バカなことをするには頭がいるーコミケの免罪符と企業CMにみる、オタクたちの恐るべき教養

「オタク」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべるだろうか。

暗い人。
現実逃避している人。
コミュニケーションが苦手な人。

そんなステレオタイプはいまだに根強い。

しかし、現代のオタクカルチャーの最前線を眺めていると、あることに気づく。

「この人たち、地味にめちゃくちゃ頭がいいのでは?」

もちろん、オタクだから優秀というわけではない。
むしろ、社会性に難があり、扱いづらい人間も多い。

それでも、オタク文化の中心には昔から「知性を全力で無駄遣いする」という奇妙な美学が存在している。

そして、その無駄こそが、日本の文化を面白くしているのかもしれない。


コミケに現れる「世界史ガチ勢」

その知性がもっとも露骨に現れる場所の一つがコミックマーケットだ。

会場を歩くと、世界史や宗教史の知識を全力で悪ノリしたようなグッズが並んでいる。

例えば、宗教改革をネタにした「ルターパック」と「汎用免罪符」

ルターパック Xより
汎用免罪符  Xより

中世ヨーロッパ史を知らなければ、何が面白いのかすらわからない。
しかも、単なる暗記ではこんなネタは作れない。

知識の本質を理解し、それをユーモアへ変換する教養が必要になる。

コミケのおもしろコスプレもそうだ。
時事ネタやニュースを瞬時に拾い上げ、数日で立体化する。
そこには情報収集能力、設計力、工作技術、そして異常な行動力がある。

2024年パリ五輪で話題になった「無課金おじさん」ことトルコのディケチ選手のコスプレ デイリースポーツより

一見するとバカバカしい。

しかし、その裏側では恐ろしく高度な知的インフラが動いている。


「公式が狂ってる」を作る人たち

この「細くて深い知性」は、いまや企業のマーケティングをも動かしている。

近年のマクドナルドや日清食品のCMやSNSを見ると、ニコニコ動画全盛期のネットミームやMAD文化を熟知しているとしか思えないネタが頻繁に登場する。

しかも単なるパロディではない。

当時の歌い手を呼び、当時のイラストレーターを起用し、空気感まで完全再現する。
その解像度が異常に高い。

「若者向けだからアニメを使おう」という浅い話ではない。

当時その文化にどっぷり浸かっていた人間の熱量とリスペクトが感じられる。

そして面白いのは、そういう企画を通すためには、単なるオタクではダメだということだ。

企画書を書き、稟議を通し、社内を説得し、権利関係を調整する。

オタクとしての深い知識と、社会人としての能力が奇跡的に噛み合った人間だけが、ああいう「公式が狂ってる」としか思えない仕事を実現できる。


もちろん、役立たないオタクの方が圧倒的多数である

ただし、勘違いしてはいけない。
オタクが全員優秀なわけではない。

むしろ逆だ。

コミュニケーションが苦手。
頑固。
空気が読めない。
興味のないことには一切関心がない。
組織の論理を理解しない。

社会的には極めて扱いにくい人間も多い。

というより、そちらの方が多数派だろう。

かつて軍事研究者の小泉悠氏は、


「オタクは99%の場面では役に立たないが、ピタッとはまる1%の深い穴を持っている」

という趣旨のことを語っていた。

まさにその通りだと思う。

99%は役に立たない。

しかし、知性と社会性が奇跡的に噛み合った上位数パーセントのオタクが現れた時、その破壊力は凄まじい。


「説明しなくても通じる」ことの快適さ

個人的な話になるが、ある程度高学歴なオタクと話していると楽なことがある。

別に学歴を自慢したいわけではない。

ただ、前提知識を共有していることが多いのだ。

世界史。
ネット文化。
技術。
時事問題。

「ああ、あの話ね」
「つまりこういうことでしょ」

いちいち一から十まで説明しなくても、本題に入れる。

会話の圧縮率が高い。
もちろん高学歴だから人格者というわけではない。
偏屈で面倒な人間もいる。

それでも、共通言語が多いことの快適さは確かに存在する。


体は大人、頭は大学生

以前、とある中小企業で働いていたことがある。

そこで驚いたのは、30代、40代になっても「体は大人、頭は大学生」のような人間が驚くほど多かったことだ。

飲み会では学生サークルの延長で翌日仕事があるのに朝まで飲む。
大事な仕事があるのにプライベート優先でその日に有給取得。
二日酔いで連絡なしで会社に来ない社長。
仕事より派閥。

年齢を重ねれば自然と成熟するものだと思っていたが、現実はそうではなかった。

歳を取ることと、大人になることは別の話だった。

一方で、一つの分野を十年、二十年と掘り続けてきた人間には、研究者のような落ち着きや独特の知性を感じることがある。

少なくとも、自分の好きなものを深く考え続けてきた人との会話は面白い。


「深い穴」を掘った人間は話が面白い

たとえば先述の軍事研究者の小泉悠氏。

モスクワ大学への留学経験もある筋金入りのロシア・ソ連オタクとして知られているが、Youtubeなどで話を聞いていると本当に面白い。
戦車の話から始まったと思ったら、ソ連時代の食べ物、宇宙開発、生活文化へと脱線し、それが現代ロシアの政治や国際情勢へ自然につながっていく。

知識量も凄いが、何より話が生き生きとしている。

おそらく本人にとっては「仕事」より先に「好き」がある。

だから面白い。

そして、そういう人は決して万能ではない。

99%の場面ではただの変人かもしれない。

しかし、自分だけの細くて深い穴に関しては、誰にも真似できない景色を見せてくれる。


なぜオタクには高学歴や有能な人間が多いのか

考えてみれば当然かもしれない。

オタクとは、一つの物事をどこまでも深掘りするシステムそのものだからだ。
設定資料を読み込み、矛盾を考察し、アーカイブを漁り、膨大な情報を整理する。

この脳の使い方は、受験勉強や研究、ビジネスの情報分析と驚くほど似ている。

「勉強ができないからオタクになった」のではない。

むしろ、

「オタクをやれるほどの知的体力があるから、結果として何をやっても強い」

のかもしれない。

もちろん全員ではない。

しかし、研究者、エンジニア、医師、弁護士、企業の企画担当者の中にオタクが異様に多いのも、偶然ではないだろう。


知性を100%無駄遣いする贅沢

社会は、誰もが平均的で便利な歯車になることを求める。

しかしオタクたちは、その知性を必ずしも「正しい方向」には使わない。

世界史の知識を総動員して免罪符を刷る。
十数年前のネット文化を企業CMで完全再現する。

設定、考察、研究に数百時間を費やす。

外から見れば、どう考えても無駄である。
しかし、その無駄の中にこそ、人間の知性の豊かさがある。
オタクとは、社会に役立つために勉強した人ではない。

好きなものを掘り続けた結果、たまたま社会に役立ってしまった人たちなのだ。

そして、おそらく本当に面白い文化というのは、こういう「知性の無駄遣い」から生まれる。

バカなことをするには頭がいる。

人間の知性とは、役に立つことだけのために存在しているわけではない。

時には、とんでもなくくだらないことを、全力で面白くするためにこそ存在しているのである。

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