っています。
音楽の歴史、人種の歴史も、それから自分のルーツも辿ってみたいと思います。そうやって自分自身の輪郭をはっきりさせたうえで、差別という難しい問題に向き合っていきたいと思います。
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