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ネウロズ/新しき日は来るか

慷慨(こうがい):世の中の不正や現状に憤ること。「慷慨憤激」


 どんなサマにも言い表わす熟語があるようだ。本当だろうか。ともあれ最近「慷慨憤激」したのは、埼玉は秋ヶ瀬公園で開催されたクルド人の新春を祝う祭「新しき日ネウロズ」に河合悠祐市議(戸田市)が立ち入り、暴動を誘発しようと「画策」したことだ。「そんな意図はなかった」と弁明しても市議の行動は充分に暴動を誘引するものであった。結果としても、日本国民が暴徒と化しても不思議ではない緊張状態をもたらした。今この国に、憎悪が生まれている。

 その日、せっかくの祭を妨害されて幼い子らは泣き出し大人たちは憤激していたという。朝には美しい衣装を着せられ心を浮き立たせていた子らが泣いていた。皆の表情が翳る。人々に恐怖と不安が広がった。そしてひとりのクルド人男性が市議に殴りかかってしまった。拡散された動画では咄嗟に制服警官が割って入った様子が明らかだが、勢いこそ削がれていても男性の手は市議に当たっているように見える。

 クルド人男性は「まんまと」挑発に乗ってしまったわけだ。しかし他民族の祭に乱入し侮辱と挑発を繰り返す行為こそが問われるべきだと私は思う。
 市議の目的は「外国人=危険」というイメージを植え付けることだった。クルド人が殴りかかって来るのであれば、市議には好都合だったと言える。ネウロズの開催は前もって知っていたのだから、市議は事前に話し合いの場を設けてもよかった。だが市議はそうしなかった。市議にとって重要なのは「外国人は話し合いができない相手」と日本国民に思わせることだった。状況はそのことを示している。ものものしく制服警官を率い祭の邪魔をして、小さな子らを泣かせる必要が、市議にはあった。

 分かってる。身体的暴力以外は暴力かどうか判断できない人たちが、「手を出した方が悪い」と言うだろう。では自国と民族と文化を侮辱されても、日本人にはそれが暴力だと分からないだろうか。子どもが怯えて泣き出していた。大人たちも傷つき、強い孤立感を味わった。春の訪れを祝い、自分たちの存在を祝福することさえ許されない。いつまでこの国で暮らして行けるのだろうか、という不安が皆に広がっていた。その上でクルド人男性が市議を殴ろうとした。このいきさつが理解できない者などいるのだろうか。
 日本人はそんな悲しみさえ忘れてしまったのだろうか。

 若かった頃、私は家族を面罵されて、人を殴ったことがある。顎を蹴り上げ、頭を殴りつけた。相手は病身の父に土地を売りつけ、入金も入居も済んでから土地を削った叔父だった。私が12歳の時だ。その上で父の葬儀をみすぼらしいと参列した人々の前で嘲った。私が14歳の時だ。それでも私は(10代だった私が)関係を良くしようと何年も一方的な努力を続けていた。しかし叔父は変わらず、その日々の果てに母を侮辱した。だから殴ったのだ。今回のクルド人男性による市議への暴行は過去に私がやったことと経緯も同じだし、暴力の度合いでいえば私がやったことの方がひどい。このクルド人男性を、また私を恐怖の対象と見なすなら、それも健全な感覚だろう。しかし日本人がこの市議や私の叔父のような人間に正常な嫌悪感を抱けないなら、この国で人は育たない。

 平和な祭に乗り込み、挑発し、幼子らを泣かせ、暴力を誘引した市議の悪意はとがめられない。警察官を引き連れカメラを回して、スクープをものにする準備は整っていた。そして狙い通りになった。端から市議に話し合う気などなかったのだ。そんなことが公務だろうか。市議だけではない、その間、大勢の警察官もそんなことのために他の公務を外れていたのである。

 10代だった私でさえ、何年も努力を続けた。私の家族が叔父名義だったその土地に引っ越した「後」で「敷地の全てを譲るとは言っていない」と言い出し、それまで一筆だった土地を当初の半分以下に分筆し、それから後回しにされていた契約書を整えた叔父だった。後で知ったことだが、その間に(まだ叔父名義である内に)土地を担保に金まで借り入れていた。行き場もなく金もない私の家族はそれでも住み続けるしかなかった。そんな悪辣な叔父に対して、中学~高校時代の私は人としての生き方を教えようとしていたのだと思う。叔父が私たちから奪った土地の雑草を刈り、たまに来る叔父自身が草刈りするのも手伝い、一貫した行動で人の高潔と誠実を示した。彼が生き直すことを願ってそれを何年も続けたのだ。市議がクルド人に対して同様に相対することは可能だった——クルド人は彼の土地を奪ったわけではないし彼や彼の家族を嘲笑したわけではないのだから、誠実に向き合うことはずっと楽だったはずだ。懇談の場を設け、祭も一緒に楽しみ、交流を育てる努力ができたはずなのだ。しかし市議はそうする代わりに、幼い子どもたちの前でクルド人を挑発した。
 10代の私でも努力したが、市議は努力しなかった。私には人としての誇りがあったが、彼にはないのだろう。だが信頼関係は熨斗をつけて献上されて来るのを待つものではなく、相互に育てるものだ。始まりはゼロなのだ。今はマイナスである。

 懸念は今後、埼玉県民や「自称愛国者」、インターネット配信者などが市議の真似をすることにある。今後また事件が作られることを私は憂う。「あれは日本人からクルド人への暴力だった」と語り直す声の多さだけが、蛮行の拡大に抵抗できるだろう。その声の広まりだけが、暴力を止められる。


この記事ではコメント欄を閉鎖しております。事情はまた後日に。平素からコメントを寄せて下さっている皆様に感謝しつつ。

RYOJI

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ゆる 様、ありがとうございます。


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