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どんなラララ(週記:2025/04/05)

首に傘刺されてラリアットしたくなる。そんなラララ。



草を枕に

 駅の階段登りながら、こう考えた。
 に働けばかどが立つ。じょうさおさせば流される。意地をとおせば窮屈きゅうくつだ。とかくに人の世は住みにくい。バカ用にバカが拡散することをトレースすればイイネされるけど、そんなことをするためにネットが発達したのではない。そんなことのためにおれ生まれたわけでもないの。どしたらいいの夏目せんせい。ウンごめん、ホントは悩んだポーズだけ。生きてりゃ角立つさ。意地や情なんてもんで動いてねえし、あんたを窮屈にさせてるのは電車の座席を44cm幅にデザインしたバカだろ。ベビーバギーまで迷惑に感じ始めたら解散だって。


いちご大福もらった

 ディープキス欲しがってるパックマンみたいなデザイン。そんな顔してもカワイイなんてズルいなあ君は。ああすみません皆さんパックマン知らない世代ですよね(←気遣い)。食に保守的なもので人生で初めていちご大福を食しましたが、大変美味しゅうございました。旨かったなー。また食お。


メリハリ(漢字では減張と書くらしい)

 おれ「定時に帰らないのは遅刻と同じ」と言ってて、一分でもタイムカード押すの遅れたら「すみません」って周囲に謝るレベルなんだけど、現代の学生と教員を見ててもゼミなんか長引けば長引くほど「やった感」を得てて「ああ日本の働き方が変わらないはずだよ」と絶望している。


マガジンに追加していただきました①

青山 風游 様が運営されているマガジン「とって ぉき させて下さいませ」マガジン「オススメ作品 書籍 映画 チェックリスト」に、記事「背筋の伸びた人、14年間の記録」をご登録いただきました。

ありがとうございます

 きっとアプローチというか、記事そのものを好きになってくださっての追加が「上のマガジン」で、記事中で御紹介している映画「ホルモン」についてのお気持ちが下のチェックリストへのご登録なのかも。ありがたいことです。この(下の)マガジンには STARLETさんの記事「書籍『アンチレイシストであるためには 』」も収められていますね。おれも読み始めました。
 
 青いサムネの猫さまは字幕を隠しているわけですかね。このサムネに猫のアレな部分がよく出ていると感じました。ピンポイントでこういう行動ができるのも同居人である人間の行動や関心をよく観察し理解していればこそ。ありがたいのです。別に「字幕に頼るな」と言ってくれているわけではないですが、そう受け取ることも可能は可能です。


マガジンに追加していただきました②

KP61様が運営されるマガジン「BASAHIN MULI」に、記事「『110番してください』じゃねえよ」を登録していただきました。

ありがとうございます

 「自称プロは自己憐憫のプロ」とか、全方位を敵に回すスタイルでお届けした記事でした。嫌われたいんですかね。「市民の通報にメモも取らない警察官もいるので交番に行くより所轄の警察署に110番する方がきっとマシ」という(高齢者がアルコール入ったアタマおかしい奴にクルマ当てられる)犠牲あって学んだことを書いてます。
 よくシニカルでルードでウンコでマッチョな保安官が実は命を投げうって市民を守る展開ってあるけど、あれは映画だったんよね。実はその高齢者は警察官の母親で、なぜ自分は通報を無視したのかと彼が後悔するラストでもなかった(エンドロールには警察学校に入った彼と、彼を一人で育て上げた母が笑顔で並んだ記念写真)(ダメ押しで『大きくなって僕がママを守る』が口癖だった少年時代の彼のショット)。警察って母子家庭育ちでもなれるんだっけ。まあいいや、そんなことを書きたいんじゃない。絶望を振りまいて皆で厭世的になりたいのでもない。

 この記事で書きたかったことは、いつだって人は闘えるか試されてるってことだ。危機感が共有できない者は決してあなたの味方にはならない。彼らが言う「システム」や「ルール」は、無力感や不全感であなたを苛む。しかしそれは試練なのだ。一歩たりとも動けないように感じたら、そこからアスを臨む。明日であり私たちでありケツかもしれないものを。今日の分はうつむいただろ、夏目せんせい。


記事をご紹介いただきました①

たよろよろ図書館DATABASE 様の記事中で、記事「どんなラララ(週記:2025/03/29)」をご紹介いただきました。

ありがとうございます

 いつもありがとうございます。実は当該の記事は新機軸を見せつけておりまして、ある(透明感すごかった)芸能人のことを書いたら、翌週その方がどえらいことになって「彼女が唯一演じ切れなかったのは彼女自身だった」という話になり、「デスブログ、いやデス note か」「いやDEATH NOTEってちがうやつじゃん」と、慄いていたわけでございます。死神の目をもった訳じゃないんです。偶然です。あと、あの方は生で見るとすっごいです。同じ人間とは思えません。だから人間ルールで裁かなくていいんじゃないかな。
 ま、本人がそう思ったときに転落って始まるんですけどね。


記事をご紹介いただきました②

青山 風游 様の記事中で、記事「親になってみたいと口にする」をご紹介いただきました。

ありがとうございます

 あんな暗い記事を書くことはもう二度とないだろう。充分書いたし――とは思うんですけどね。夜ごと死を思いながらベッドに入り、日々自分が狂うのではないかと思うことさえ、誰でもそうだと言われればそれまでなんだけど、そんな「生き物は全ていつか死ぬ」みてえなでけえ話って役に立たないしクッソどうでもいい。これそういう話じゃねーのよってことは書き殴って行こうと思う五十路なわけですね。悟り開きたいなら仏門入ってんだよ。生活ってニュアンスでありディティールだろ。それをQOLって呼び習わしたんだろ。QOLって実感で、明日を生きる理由が個人に見える状態なんよ。どう生きてどう死ぬかっていう命題がその裏にある。選択できない要素を受け入れた上で、その与えられた人生を精一杯よりよく生きようとして、最低限必要な選択肢を求めた、そういう生き方が傲慢なのかどうか、認めて差し上げていいのかどうか世間は悩んでる。そのせいで、きっとおれは時間切れになる――ある日、そう思った。おれの人生を読みさしの小説みたいに眺めて、無為な人々が望むのは愛に殉じる悲劇だ。古典的な愛の、新しいヴァージョンを観たいだけなんだと。温かい涙を拭うハンカチは常に用意されている。
 だけどおれの人生は誰かの娯楽のためにあるわけじゃない。おれは遠くない未来、人間を憎むよ。それだけはちゃんと、誓っておくよ。――ある日、そう書いた。


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