あの子のサイドストーリー
自分は相談員として適格ではないと知り、相談員を辞めた話。
「RYOJIさんが持っていてください」
私が30代なかばの頃、高校生から小さな時計を託された。少年はDV/性暴力被害者支援事業に電話をくれた相談者だった。実父から日常的に半死半生になるような虐待を受けていた。実父は子に対しても敬語を崩さない人物で、虐待行為を行なう間もそうだった。だから彼は相談員である私の語り口も怖がった。敬語をやめて欲しいと言われたのを覚えている。
ケースについて書くことはできないので、事実を変えて書く。
それは、明らかに電話相談で扱える範囲を越えたケースだった。虐待の手段は生命に関わるものでいつ事故が起きてもおかしくない。しかし加害者は被害者の親権者であり、被害者は未成年者。様々なセクションと連携しなければ一時的に避難させることすら無理だった。未成年者でも男性用のシェルターはないし、どこか避難させたところで親元に連れ戻されるかもしれないのだ。しかし少年は通報や他所との連携を拒んだ。結局、彼は去った。彼にとって唯一の守護的存在だった彼の祖母が彼に与えたという小さな時計を、私に預けて。
今なら何ができただろうか、と時折考える。深い挫折感と共に。
警察を動かせないなら、私は立場を逸脱したかった。考え得る最悪の方法は何の権限もなしに加害者と対決することだったが、そんなことが最上な方法であるかのようにさえ感じられていた。「相談員ではなくなっても」そうしたい、という衝動が私にあった。だが結局、私は「逸脱」しなかった。どんな風に少年と別れたのか覚えていない。彼は虐待の日々に戻って行った。
大人になった彼はこの note を知っているが、やはり個人的に連絡はしていない。彼が望むなら会って、預かった時計を返そうかと思うこともある。それが現在の彼にとって大切かどうかは別として、重要な思い出の品だ。
あの子のサイドストーリー
少年がこれまで知らずにいたサイドストーリーを、彼が読んでどう感じるかは分からないとしても、ここに書いておいていいだろうか。私は少年ひとり救えない非力な大人だった。彼は去った。これはその後の話で、私が「相談員としても欠格だった」という話だ。私は彼のケースを部外者である母に話したのだった。
当時、私は存命中だった私の母にその少年を特別養子にする気はないかと訊ねたのだった。「もし少年に実父を捨てる決心ができるなら」そして大変な手続きがあって、それでも望ましい結果になるか分からない——そんな、ほぼ不可能な話ではあっても。電話口の母は黙って聞き終え、「分かった。もちろんいいよ」と言った。「その少年の母になる」という意味だ。
しかし母が続けた言葉は、当時の私にとって思いもよらないものだった。
「あなたが父親になればいい」
母は少しの緊張と期待でわずかに声を弾ませ、「でも、あなた自身が親になればいいんじゃないの?」と続けた。「なぜ自らが養親になろうとしないのか」という、思えば自然な問いなのだが、その実現可能性を打ち消し続けていた私は動揺した。ゲイが未成年者の養親になるなど「世間」が許すはずがないと思っていたのだ。自分がゲイであることで彼の希望になれないばかりか、むしろわずかなチャンスさえも自分が邪魔をしてしまいかねないと私は考えた——そしてカミングアウトしていない私はその事情すべてを母に納得させる言葉をもたなかった。
母の思いはよく分かる。母にとってみれば、私は「やがて妻を迎えるであろう/信頼に足る/壮健な」30代の息子でしかなかった。母からすれば私が父親になることは自然で、そんな状況なら尚更、私が少年を引き受けようとするはずだと母が考えることは自然なのだった。私が、言葉に詰まった。あの日、不可能だと決めつけたのは私であり母ではない。
絵本「ぼくらのサブウェイ・ベイビー」
数年前「ぼくらのサブウェイ・ベイビー」という絵本を読んで、当時の痛みが隅々まで甦った。地下鉄に捨てられていた赤ん坊をゲイカップルが見つけたが、裁判官は彼らに言うのだ——「あなたたちが親になればいいのよ」と。それは私の母が言った言葉と同じだった。もし少年が親権者がいる未成年者ではなく身寄りのない赤ん坊だったら、この日本で自分が親になれていただろうか。それは、今でも非常に困難が大きいことだろう——内容を確かめると、学生にあげてしまった。素晴らしい実話で素敵な本だが、私には苦しい一冊なのだ。

誰かの物語に、ヒトは胸を痛める。
しかし無行動でいつづける理由も用意している。
そんな99%が、私に目配せする。
——「あなたが悪いんじゃない」、と。
でも、それなら誰が悪いんだろうか。
私は応える。
「人を救えなかった経験をすれば、そんなことは言わないよ」
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sanngo 様、ありがとうございます。
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