誰かにとってのサイン
チーズと黒胡椒のパスタ。これは生ハム乗せ1,300円。


ここのは店主アレンジなのか玉ねぎも入ってる。とてもクリーミーで、リッチだけれど全くしつこくなくて、かなり美味しかった。ペコリーノ・ロマーノとチーズ用おろし金を買えば家で作れるだろうか。いや、お店で食べよう。
寡黙な店主さんは左耳にピアスをしている。そんな所に目が行く。
昔、「右ピアスはゲイ」というルールがあったのだ。
定着しなかったし、もう誰もそんなの気にしてないのだけれど。
でも、今そういうルールがあったら、おれは取り入れたい気がする。
「あの人もゲイなんだな」と、分かる人には分かるように。
それはサインだ、ちゃんとここにいるから安心しろという。
あんな奴がゲイなのかとウンザリされるかもしれないけど……
ま、そこまで求めるのは贅沢というものだよね。
昨日、電車で夏休み中のきょうだいが隣に立った。
11歳、7歳、5歳みたいな。
一番小さいのが女の子。外国のルーツ。兄二人で妹を支えている。
電車が揺れる度にそっちを窺ってたら、一番上の兄貴と目が合った。
「大丈夫か?」と目で訊ねる。頷く兄。
でも何度めかの揺れで、小さい妹はぺたりと床に両手をついてしまった。
泣かないのえらい。前の席のお姉さんのスカートで手を拭いていいよ。
かわいくて、バッグの中の豆大福をあげたくなったけど、二個しかなかったのだ。アレルギーとか心配だから迂闊なこともできない。何より、お菓子をくれる知らないおじさんは怖すぎる。お菓子をあげたいのでもない。ただサインを出していたい。いつも案じてるし、応援したいし、そんな気持ちでいるのは本当なんだというサインを。
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