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『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』 夏樹 良

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

あらすじ:

 僕は少年期に、江戸時代の先祖の女の子が毎夜現れ、不眠症になるという心霊体験をする。父が心配して呼んでくれたその拝み屋に言われるとおり、菩提寺の住職に事情を話し、塔婆に供養の文言をかいてもらい父と共に川に三回流した。すると、あら不思議?その現象は三回めを流したその日からすっかりなくなった。それから月日は流れ、僕は少年の日の恐怖体験などすっかり忘れて、大学もめでたく卒業して、職に就く。プライベートは趣味の写真をやりながら、香織と交際している。
 地元で開催した写真展も無事終わり、彼女が自宅に遊びに来て、帰った夜のことである。僕が2階の本とジャズのレコードが沢山ある自分の部屋のベッドで寝ていると・・・。
(小説には自作の写真がふんだんに使われていますが、応募作品では省きました。記事そのものですのでマガジンにはしませんでした。)


①連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 美霊なんていう名前は、この世の中には、存在しない。それは、僕が彼女につけた架空の名前だからだ。ミレイと読む。僕が知る限り、「ざんげの値打ちもない」を歌っていた北原ミレイという歌手がいたけれど、ちょっと古いかな。今なら、シンガーソングライターのミレイがいる。『鬼滅の刃』のテーマ曲、『絆の奇跡』をマンウィズミッションと歌っている。フランスの印象派、「落穂ひろい」で有名なミレーという画家もいた。ミレイではない。両者とも、美霊とは書かない。美麗ならわかるけど、美霊というのはちょっと、とあなたは思うかもしれない。

②連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 その日、おやつの時間に、僕の家に遊びに来た香織に、僕は珈琲を入れ、オレオを小さい器にいくつかのせて出し、二階の僕の部屋で、二人で珈琲タイムをしていた。先週、地元で開催して終わった僕の写真展の話をしながら。 
「香織。今回の写真展はありがとう。搬入,搬出を手伝ってもらって、本当に助かったよ。それから、受付もね。本当にありがと!」
「うん。私も手伝いできて、楽しかったよ。いつもは、都内のギャラリーでしょ。見るだけで、手伝いはできないから。ちょっと欲求不満ぎみだったの。」
四切の写真二十点ほどに僕が地元の画材屋に頼んで、切ってもらった白いマットをつけて、ブラックフレームに納めた。白黒の写真には、白いマットで黒いフレームが合う。僕のジムニーの後ろ座席を倒して、積み込んで市民ホールのギャラリーに香織と二人で搬入した。搬入と同時に、決まっている左回りの展示順に額を壁沿いに同間隔に立てかけて、それを適当な高さを図って、フックを壁につけて、掛けていく。最後に全体の高さ,幅が均等であるか、写真の展示順はこれでいいかをもう一度を確認する。そして、額やガラスについた埃を払って、搬入作業は終わる。そして、ギャラリーの入り口に、邪魔にならないように小さいテーブルを置いて、記名帳を置き、ペン皿の上にペンをのせておく。今回のこの搬入作業とそれを撤去する搬出作業の一部始終を僕は香織と二人でやった。都内の写真メーカーのギャラリーでやる時は、僕がやはり四十枚ほどの写真を自宅でフレームに収め、ギャラリーまで運んで、ギャラリーの担当者と展示準備をする。今回の香織とやったこの作業は、ああだこうだ言いながら二人でできて、僕も楽しかった。香織は、僕が地元でやる写真展ということで、得意になってやってくれた。
「よかったね。今回は、地元のひとに見てもらえて。」
「そうだな。都内の開催だと、なかなか足を運べない人もいるしね。いつも地元でやって欲しいって言っていた人も何人かいたね。」
「隆二さんは、今回ハガキサイズの写真を、お土産用に用意したでしょ?あれを喜んでいた人が多かったよ。大変好評でした。写真展を見た印みたいなものをみんな持って帰りたいものなのよ。」
 僕は、今回、オリジナルプリントではなく、その一枚をコピーして,デジタルでネームと短いコピーワードを入れたのをインクジェットプリンターで印刷して、写真展に来てくれた人へのプレゼントカードとして用意したんだ。そして、香織に受付をお願いした。
「こんにちは。よろしかったら、お名前をお書きください。」
「ありがとうございます。それから、このカードもご自由にお持ちください。」
 と言う風に。なかなか慣れたもので、僕が入り口にいるより、みんなにも印象よかったんじゃないかな。可愛い女の子に挨拶される方がね。好評だったから、カードプレゼントいつもやろうかな。

 そのうち、夕暮れてきて、僕は、部屋の灯りをつけて、レコードプレイヤーで、ビル・エバンスの「ワルツフォアデビー」をかける。エバンスのリリックでエレガント、三拍子のりのリズミカルなテーマメロディが部屋を満たす。
 香織は、僕のベッドに寝転んでいて、僕に両手を差し出して、手招きしている。僕らは、セックスフレンドよりの恋人関係という感じなのかな。会えば必ずセックスをする。僕は、一度点けた灯りを小さくして、さっさと自分の服を脱いで、もう既に全裸になっている香織のいるベッドの中へもぐり込む。その日、彼女は、僕の上、騎乗位で果てた。彼女を上にして半身起き上がらせて、僕のペニスを十分潤っている彼女に入れると香織はゆっくりと僕のペニスを自分のヴァギナで確かめるように馴染ませるように上下運動をし始める。膣の壁から全身に心地よい性的刺激が流れ、汗ばんできて欲情し始めると、愛液が溢れてくるヴァギナを僕に密着させたまま腰の前後運動を始める。僕のペニスが香織の膣の上壁と奥の突起を刺激し、さらに香織の固くなっているクリトリスを僕の恥骨が愛液をまじえて摩擦して、暫くすると彼女の性的快感は絶頂に向かいはじめる。
「んっ!ん。ん。い。いい。」
という淫らな声を思わず彼女が洩らす。彼女は、オルガズムの予兆を感じ、腰の前後運動が欲情に任せて激しくなる。僕はペニスで愛液に溢れた香織の温かい膣の刺激と濡れたヴァギナと勃起したクリトリスを恥骨あたりに感じながら目を閉じたまま欲情し快感に喘ぐ香織を見ている。エバンスを聴きながら。エバンスをBGMにして、香織はジャジーというよりなんてポップな色艶かしさなんだなんて思っている。性的な快感の外で、彼女を雄(オス)として性的に満足させているという支配的な満足感を今、僕は味わっているのかもしれない。香織は、やがて、
「ん。ん。んっ!ふんっ! あ。あぁー。」
という断末魔の声を発して、上半身をガクガクと微動させた後、僕に覆いかぶさるようにして、逝って果てた。
「隆二さん。愛してるよ。」
とサラリと言った後にキスをして、夕食は、母親が作って待っているから、家で食べると言って、香織は、僕に笑顔で右手を振り玄関を出た。そして、フェアレディZのエンジン音とともにさっさと帰っていった。

