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【第8話】26歳。私は大企業を辞めることにした。

人生は、何度でも花ひらく。
――【誰もが知っている大企業に入りたかった私】

海外で暮らしてみたい。

そう思うようになっても、最初の頃の私は、どうしたら海外で生活できるのか、まったく分かっていなかった。

旅行なら、航空券とホテルを予約すれば行ける。

けれど、海外に住むとなると話は別だ。

仕事はどうするのか。

ビザはどうするのか。

英語も満足に話せない私が、本当に外国で生活できるのか。

『海の向こうで暮らしてみれば』に登場する女性たちは、みんな生き生きと海外で暮らしていた。

私もあんなふうに生きてみたい。

そう思ってはいたものの、それはまだ、テレビの向こう側にある世界だった。

自分にもできることだとは、思っていなかった。

そんな時、身近な友人が、一年間カナダへ行って帰ってきた。

「どうして一年もカナダに住めたの?」

私が聞くと、その友人は言った。

「ワーキングホリデーで行ったの。」

ワーキングホリデー。

私はその時、初めてその言葉を知った。

一年間、外国に滞在できる。

働くこともできる。

学校へ通うこともできる。

旅行をすることもできる。

そんな制度があるという。

「これだ。」

そう思った。

海外で暮らしてみたい。

英語を勉強してみたい。

現地で働いてみたい。

旅行だけではなく、その国の日常の中で生活してみたい。

私がやりたかったことが、全部できるように思えた。

ところが、年齢制限を調べてみると、当時、カナダとオーストラリアは25歳までだった。

私はすでに25歳。

申し込む時には、26歳になってしまう。

間に合わなかった。

残されていたのは、30歳まで申し込むことができたニュージーランドだった。

それまで、ニュージーランドについて、詳しく知っていたわけではない。

けれど、ニュージーランドという国には、なぜか惹かれるものがあった。

私は会社で花嫁修業にもなるし…と思って、いけばなを習っていた。

そして、ニュージーランドのクライストチャーチは、

「ガーデンシティ」

と呼ばれているという。

花と緑の多い街。

そこへ行って英語を学び、いつか現地の人に英語でいけばなを教えられたらいいな。

そんなことまで考えるようになった。

年齢制限がなかったとしても、私はきっとニュージーランドを選んでいたと思う。

ただ、実際に会社を辞めるとなると、話は簡単ではなかった。

松下電器は、ずっと入りたかった会社だった。

だって、だれもが知っている一流大企業に入ることが私の夢だったから…。

毎月、決まった日に給料が入る。

ボーナスがある。

福利厚生も整っている。

会社を辞めなければ、将来もある程度は守られている。

その安定を自分から捨てて、英語もほとんど話せないまま外国へ行く。

冷静に考えれば、ずいぶん無謀な話だった。

しかも当時の私は、30歳までには結婚したいと思っていた。

同期たちは次々と結婚していた。

私も海外へ行くより、結婚相手を探した方がいいのではないか。

会社に残っていた方が、安定した人と出会えるのではないか。

今ここで会社を辞めたら、せっかく入った一流企業を手放すことになる。

一度辞めたら、もう同じ場所には戻れない。

そう考えると、怖くなった。

海外へ行きたい。

でも、安定を失いたくない。

会社を辞めたい。

でも、本当に辞めていいのか分からない。

毎日のように、気持ちが揺れた。

そんな時、妹に自分の迷いを話した。

「海外留学したいけど、もう年だし…。」

すると妹は、私にこう言った。

「お姉ちゃん、夢を叶えるのに年なんて関係ないよ!そういっているのは、ただの言い訳だよ!」

その言葉を聞いた時、私はハッとした。

私は会社を辞める理由を探していたのではない。

会社に残る理由を、必死に探していたのかもしれない。

誰もが知っている会社だから。

せっかく入った会社だから。

親が喜んでいるから。

安定しているから。

辞めたらもったいないと言われるから。

でも、そのどれも、

私が本当にここにいたい理由ではなかった。

だからこそ、結婚する前に、自分がやりたいと思っていることを、全部やっておきたかった。

それをやらずに結婚したら、きっと私は一生、

「あの時、海外へ行っておけばよかった。」

と思い続ける。

一流企業に入るという夢は、もう叶えた。

その夢を叶えたからこそ、ここが自分の最終目的地ではないことにも気づいた。

だったら、次の夢へ進んでもいいのではないか。

私はついに、会社を辞めることを決めた。

26歳だった。

退職することを伝えた時、周りの人たちは驚いた。

なぜ、わざわざこんないい会社を辞めるのか。

海外へ行って、その後どうするのか。

英語も話せないのに、本当に大丈夫なのか。

当然の反応だったと思う。

私自身も、その先に何があるのか分かっていなかった。

ニュージーランドに永住するつもりもなかった。

一年間、海外で生活したら、日本へ戻ってくるつもりだった。

帰国した後の仕事も決まっていなかった。

何も保証されていなかった。

それでも、不思議と、

行かなかったことを後悔する方が怖い。

そう思った。

夢だった会社を辞めた時、私はまだ何者でもなかった。

英語も話せない。

海外で働いた経験もない。

特別な才能があるわけでもない。

ただ、

自分の人生を、自分で選んでみたい。

その気持ちだけは、はっきりしていた。

誰もが知っている一流企業に入ることが、私の最初の夢だった。

そして、その会社を自分から辞めることが、私が初めて自分で選んだ、大きな決断になった。

一流企業への就職を目指していた頃の私は、まさか自分がそこを辞め、ニュージーランドへ向かうとは思ってもいなかった。

けれど人生は、夢が叶ったところで終わるわけではない。

一つの夢が叶ったからこそ、次に進みたい道が見えてくることもある。

私は安定した未来を手放し、先の見えない道へ足を踏み出した。

この時はまだ、それが一年間の冒険では終わらず、私の人生そのものを変えることになるとは、知る由もなかった。

(第1章・完)

🌸 次回予告

第2章 「英語が話せない私が、ニュージーランドへ渡った」

二十六歳。 英語も話せず、海外生活の経験もない。 それでも私は、一人でニュージーランドへ向かった。

一年間だけのつもりだった海外生活。 ところが、その旅は、私の人生を思いもよらない方向へ動かしていく。


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