僕の第一志望|せりふ三題噺
「誠くんはどこの高校へ行くつもり?」
塾の帰り道、横に並んで歩く綾ちゃんが僕に訊いた。
「第一志望は北高だよ。今の実力だとまだ無理だけどね」
「へえ、凄いね。南高だと思ってた。同じ高校に行けると思ってたのにな」
街灯に照らされた彼女の横顔が寂しげに映った。
「まだ三年生になったばかりだし、この先どうなるか分かんないよ」
と僕が宥めるように言うと、
「そうだよね」
綾ちゃんは笑いかけた。
二年生の二学期が始まった頃、隣の学区の中学校に通う綾ちゃんと、塾で知り合った。家は近所で歩いて十分もかからないが、彼女のことは全然知らなかった。塾の先生から、夜道に女の子ひとりは危ないから送ってやれ、と言われ、いつも彼女の家を通って帰るようになっていた。
綾ちゃんから、学校での出来事をよく聞いている。相当モテているようで、告白された話を何度も耳にした。確かに可愛いし、分からなくもないが、一番の理由は、気があるような言い方だと思っている。
曇っていても日焼け止めをちゃんと塗ってる男子に、「そういうとこ、好き」と言ったり、歯ブラシに間違えて洗顔を付けて、嘔吐いた子の話を聞いたときは、「守ってあげたくなっちゃう」と言ったそうだ。
綾ちゃんにとっては、ごく自然で無意識でしてることだが、勘違いする男子は多いだろう。僕は彼女とよく話しているので誤解することがないが、同じ男として気持ちはよく分かる。綾ちゃんが自分と同じ高校に行きたい気持ちは本当かもしれないが、ただ接点が無くなることが寂しいんだと思う。
「そう言えば私ね、この前の日曜日、南高近くの公園で、お願いごとをしてきたの」
「公園? 神社じゃなくて?」
「合格祈願じゃないよ。恋の願いごと」
綾ちゃんは、「ここだけの話だよ」と言ってお喋りを続けた。公園にある藤棚の柱に、好きな人の名前を書いた短冊を括りつけたそうだ。去年、部活の先輩も同じことをして、藤の花が咲く頃に恋愛成就したらしい。前からそんな謂れがあった場所じゃないが、友達の間で盛り上がっているそうだ。
「モテるから、そんなことしなくたって叶うんじゃない?」
と言うと、
「好きな人は、振り向いてくれないものなの」
綾ちゃんは俯き呟いた。
そういうものなんだあ、と思い前を向いたとき、突然、あっ、と言って、綾ちゃんが両手で僕の右腕を掴んだ。左足のサンダルのかかとが取れて、転びそうになっていた。
「やだあ、買ったばかりなのに」
僕は綾ちゃんをおんぶして家まで送ることになった。
「誠くん、大丈夫? 重くない?」
「余裕だよ。これでも男ですから」
身長の高い彼女は僕と少ししか変わらないが、細身なので思ったより軽かった。塾を出てからずっと、少し肌寒いと感じていたが、彼女の体温が重なったおかげで、心地良いあたたかさになった。
「私が誰の名前書いたか知りたい?」
綾ちゃんの息が僕の耳にかかった。
「え、聞いても、分かんないよ。同じ中学の子でしょ?」
「違うよ。私ね、誠、て書いたの」
僕は予想もしなかった告白に胸が高鳴った。鏡を見なくても自分の顔が真っ赤になってることが分かったが、彼女に背中を向けているし、暗いこともあって安心した。
「でもね、短冊の裏にひとこと書いたの」
「なんて?」
「『第四志望』てね」
綾ちゃんはそう言ってふふっと笑った。
「なんだよそれ、せめて三番目でありたかったな」
上手くしてやられたことが恥ずかしくて可笑しくて、肩を震わせて笑った。
家の前に着くと、彼女は僕の首に手を回したまま黙った。
「ねえ、着いたよ」
と顔を横に向け話しかけると、
「もう少しだけ」
と綾ちゃんは僕の耳元で囁き、背中をぎゅっと抱きしめた。
空を見上げると、月が顔を隠したように雲に隠れ、静まり返った家の門の前で、僕と彼女の鼓動だけが鳴り響いた。
了
こちらの企画に参加させていただきました。
はらとけいさま、宜しくお願いします。