③連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 僕は香織と交際し始めた頃、とても理解しがたいと思われるような身の上話をしたことがある。馴れ初め時に、僕は自分のことをわかって欲しいという性格なのかな。自ら己のことをこんなことをしてきたこんな奴だと話し始める傾向がある。それは、そんな理解しがたいような内容でも、香織に自分を知って欲しいという願望があったから話したのだと思う。学生時代にわけもわからずに巻き込まれた数年に及ぶ、自分に言わせれば異常な環境、状況(それは不特定多数の人々による個人攻撃、バッシングのようなものだった)の中で、自身の性格やら、正義感やら男気もまた手伝って、そういう流れに身を任せるようなことが僕はできないで、そういう環境に敵対して戦い続けなければならなかった。そして、今も戦い続けているような気がするというような話をした。その頃、流れに身を任せない僕は、結果的に多勢を敵に回してしまったわけである。香織の理解を求めるのならば、具体的に正直に話すべきだとは、思うのだけれども、僕はそれが出来なかった。それは、僕の元の彼女に関わる話だったからだ。僕はどんな理由があろうと、彼女がクィーンエリザベスやジャンヌダルクだというのならともかく、女ひとりを相手にして、戦争をするような騒ぎをして多勢で彼女を攻撃するというのは絶対に許せなかったんだ。
 僕には、いつまでも忘れられないその異常事態の渦中にいた頃の街の光景がある。新宿駅東口を出て、雑踏の中を抜け信号を渡り、新宿通りを伊勢丹方面に向かって飄々と歩いていく僕がいる、その僕に空からまるで幾多の矢が雨のように降り注いでいる。それは、確かに僕に向けられて放たれている。ふんっ!いつものことだ。僕は、頑強な鎧でも身につけているかのように、怯むこともなく、力強い歩行でまっすぐ遠い前だけを見て歩いていく。その視線の先に、彼女が必ず待っている筈だからだ。僕にしてみれば、どんな理由があろうとまた、何が起ころうとも、その大切な人をただ守りたかっただけのことなんだ。こんな日に彼女は、来るのだろうか?と一瞬、思いながら、内心は、その矢で傷つけられ、幾分弱気になっていたのかもしれない。待ち合わせの紀伊国屋書店に近づくと、どこからか、あの特徴的なイントロダクションとともに、ガゼボの「アイライクショパン」が聴こえてくる。僕は、通りすぎてゆく人並を少し外れたところ、エスカレーターの横に不安そうな面持ちで過ぎていく人込みを見つめ、ちょっと頼りなさそうに麻美が立っているのが見える。よかった。来たんだ。念のために言っておくと彼女は小林麻美ではない。でも、街に流れるその音楽をBGMにして、麻美は、映画のワンシーンのように佇んでいた。美しかった。人込みの中で光を発していた。誰が演出したのか、映画の一コマのように出来すぎたシーンだ。彼女は僕を人並の中から見つけると、微笑んで右手を振った。すると、僕の武装は自動的に解除され、彼女に向かって僕も手をあげて微笑む。というような風景だ。僕と彼女が会えた時点で、飛び交っていた矢は消える。この本当にあった嘘のような景色のことは、その時代とその状況を被害者として経験した者でなければわからないと思う。だから、香織には話さず、全く具体性を欠く、漠然とした身の上話になってしまった。でも、僕を理解してもらうには、大切なことだったので、香織には話しておきたかったのだろう。

④連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 それにも関わらず、香織は、話のわけがわからないというようなことは、一切言わないで、ただひとこと、
「私が隆二さんを守ってあげるよ。」
と言ったのを僕は忘れない。まるでユーミンの歌のように。サラリと彼女はそう言った。訳ありの経験をしている僕にしてみると、頼もしい奴だなと思って感心したんだ。いや、その言葉は、感動だった。そういうことを言う女の子も珍しいし、可愛いことを言う子だなと思って彼女のことを僕はそこで本当に好きになってしまった。そして、彼女がその言葉を発したその一瞬間で、惚れてしまったんだ。でも、同時に、僕は、「ありがとう。君は、そんな可愛いことを言ってくれて。本当に嬉しいよ。でもね。君はいつか、僕からきっと離れていく。」そういう淋しいことを僕は思っていた。先に話した戦っているという話とその時から僕に巣食ったトラウマのようなものがひとつの理由で、もうひとつは、僕は、写真をやることが三度のメシよりも好きな奴で、自分の経験から、その写真と恋愛は、僕の場合は、うまく両立しないと諦めていたからなんだ。そして、僕は、学生時代のあの時、大学同級の麻美といつの間にか、同棲するようになり、その若さと愚かさゆえ、あまりにも狂おしく、悩ましく、難解で多難、かつ愛おしい一途な恋をしてしまった。麻美。その名を呼べば、今なお、なんて愛おしく切ないんだろう。良くも悪くも、そういう恋をなんと呼べばいいんだろう。それは実ることのない運命の恋、生涯の恋とも言うべきものなのだろうか、僕は、あの恋の季節に、恋のパワーとか命を、全身全霊をかけて使い果たしてしまったように思えるんだ。それでも、香織のような女の子に出会えれば、好意も持ち、惚れもする。しかし、それは、どこか、アフターという感じを免れない。なんだか、まだ若いのに僕は、既に、恋愛に関しては、激愛の末の燃え殻のようなものであったのかもしれない。まだ、そんな歳でもないのに。

⑤連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 激恋愛の麻美とは、それぞれが仕事についた後も、彼女はそのまま東京で、僕は実家のある町に住みながら中距離ほどの交際を続けて、ある日、福生で別れた。大学時代の就活期に、僕が実家に戻ってそこで勤めると麻美に告げた時、彼女は、
「裏切ったのね!」
と僕に言った。僕は、その時、その麻美の言葉に困惑した。そして、僕は同時に、彼女は、僕が当然、彼女とこのまま住み続け、東京で勤めると思っていたんだということに気づいた。ただ、僕は、東京の通勤時間帯の満員電車だけは、まっぴらごめんと思っていただけなんだ。麻美は、気の利いたアパートに住んで、電車一本近距離乗り換えなしで通学していたから、そういう経験はあまりないのかもしれない。僕は、彼女と同棲する前は、自宅から通っていたので、大学に着くまでに、三本の電車を乗り換えなければならなかった。一限があるときは、正に通勤ラッシュ真っ只中だった。僕は満員電車に乗る要領というものが全くつかめていなかった。降りる準備として次に降りる側のドア近くに立って陣とっていて手摺につかまっているのだけれども、電車が混んでくるといつの間にか、奥の方にギュウギュウと押し込まれて、乗り換えの駅で降りるのに苦労することになってしまう。それで、下りるのを断念したこともよくあった。今日は、どうしても遅れられないと思った日は、降車駅が近づいた時に、
「すみません。次、降りますからね。よろしく。」
と極力謙虚に、小声で前もって予告して、やっと降りたこともある。それを聞いた人は、勿論、
「わかりました。」
などとは、言うはずも思うわけもなく、ただ黙っていたけれども、なんだ?次の駅でこいつ降りるのかとか、何言ってるんだこいつはとか、絶対、降ろしてやるもんかとか思っていたに違いない。通勤に慣れたサラリーマンは、電車の揺れる波にも乗ってうまく漂っているのに、僕は、一生懸命、その波が作る重さを右手一本で支えて耐えるようなたちだった。何回か経験すれば、そのサラリーマンの群れのように慣れるもんなんだろうけど、僕は一向にそれに慣れるということはなかった。それで、本当にあれだけは、勘弁してほしいとつくづく僕は思ってしまったわけなんだ。だから、自宅に戻って、車で通勤できるような仕事環境を選んだだけのことなんだ。僕にとっては、それだけの理由であったのかもしれない。あの頃、僕は麻美のおかげで、あの通勤ラッシュから逃れることができた。そればかりでなく、食事を作り、洗濯までしてくれて、僕との同棲生活を守ってきた彼女にしてみれば、その生活を通勤環境のためにやめてしまった僕は、その時点で、やはり彼女を裏切ったことになるのかもしれない。僕と麻美は、相性は決して良いとは言えなかったので、もっと早く別れるべきだったのかもしれないけれども、僕はやはり彼女を愛していたし、そのバッシングの渦中にいて、被害者だった彼女が僕は心配でしょうがなかった。同棲当時から、それは、僕の判断であるけれども、何かにひどく傷つけられた時の彼女は、突然、貝のように自分を閉ざす傾向はあって、そういう時の彼女は全くの別人で、まるでマネキン人形のようだった。だから、今なおこういう状況の中で、また、精神を病んだり、自暴自棄になったりはしないかと思っていた。僕は幾分、保護者に近い気持ちもあったのだと思う。しかし、そんなのは、僕の取り越し苦労というもので、女である麻美の方が僕よりよっぽど強かったかもしれない。

