薄皮たい焼き たい夢
いかにもインバウンド客を当て込んだ「鯛焼き屋」が嫌いだ。400円もする鯛焼きなんて、子どもが食えない。いや大人だって食えない。幡ヶ谷の、おばあちゃんが焼いている鯛焼きが好きだったな。120円くらいだった。
そんなわけで鯛焼き難民なのだが、練馬駅で降りる用があり「薄皮たい焼き たい夢」に寄った。ここの鯛焼きはカリッと焼いた薄皮に甘すぎない餡が包まれていて、170円という値段も好ましい。東京には赤羽と練馬にしか店舗がないので、練馬に用があると寄ってしまう。とはいえ、まだ今夜が2回めなのだが……
もう閉店間際だったらしい。
「もう終わりでしたか」
「いや、まだ何個かはありますけど」
「小倉って何個あります?」
「3個ですねぇ」
「じゃあ、すみません2個ください」
340円をキャッシュトレイに並べている間に、紙袋に入れてくれる。
「丁度ですね、ありがとうございます」
3個入ってますから食べてください、と渡される。
えええ、嬉しい! と大きめな声が出る。でも、それなら払いたい。
「閉店だからいいんですよ」と遠慮されるが、追加の小銭を押し付ける。
また来ます、と店を後にした。
払いたかったのは、ここの人たちが好きだし、気持ちがすごく嬉しかったからだ。一日の終わりに幸福な気持ちにさせてくれたからだ。それは伝えきれてなかった気がするけど……
雨のなかを歩きながら、「あ、おれが渡したの120円だ」と気づく。
一円玉や五円玉も混じった120円、そうだ120円を渡したんだ。
どうやら私の思う鯛焼きの値段は、120円のまま変わっていないらしい。
ちなみに、この店を見つけたのは中上健次のおかげだ。
中上健次がとても若い頃に、このすぐ近くのアパートに住んでいたのだ。
もちろん、彼がタバコの吸い殻を床に落としながら時間を過ごした映画館もとうにない。鬱屈した情熱を抱えながらこの道を歩いていた若者がいたことを、覚えている人もいない。