 週末のデートの折、僕がプライベートで今、福生の写真を撮っていると言うと彼女は福生まで出て来てくれた。福生にある気のきいたレストランで洋食を食べた後、二人は、その町の適当なホテルでいつもの週末のデートのように抱き合って寝た。
「隆ちゃんじゃないとだめなんだよ。」
と言って彼女は泣いていた。僕との交際中、彼女は、決してピーピー泣くような女じゃなかった。だから、麻美のその泣いている姿が今も記憶から離れない。
「麻美は、俺じゃなくても大丈夫だよ。」
と僕は静かに彼女をなだめるように言う。その時、彼女は別の誰かと付き合っているというような気配を僕は感じていた。それで、彼女は、もう心配はいらないと僕は思っていたんだ。ここまで、二人は傷つけ合いながらも愛し合ってきた。そういう関係になっていた。でも僕は、この先ずっと彼女とやっていくという自信がなかった。
「別れた方が、お前にとっても、俺にとっても、いいと思うんだ。」
 諭すように穏やかにそう言って、僕は彼女と別れた。彼女のことを思い、愛しながら。だから、彼女がその部屋で泣いていた場面を僕はいつまでも忘れられない。どんな理由があろうと、誰が何と言おうと、麻美は、僕が初めて逢った互いにとって良くも悪くも運命の人だと思えるし、もう会うこともない今でも大切な人だと僕は思っている。そして、その頃の思いのまま今も愛しているのだろう。これは、僕の人生最初で最後の約十年に及ぶ激恋愛の話だ。この恋の顛末を香織に正直に話すべきだったのかな?いや、話さない方がいいだろう。このことは、僕は香織には一切話していない。だから、香織には内緒だよ。

⑥連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 夕食は家で食べると言って、香織が帰ったその夜のことである。母は仲がいい母の弟夫婦のところに遊びに行っていて、今日はいない。おじさんもおばさんも僕がひとりで寄ったときも、夕食の用意をしてくれたり、泊まっていけと言ってくれたりして、実にいい人なんだ。その晩は、僕は夕食を自分で作って食べてから風呂に入った。そして、テレビをつけて、ソングスのあと、NHKの特集番組をもう一本見て、歯を磨いて、火の元を確かめてから、電灯を消して、二階に上がってベッドに入った。今日、香織とセックスしたそのままのベッドだ。もう真夜中はとっくにすぎて、二時ごろになろうとしていた。
 するといつになく、なんだか、寝付かれない。起き上がって、一度電灯をつけてまた消した。僕は、寝る時は、部屋を真っ暗にしている。特に考えることがあるわけでもなく、寝られない理由がわからない。そのうち寝付かれないのが、寝られない理由になったりしてくる。すると、突然、天上あたりで、微かにパチパチ!ゴソ。パチパチ!というような音がする。いつも、そういうことはあったのかもしれないけれど、その頃の僕は、家が出す自然音と思って気にしていなかったのだろう。だが、今夜はやけにその音が耳に入ってきて気になる。う〜ん。と思って、様子を伺っていると。また、パチンッ!と天井で音がしたかと思うと、今度はコンパクトコンポーネントステレオ、デノンのプレイヤーあたりをカリカリッ!と引っ掻くような音がする。そして、カツカツと叩いている。あぁ。そうだ。こういうのは、遥か昔に覚えがあるなと僕は気づく。今となっては遠い昔のこと。不思議と全く、不気味さとか、怖さは感じない。確かに覚えがある。そして、僕は、仰向けに寝たまま、部屋の暗闇に向かって声を発した。

「なんだ?お前、まだいたの?!」  

⑦連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 あれは僕がまだ小学生で低学年の頃の話だ。僕はそのころ、ひどい不眠症に悩まされていた。遊び盛りの子供が似つかわしくもなく不眠症なんかに悩まされているんだから、気の毒な話だろう?僕は、寝てもなかなか寝付かれない。そのうち頭の上のガラス窓をカリカリと引っ掻くような音がし始める。つぎに東の端にある風呂場でポチャンッという音がする。音がしたかと思うと風呂場から西の端にある僕の部屋に向かう廊下を何者かがそろそろと歩いて、忍び寄ってくる気配がする。気配がなくなったかと思うと、僕の部屋のドアをカリカリと引っ掻き、ドアノブをいじる音がする。入ってくるのかと思うと入ってこない。それでまだチビの僕は、布団をかぶって怖くて怖くて朝までガタガタと震えていた。そのうち、雀の鳴き声がし始めて、気配が消えると、僕は安心して、寝付くという具合だ。それが、毎晩同じように繰り返された。奇妙で薄気味悪い出来事であるし、信じてもらえないだろうと思って、人にも親にも言うに言われず、思い悩んでいると、ある日、仕事から帰ると父が、僕の様子を心配して、
「お前。眠れないのか?大丈夫か?」
と心配して聞いてくれた。僕は、これこれこういう事情なんだと事の次第を隠さず父に語った。すると父は、
「おとうさんの知り合いで、拝み屋というか、霊媒師がいるから、頼んでみるか?」
というので、ああ、よかった。信じてもらえたんだと思って、藁をも縋る気持ちで、父にそのことをお願いした。

 我が家にやってきたその拝み屋は、外見は全く普通の人だった。家に来ると、なにやら呪文のようなものを唱えて、座っている僕の背中を両手で二、三回上から下に撫でた。ゴツゴツとした男の手だった。そうして、
「この子には、どうやら、江戸時代の先祖の女の子の霊が憑いていますね。」
と言った。思いもしなかった言葉に僕は、驚愕した。どうして江戸時代まで時を遡って、僕の先祖の女の子が現代に生きる僕に会いにきたのか?その神秘は、僕にとって最大の謎に思えた。そして、拝み屋は、父に、
「家の墓のある寺の住職にこの事情を話し、塔婆に供養の文言を書いて頂いて、子供が好むお菓子を添えて、その塔婆を川に流して供養をして下さい。」
「いいですか。必ず、それを3回行って供養して下さい。」
と言った。父と僕は拝み屋の言うとおり、町の北の県境を流れる利根川に行き、その供養を三回繰り返した。僕は、父と塔婆を川に流しながら、この塔婆は、どこへ流れていくのだろうと思った。そして何処かに流れ着いた塔婆を人が見つけたら、どう思うだろうと考えたりたもした。あの時ほど、僕は父を頼もしいと思って、感謝したことはない。まず僕を信じてくれたこと。それから僕のためにその供養を三度付き合ってやってくれたこと。
 そうすると。不思議にも、なんとその現象は、三度目のその日を境に、僕に現れなくなったのだ。僕は、父のおかげで、その奇妙な現象からも、不眠症からも解放された。子供心ながら、不思議なことってあるもんなんだなと僕は思った。それが、事実として信じないわけにはいかない僕の霊的現象の初体験だった。しかも江戸時代の先祖の女の子の霊とはね。それから十数年以上が経ち、恋をして、女の子とセックスをして、青春を謳歌し、様々なことを経験しながら成長し、僕は、すっかり大人になって、そのことは、まるで忘れていたんだ。


⑧連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 僕は、彼女、つまり、江戸時代の先祖の女の子は、父と僕の親子の供養によって、僕から離れて成仏したのではなく、ただ鎮まっただけで、ずっと僕についていたのかもしれないと思った。それとも再び、また現れたのか。僕には、わからない。しかし、なにかをアピールするようなその深夜の物音は、気にしなくはなったから気づかなかったけど、考えてみるといつからか、また現れていたような気がする。どうやら、彼女は、レコードをかけてくれと言っているらしい。僕は、電灯を付けて、ターンテーブルに置いてあったエバンスの「ワルツフォアデビー」をアルバムジャケットにしまい、棚に収めて、そこから、同じエバンスの「タウンホールのビル・エバンス」を取り出してかける。ライブの演奏で客のグラスの音を交えながら、「マイフーリッシュハート」が部屋に流れる。
「これでいい?」
と僕が言うと、天井で、パチ。という音がする。とすると、今日、彼女は、香織と僕の官能の一部始終をみんな見ていたわけか?と思ったりする。恥ずかしいという気持ちではないけれども、プライーベートを覗き見されているような変な気持ちだった。彼女は、僕のそばに誰かがいるときは、その気配を隠していて、僕がひとりでいるときに、氣を現し、存在を意思表示し、アピールしてくる。ただ、今、思うと、一人だけ、例外がある。学生時代、同棲していたあの麻美が、働き始めた後、仕事が空いている時に、五日くらい僕の家に泊まって過ごしていたことがあった。一緒にベッドに入って寝ていると、なんだか彼女が天井でするその音を気にして目で追っていたのを覚えている。何も僕に彼女は言わなかったけれども、彼女は彼女で僕に言ってもわからないと思っていたのかもしれない。その頃の僕は勢いづいていて、そんなことは気にもしていなかったから。今思うとその音は、彼女にも聞こえていたし、僕と一緒にいる彼女にもアピールをしていたということになると思う。そのアピールの仕方は、僕側からすると、いつも唐突で、不定期で、気まぐれのように思える。しかし、僕にはわからないだけで、そちら側には、何かしら必ず規則や法則があるのに違いないと思う。ふーん。僕が音楽好きなもんだから、彼女も僕と一緒に過ごしてきて、音楽鑑賞が趣味になったということなのかな。彼女は、音楽が好きだということだけは、僕は察知できていた。或いは、眠れないのなら、
「何か、聴けば?」
と言っていたのかもしれない。そして、彼女もそれで、満足しているのがわかる。それで、氣が落ち着き、鎮まっているから。

 でも、なんで、麻美といるときには、現れたのだろう???

⑨連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 いつからか、彼女に僕は、美霊という名前をつけた。ミレイ。彼女にそう呼びかけることは、ないけどね。美しく清い精霊であって欲しいという僕の願いが込められている。江戸時代の僕の先祖の女の子がこの時代に僕と共に成長し、過ごして、現代っ子になったということなのか。僕には、やっぱり、わからない。いま改めて考えてみると、生きて生まれることがなかった僕の妹と考えることもできると思う。それならば、名前は、千歳だ。それもやっぱり、僕には、わからない。どう言ったら、いいのだろう。僕は、小学生のときの体験があるから、素直にそういった現象を受け入れられるというか、受け入れてしまうんだけど。あの時は、僕は、怖くて怖くて、ビクビク、ガタガタ震えていたのを覚えている。しかし、人生の経験値というのは、たいしたもので、今、僕は、怖くもなんともない。大人であっても、同じように怖いと思う人は当然いると思う。ただ僕は、違うんだろう。今は、自分の先祖だと思うと、まして、女の子だと思うと親しみすら感じてしまう。それは、心霊現象とか、怪奇現象とか言われて、やはり、多くの人は、気味悪がったり、怖がったりするのが、普通だと僕は思う。普通ではありえないことなんだから。科学的には説明できないし、検証も立証もしづらい。所謂、非科学的現象だから。だから、どう言ったらいいのだろうと僕は、言ったけれども、悪くすると、経験のない人は、幻聴、幻覚、僕自身の精神の異常と捉えかねないので、こんなふうに迂闊には、人には、言えないということだとも思う。

⑩連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 とにかく、美霊のやつは、いつも僕と一緒にいる。いや、常に僕と一緒に行動しているということではなくて、僕が家にいるときは、僕といる。そして、僕がひとりでいるときは、唐突に何かをアピールしてくることがあると考えることにした。或いは、猫のように僕の家に住みついているのかもしれないとも考えた。彼女は、僕と同じ音楽好きで、音楽鑑賞が趣味だということだけは、わかっていたので、いつものように僕は、聴きたいときに、その日の気分で、聴きたいものを、LPやCDで聴いていたけれども、美霊のアピールを察知したときは、聴いていないときでも、
「わかったよ。ちょっと待って。」
ということで、自分の好みでレコードやCDをかけた。全く美霊のことが、気にならないということではないけれども、僕が家にひとりでいて、美霊のなんらかの意思表示がない限りは意識もしなかった。飼い猫と一緒にいるようなもんだし、まして目に見えるわけでもないので。腹も空かさないし、飲食もしない。


⑪連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 そうして、美霊を再び、認知した後も特に何も変わることもなく、ナイト&デイ、僕の日常は慌ただしく過ぎて行った。


⑫連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 香織と僕も同じように仲良く交際を続けて、ドライブして、旅先の旅館やホテルでセックスした。デートして食事の後、ラブホテルでセックスしたり、それから、コンサートやライブを聴いた後にセックスした。あの頃の二人は、性行為をすること、ようするに、愛撫をし合い、身体と身体を繋ぐことで、互いが恋人であるという証を確かめ、それが二人の恋の通行証であったのかもしれない。簡単に言ってしまえば、セックスすることは、デートの一部で、それを締めくくるいわば、二人のクライマックスであったと思う。いつも、二人でその日のデートを楽しみながら、そのクライマックスに向かっていき、セックスを楽しんだ。若くてそういう関係のカップルはみんなそんなもんだと思う。どんなに好きだと思って、この二人の関係は、特別なんだと思っても、結局、みんな同じようなもんなんだと僕は思う。言葉で伝えきれない何かをうめようとして、わかろうとして、また、わかってもらおうとして、重ねるその行為は、いうならば、色(しき)で空(くう)。それは、若さゆえ、セックスすることが恋愛で、愛情表現と信じたい若い恋の季節。愛くるしいその行為で互いの溝が埋められていくという錯覚は、むしろ二人の溝を深めていくのかもしれない。理解不足の互いの恋は、若くて未熟な包容力と互いの我儘を伴い、やがて、破局へ向かうのだろう。いったいどれだけの恋人たちが別れていったのだろう。本当の埋められない孤独と淋しさを抱え、好きだという思いを抱えたままに、本当の自分をうまく伝えられないまま。

 今、思うと、僕と香織の別れの兆候は、あの頃から、始まっていたんだなと思う。二人の関係をちょっと左右しかねない交際上のアクシデントがあった。僕の家に香織が来たときは、同じように僕の部屋のベッドでセックスをした。美霊は、確かに僕の部屋にいるんだと思うけど、気配を全く消している。そして、美霊のことを香織はなんにも感じていない様子だった。これは、美霊とは全く関係無いことだけれど、香織とセックスしている時に、僕が何か考えごとをしていることに彼女が気づいて、
「どうしたの?何考えているの?」
とその最中に僕に聞いた。
「うん。フィルム現像しなくちゃだなと思って。」
と僕はポロっと正直に答えてしまった。すると、香織は激怒して、
「ねぇ。写真やりたいの?!」
「あんたなんか、カメラとセックスしてればっ!」
と言って、さっさと服を着て、怒って帰ってしまった。家を出て、玄関のドアを閉めた時、香織はそのドアを思いっきり蹴っ飛ばして、フェアレディZのエンジンを蒸して帰って行った。そのエンジン音が確かに怒っていた。

 それから、もうひとつ。決定的なアクシデントがあった。香織が僕の家で濃厚なセックスをして、泊まった朝、僕が目覚めると、めづらしく、香織が下に降りて行って、珈琲を入れてきてくれたんだ。その時、僕は、何を寝ぼけていたんだか、
「ありがとう。麻美。」
と、学生時代同棲していた彼女の名前を言ってしまったんだ。しまった!どうして、昔の彼女の名前が出てきちゃったのか、僕は、自分でも心臓が止まるくらい驚いたよ。あとでよく考えてみたんだけどね。たぶん、同棲していた麻美が、僕の好きな珈琲を、催促もしないのに、飲みたいタイミングで当たり前のように、自然に入れてくれる女の子だったんだ。勿論、彼女はそんなふうにして、食事も作ってくれた。その時、僕はそれが本当に嬉しかったし、感謝していたのを覚えている。だから、香織が同じように珈琲をいれて持ってきてくれた時に、不意にその名前がでちゃったんだよ。香織は、僕の家に泊まることは、あまりなかったから、彼女が泊まった時に、狂おしく愛おしいあの同棲時代に、僕の脳が一瞬、戻っちゃったのかもしれない。自分の意識上のことでも予期もできないこんな恐ろしいことって起こるもんなんだと思って、やっぱり、驚いて我ながらあきれたよ。
 勿論、香織は、また憤慨、激怒して、
「ねぇ。誰それ?その子と付き合ってるんでしょっ?!」
と罵声を僕に浴びせると、違うという僕の言葉も聞かず、また、さっさと帰ってしまった。やっぱり、フェアレディを思いっきり蒸して。その時ばっかりは、本当にまずいことになったと僕は思ったんだ。だから、その後で、結局、信じてはもらえなかったかもしれないけれど、その子とは、今は会ってはいないし付き合ってもいないということをわかってもらうために、謝りながら一生懸命説明した。おそらくその時から香織は、僕を信じなくなっただろうし、僕でない違う誰かを求め始めていたんだろう。

【新宿追記❶】
 新宿というのは、僕が通っていた大学と縁が深い街で、僕がいうところのあの特殊な時代。いわば嵐の季節のような。その嵐の季節を覚えている人がいるはずだと信じて僕は書いている。しかし、僕にしか見えていない嵐や景色だったとしたらと思わないこともない。
 先に麻美と会う場面が忘れ得ない嵐の季節の新宿の光景として書いたけれど、あと三つほどどうしても忘れられない場面がある。僕はその光景を脳裏から抹消して消し去るために書いておきたいと思う。このお話のテーマとは直接関係ないけれど、どうかそれをお許し頂きたい。
 紀伊國屋がある通り、新宿通りを新宿駅に向かって歩くと、確か角にカメラのサクラヤがあったかな。その角を曲がるとき、地べたに座っていたツッパリ(今はヤンキーというのだろうけど、僕にはツッパリという方がピンとくる)らしき少年が僕に声をかけた。
「青木さん。あんたがやるんなら、俺たちもやるからな。」
僕はワイワイガヤガヤ喧しく騒いでいる中でも自分が聞くべきことは、耳に入るような耳になっていたんだ。一瞬立ち止まって少年を見た。確かにこいつはツッパリだ。そう認めると僕は反射的に次のようなことを言ったと思う。
「おまえらを悪いようにはしないから、なにもするな。」
そういうことを言ったと思う。実は僕は高校時代の後半は応援部に所属していて、短い期間だったけど、その全盛期にツッパリ時代を過ごしている。その後、浪人して親父の仕事を手伝ったりする時期があって、大学に入る時には、ツッパリの根性はすっかり捨て去ったつもりでいた。が、そんな短い期間であっても一度ツッパるとそれが身体に染みついていて自分では気がつかなくても滲み出ているところがあるんだろなと思う。それをその少年は見抜いてたわけだ。確かにおまえらもこの新宿はストレスだよな。そう思った。それからである、人知れず僕が孤独なゲリラとなってよくないボイスの発祥源と思われるような奴のもとにそっと近づいて行って、ひとりひとり首を絞めていったのは。首を絞めると言っても実際に首を絞めたわけじゃない。そのボイスを無効化するようなことをそっと耳もとで囁いただけだ。そんなことを何故やったかと言えば、あの少年みたいな奴が後輩のように思えて可愛かったからだと思う。やめたと思っていても、俺もまだいわばツッパリあがりだし。それがなければ、あの時代の新宿において、若い暴力的なグループが蜂起して、乱闘騒ぎが起こっていたという話である。信じる信じないはあなた次第だけどね。ずいぶん苦労したけど、僕はあいつにとっても、僕にとってもいいことをしたと思う。腹の虫は少しはおさまるものの、そうなると可愛い僕の後輩たちはパクられて終わりだからね。それが見えたからほおっておけなかったんだ。
(あの頃、俺たちは確かにつっぱっていたけど、リーゼントで学ランスタイルじゃない。バイトで買ったアイビースタイルでまとめたスタイリッシュなツッパリだった。いわばそのダサい学ランどもに自分の母校がなめられないようにするのが仕事だと思ってやっていた。俺は、ちょっと顔かしてもらえますか?みたいなことはひとりで歩いている時、よくあったりしたけど、俺たちはしょっちゅうテレビドラマみたいに乱闘騒ぎや喧嘩をしてたわけでもない。
 あいつらは一人でいるときを狙ってやってくる。
「ちょっと顔かしてもらえませんか?」
「やだよ。」
そのチビが、困惑したような顔をしてるので、
「おまえらはそういことないだろうけど、出なきゃならない授業があるんだよ。それなら、ここで話つけようぜ。」
「用があるのは、俺じゃなくて先輩なんで・・・。」
俺はツメ入り立てて長らん着て、ぼんたん履いた奴が目に浮かんだ。こいつはそれより少し可愛い風体だ。一年坊主出してきやがって、てめえがじかに来いってんだ!と腹が立つ。-しかし、今思えば、組織じみたそんな上下関係まで作ってた奴らってのは、僕がちょっと2年ツッパってただけでも、その後その根性が時折、顔を出して苦労してるっていうのに、もうそのツッパリ根性からは抜けられないだろうなと思う。-
 結局、友の友は友みたいなことで、卒業する頃には俺たちの行動域はツッパリ安全地帯のようになっていたと思う。見えない大楕円がそういった小競り合いの中で築かれていたんだと思う。
 俺たちは、たぶん学ランのツッパリどもも、正義を持って行動していた。でもね。ツッパリの根、その根性をいつまでも持ち続けてると、いいことねぇぞ!と言っておきたい。
やめたはずのその根性が何かの瞬間にぬぬっ!と顔を出して、危ない思いをしたり、命拾いするような思いを、あの愛おしき男たちの日々の愛すべき仲間たちもしたことがきっとあると思う。
 俺たちはいつしか離れ離れ、散り散りになった。あんな仲だったのにどうして?と考えたが、きっと会えばあの頃に戻ることをわかっていて、互いにそれを避けたからだろう。おそらく、家族を持ったときには、その根性は捨て去る。いつまでもひとりでいる俺だけが、自分でも気づかず持ち続けていたのかもしれない。)

 そうして、大声をあげて怒鳴り合うでもなく、殴り合うでもなく、騒ぎ立てるでもない孤独な暗殺兵士はいつしか、一種独特なカリスマ性を帯びていった・・・。

⑬連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 それでも、僕と香織はなんとか仲直りして、付き合っていた。僕は、香織とこのままずっといけるんじゃないかというような自惚れた幻想すら抱いていた。僕は、夏休みにキューバに写真撮影に行き、その春にニューヨークにひとりでプライベートで写真を撮りに行った。それは、二度目のニューヨークでジャズの写真とハーレムの写真を撮るきっかけとか感触を確かめに行ったんだ。同時多発テロがあった翌年で、かつて訪れた時の活気に満ちたニューヨークとは打って変わって、街が確かに泣いていた。その撮影の旅から帰って、夏が過ぎ、そのあとの秋だったかな。ある日、仕事で街の文化会館に出張した時のことだった。文化会館のなかで、仕事をしていると、大きなガラス張りの外を香織が男と手をつないで、歩いて来る。確かに手を繋いでいたからね。中に入ってきた香織を止めて、
「ちょっと話できないか。」
と言うと、じゃ、外でということになった。僕と香織は、会館を出て、もう枯れ始めた芝生に座って、話を始める。
「別れてくれる?」
と香織はいきなり僕に言った。ようするに二人はどこかにお泊まりして、今日、この文化会館の一室で本日、街のブラスバンドの練習があるので、一緒に来たということだった。なんだよと僕は、思った。僕がカメラとセックスをしている時に、香織はあいつとセックスをしていたというわけだ。そうして、僕は、香織と別れることにした。内容は違うけれど、なんだか、村上春樹の「最後の午後の芝生」みたいだなと思った。悲しかったけれども、どうしようもない。僕は結局、麻美との恋のトラウマを超えることができなかった。それは、勿論、恋のトラウマと言うべきものを抱えた僕に原因があるのかもしれない。僕と香織は、僕が当初、悲しい予測をしたとおり、予め決められていたように、儚くも、別れることになってしまった。僕が香織と別れることになったのは、美霊の仕業とか、美霊が霊威を働かせただとか全く思っていないし、そういうことは無いと思う。それは、香織との交際中に、長い時を経て、再び、そういう霊的現象があらわれただけのこと。或いは、僕がまたそれに気づいただけのこと。僕と香織の恋愛の行方は、そのころ僕に起こった霊的現象に関係なく、僕も予測していたことだし、いずれこうなる運命だったと僕は理解した。

 でも、僕は激愛の末のトラウマだ、運命だ、両立しえないとかこじつけるように壊れた恋愛の言い訳をしているけれども、ようするに、写真と恋愛を秤にかけて、写真を選ぶ僕みたいな奴っていうのは、恋愛というものをなめていて、僕自身の恋愛に対する姿勢や心構えに問題があったんだと思う。恋の感触だけを楽しんで、こんな風に恋の季節がいつまでも続いてくれないかなと思うようなところが僕には確かにあった。気がつくと、この地上では、出会いと別れを繰り返して、一喜一憂、至福と傷心を繰り返し、誰もが恋をしている。正に地球は恋する惑星だ。この地上の何百、何千、何万、何億という恋の中のひとつのそれは僕の恋の化学反応と物理現象。もしかしたら、自由奔放に恋を人一倍楽しんでいるようでいて、僕は、恋をすることが実は苦手なのかもしれない。ことにその恋を発展させて実らせるということに関して。ただ。ただ、僕は。彼女たちのバラ色の香りの中に、顔をうずめて、現在(いま)を感じていたかっただけなのかもしれない。


⑭連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 美霊のことを話すということは、話す側にとって、またその話を聞く側にとってもある暗黙の了解というものが必要になると思う。そもそも霊界というものが現実的に存在するということが前提となる。科学的視点からすると、では霊界が存在するという証拠はあるのかということになる。そこが、実に厄介で、それは霊的な現象や経験が、その証拠となるとしても、人それぞれで、これがその証拠ですというような物証を明示することができない。それは、現代科学と医学においては、錯覚とか、幻聴や幻視、幻覚、あるいは精神的な病気によるものというように見なされたり、それでも、あり得る証拠とみなす場合は、かろうじて超自然現象ということになるのだろう。
 しかしながら、僕は、先に話したけれども、小学生のときにある霊的な現象を経験し、その後しばらくして、美霊を認識し、今、こう考えるところがある。そういった霊的な現象というものは、決して、超自然ではなく、自然現象、または、当たり前のこととして、元々は、人間が、みえていたり、わかっていたことなんじゃないか。それが、高度に科学が発達する中で、文明社会が進み、仕事分担や役割分担が進み、いつの間にか退化して見えなくなったり、聞こえなくなったり、感じなくなった、わからなくなったのではないか。そういうものが我々には多分にあるのではないかと思っている。あなたは、どう思う?その経験があるなしに関わらず、一度、考えてみて欲しいなと僕は思う。例えば、霊的なことに関わらず、天候や災害を予知する能力のようなもの。それをかつては、自然界の動物のように人間も持っていたと僕は思うんだ。霊的現象に関しては、人々は当たり前のこととしてとらえていた。そういうものを日々感じて意識して過ごしていたのではないかと思う。そうして、祭祀や法事が行われるようになって、そのことは、神主や僧侶の仕事ととして、神や仏に仕える者に任されて、人々はその感覚や意識を忘れていった。
 現在、美霊自身が、
「それはね。隆二。こうこうで、こうなっていて、こういうことなのよ。」
と僕に話して伝え、教えてくれれば、僕は、
「やっぱりそうだったのか!」
とその世界の全貌が見えて、一件落着ということになるのだけれども、その世界のことは、そういうわけには、いかないらしい。第一、美霊は、忘れた頃に、私はいるよと物音をたててアピールするくらいで、黙っていて、なにも話さない。こんなことを考えてる僕を美霊は、どうみているのだろう。そんな僕が決定的な霊的現象を経験するのは、それから更に後のことである。

【新宿追記❷】
 あとふたつあの頃の新宿で忘れられない場面がある。あの頃というのは麻美と付き合っていた頃のことで現在ではない。忘れられない場面をここで書かせてもらっている。先にも書いたが僕が言いようのない不特定多数による激しいバッシング攻撃の嵐に巻き込まれていた時のことだ。学生時代のことと、嵐がより激しくなった仕事に就いてからのことと入り混じっている。
 ひとつめはツッパリ少年の件で、ふたつめの場面は、やはり新宿歌舞伎町だ。僕は、いつものように東口を出てちょっと斜めで、新宿通りを渡って、さらに広い靖国通りを渡る。その日は、いつになく僕は苛立っていた。どうして苛立っていたんだろう。あれから、僕は孤独な刺客になって、よくない発言の源を一つ一つ探っていたので、それが思うように探しあてられなかったのかもしれない。以前より僕の周りの風景は、落ち着き始めたものの、おそらくまだ発症源を抹消しきれていなかったので、不特定多数の馬鹿どもが飛ばす矢がその日は多かったのかもしれない。仮想の鉄の鎧がカチカチと矢をはじいていて、そのことが僕をひどく不愉快にしていたのかもしれない。
 靖国通りを渡ってコマ劇場の方角へまっすぐ歩く。夕食どきを過ぎたころで、道は多くの人で埋め尽くされている。僕はたぶんタバコを一本吸いたい気分になっている筈だ。その人混みの中では、吸わなかったと思うが、居酒屋や食堂、レストラン、喫茶店でも灰皿は必ずあったし、当時はまだ歩きタバコを咎める人もいなかった。
 僕はどこに向かっていたのだろう。たぶん夕食を済ませて、ジャズを聴きながら一服できるところ。靖国通りを渡っているから、DUGじゃない。だとするとロッキンチャアか木馬だろう。麻美はいたのかな。いたのなら、僕は人混みの中で手を引いている。記憶の中では、その意識がない。時間が経つと、これから出くわすちょっとした自分にとっての事件の印象が強いので、それは比べるものではないけれど、麻美がいた印象が消えているのだろう。
 僕は人混みをうまく左右によけながら歩いて行った。すると突然、僕の前に立ちはだかる者がいた。ん?と思って見ると、確かにそいつは自分の行手を阻もうとしている。目が合う(瞬時のガンの飛ばし合い)。僕は新宿追記1で書いたような過去があるので怯まなかった。だいたいお前のようなチンピラがなんでそういうことしてるんだと思う。あなたはチンピラだからやってるんでしょうが、と思うかもしれないけれど。そいつはまさに一見チンピラヤクザだ。お前はこっちじゃないのかよ。お前みたいなやつがそっちなのかよと思ったときに、ぼくの裏切られたという思いが激怒する感情を噴火させた。一瞬時で。どけっ!と思い、立ちはだかっているそいつを手で押しのけた。たぶんやるならやってくるだろうと思ってやったのだが、何故かそいつは僕に押しのけたられたまま何もしなかった。チラッとチンピラを見て、いいのかと思い、その場をそのまま立ち去った。この一瞬の事件はあとあと僕自身いたく反省してやまない事件だったんだ。事なきを得たから、出来事というのが正しいのかもしれない。もう消えたと思われたツッパリ根性が腹の奥に潜んでいるとこういうことになるというわけなんだ。僕は反省してやまないと言ったけど、あなたもよくないと思うだろう?
 反省する気持ちが起こったときに、もしあいつが組のもんだとしたら、親分の教育がゆきとどいていて、引き下がったのかと考えたりもした。しかし、そうだとしたら、なんの利害関係も無しに喧嘩を売ってくるようなことはしないだろう。だからあいつはただのチンピラ風の男だったんだという考えにいきついた。とにかく何もなくてよかった。俺は気をつけなきゃなと反省したという場面なんだ。こっちは悪くはないけどね。でも押しのけた時点で悪かったかもしれない。しかけたのはあいつだが、手を先に出してるから。イライラが手伝ってそうなったんだ。その激怒の気迫にあいつは押されただけのことだ。やはり気をつけるべし。新宿のど真ん中で好き好んでチンピラ野郎と喧嘩する馬鹿もいない。
 ひとりで、新宿に出て、夕食をとって、食後の珈琲をジャズを聴きながらすするということはない。僕はそのあとおそらく、麻美を気遣いながら手をひいて、ジャズが聴けて落ち着ける地下にある店に入って、食後のお茶を飲んだ。麻美だって、僕がそこで、あのチンピラと喧嘩を始めたとしたら、とんだ災難だったと思う。それで僕らは新宿の夜に紛れて抱き合って眠った。

【新宿追記❸】
 孤独な暗殺兵士(刺客)は、こう考えた。攻撃的なバッシングの声を発してる者というのは、おそらく役者肌で同じ者が数名で僕や麻美をつけまわしてやっているに違いない。いったいなんの得があってそんなことをやっているのかは、理解できない。だからそういうハッキリした発言を感知したときは、放っておかないで、その者にそっと近づいて行って首を絞める。それをひたすら繰り返した。また発言内容によって出元が判断できるときはそこまで行ってやはり処理した。若いときの信念と正義感に燃えた勢いというものは恐ろしいもので、自分の周辺にいる者が被害者になっていると察知したなら、敵を増やすとわかっていても、一人守るも10人守るも同じと思い、進んで自分がその矢面に立つようになっていった。
 そうこうしているうちに、いつしか嵐もおさまり、自分の見る風景が静寂なものに変わった。それは静まり返っているということでなく、バッシング攻撃がやんだということである。嵐が起こり始めてから、いちいちあちこちでぶつかって言い合ったりもめたりしていたわけではない。基本的には無視してきたわけだ。本当ははっきりと言ってやるのが正しいと思うが、如何せん数が多過ぎてきりがないから。それでも、新宿の空気を僕は揺るがすことなく歩き、やることは済ませて過ごした。それが刺客を始めてからは少しずつ静寂へと変わっていった。そのころ、僕はいつの間にか、ちょっと変わったカリスマ性を帯びるようになっていた。
 それはそんな頃、突然起こった出来事である。
「あんたなんかここから出ていけ!」
歌舞伎町の歓楽街でひとりのお姉さんが僕に向けて叫んだ。かなり大きなハッキリした声だったので、僕は間違いなくその声を聞き取った。
僕は東宝会館裏手あたりにあるバッティングセンターで玉を打って帰るところだった。クリーンヒットの当たりは5対5でまあまあ。
 はて?どうして見知りもしないお姉さんが僕にそういうことを言うのかなと思う。以前、歌舞伎町で押しのけたチンピラと関係してるのか、もしかして嵐の目が僕と麻美で、僕が新宿にいると、馬鹿どもがいらないことでも騒ぎお姉さんもストレスを溜めたから。僕は歓楽街のホテルをたまに麻美と利用することはあったが、歓楽街では遊んではいないから。あれこれ考えて見たけど、わからない。どうして?とお姉さんに直接聞くべきだったと思うが、それはしなかった。んー。でもまあここで働いているお姉さんがそう言うなら、素直に出て行った方がいいのだろうと結論して、僕は新宿、歌舞伎町にさよならをすることにした。
お姉さんは確かに泣きながら言っていたんだ。 

血も涙ない歓楽の街を行く
血も涙もある歓楽の街を行く 

 新宿は僕にとって食事をして食後のお茶を飲んで眠る思い出のデートシティのひとつであったし、また本を紀伊國屋で探したあと、ジャズのライブを聴いたり、ジャズ喫茶でくつろぎながら一服するような嗜好の街でもあった。 
さようなら新宿。

これが忘れられない三つの場面。

 これも余談だけれども、新宿では僕は電話ボックスにいる佐藤蛾次郎を見かけたり(松田優作は新宿にはいなかった。吉祥寺の商店街で男の子を連れて歩いているのを見かけた)、ブラックの恋人といる山田詠美を見かけたりした。そして、そのお姉さんに叫ばれた日に、歌舞伎町から帰る村上龍とすれ違った。その頃、僕は新宿に限らず六本木や渋谷、吉祥寺で多くの芸能人、著名人を見かけた。それは、ひとりでリアリズムの物語を演じている僕へのその世界からの応援なのかななどと思っていた。
さようなら新宿。
やがて僕がジャズの写真を撮るためにピットインに再び戻るまで・・。

君の手を握り、肩を抱き
Je te tiens la main et je t'enlace l'épaule.

血も涙も無い歓楽の街を行く
se promener en Ville des plaisirs Ni sang ni larmes

血も涙もある歓楽の街を行く
se promener en Ville des plaisirs Le sang et les larmes coulent

記憶の底深くに沈んでいた情景が
La scène enfouie au plus profond de ma mémoire

時を超え
Au-delà du temps

空間を超え
au-delà de l'espace

磁場すら通り抜けて
Au-delà même du champ magnétique

微笑む
ça sourit

懐かしくメランコリックな廃墟の街を行く
Se promener dans une ville abandonnée empreinte de nostalgie et de mélancolie

 あの頃、僕はただ麻美を守ることに夢中であったんだと思う。そして、一人守るも何人守るも同じと思い、自分の生き方を通そうとしていた。僕は全てを敵にまわしているような気がしていたけれど、声をあげたりしなくても僕の味方をしてくれていた人は少なからずいたんだと思います。感謝している。やられちまって狂い死にするかと思ったこともあったけれど、生きててよかった。僕はあのとき、男をかけていったい何とどんな闘いを戦っていたのだろう。ただ悪い夢を見ていたような気もする。今思うとあの時僕を見上げて声をあげたあのツッパリの少年は、麻美のファンだったのかもな。理屈の塊みたいな麻美のファンがツッパリの少年だというのは笑えるけれど、僕だって麻美に惚れたのだから、笑ってはいられない。僕は、少年、おまえとの約束は果たしたからな。
 ジョンのやつも、ヨーコに惚れて惚れたんだから・・・。'Love','Oh My Love',and "Love & Peace","War is Over". それがなければ、そういった名曲や名言は生まれなかった。"Imagine"さえも。


⑮連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 香織との失恋の傷みもまだ癒えず、もうあんまり歳の離れた女の子とお付き合いするのは止めよう(香織とはひとまわり程、歳が離れていたので)などと考えていた時に、僕は、知り合いの女性写真家の写真展を観に行った。その人とは、四谷にあるモールというギャラリーで知り合いになった。ギャラリーから送られてきたDMには、白いコートを風になびかせた女性の後ろ姿越しにパリの市街が撮られていた。僕はその写真に、なんともいえない旅情を感じて興味をもったんだ。その時の写真展では、彼女がパリ滞在中に撮影した作品が数点展示されていた。そこで僕は、自分がジャマイカのキングストンを撮った銀座ニコンでの写真展のDMを彼女に渡して、名刺交換をして知り合いになった。今回の彼女の写真展は、赤坂見附のギャラリーだった。ビルの二階で、入り口で彼女に挨拶をして、僕は写真を観はじめた。四谷のモールは小さなギャラリーで展示数は限られていたが、このギャラリーはわりと広く、二十点ほどの写真が展示されていた。それは、ロバート・フランクのような手法で、生活の断片を切り取った写真だった。
 デザイン的にも美しい写真だった。最後にもう一度、彼女と話をして帰ろうと思っていたが、彼女はその時、非常に朗らかな面持ちの若い女の子と話をしていた。それで、僕は話の腰を折るのはよくないと思い、僕を見た彼女に目で挨拶をしただけで、立ち去ろうとした。すると、彼女が僕を手招きして、呼び止めた。
「あっ! ちょっと。」
そこで、僕は彼女が話をしていた若い女の子を紹介されたんだ。その子は、編集の仕事をしていて、坂口信子という。僕も名刺を渡して、自己紹介をした。僕の名刺には、一応フォトグラファ―という肩書があるので、別に仕事を持っていて、アマチュアのフリーの写真家なんだという説明をした。三人は展示写真の話をしたり、各々の近況などを話して、暫く雑談をした。それから、成り行き上、僕はその若い女の子と一緒にギャラリーを出ることになった。ちょうど三時のお茶の時間になっていた。


⑯連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

「俺さ。珈琲飲みたくなっちゃったから、一緒に飲まない?」
と言って、僕は通り沿いにあるカフェに彼女を誘った。彼女は、職業的なのか違うのか、全く綺麗な笑顔で、
「いいですね。」
と答えた。
 珈琲を飲むと僕は、一息ついて落ち着いた気分になれた。彼女もまた同じように思えた。その表情からホッとした様子が感じられた。編集の仕事の付き合いで写真展に来て、そのお仕事モードから解放されたのだろう。それから、僕はよせばいいのに、一息ついた後に、失恋の傷みのストレスを抱えていたせいか、自分の失恋譚をペラペラと彼女に語り始めた。その内容は、僕は最近失恋をした、僕は写真キチみたいなやつで、「あんたなんか、カメラとセックスしてれば!」と彼女に言われている、ジャマイカ、キューバ、ニューヨークに写真を撮りに行っている間に、おそらく他の男に寝盗られていて、ふられてしまった、好きな写真と恋愛はどうも両立しないらしいというような話だ。聞いていて、彼女が楽しめるように幾分おもしろおかしく話した。すると、彼女は、
「楽しくって、可哀そうな話ですね。」
とにこやかに、気の毒そうな顔をして言った。
 僕は、その話の勢いで、失恋の特効薬は、新たな恋というような自己治癒の本能が働いたのか、
「そうだろう? 信ちゃん。だから、俺と付き合ってくれない?」
と僕は、彼女に懇願した。すると、彼女は即座に、
「うん。いいよ。一年間の期間限定なら。」
と優しく微笑みながら答えた。僕は、はっ!としたが、その言葉に、違和感と同時に深い親近感を覚えた。恋をするたびにこの子といつまで一緒にいられるのだろうなどと思う僕は、期間限定などという彼女に恋の同類感のようなものを感じたのだろう。思わず彼女の右手を両手で握りしめて、
「よかったぁ。信ちゃん。ありがとう。」
と彼女の眼を見て言った。よかったは、これで失恋の傷みから解放されるという思い、ありがとうは、棚から牡丹餅みたいに突然、降って現れた天使のように思える彼女に心から感謝する気持ちだ。それは、エゴイスティックな気持ちといえばそうであったかもしれない。こうして、僕は、あんまり若い子とはお付き合いしない方がいいかもしれないという反省も束の間、この日、やはりひとまわりくらい歳の離れた天使と赤坂見附のカフェで、フォーリンラブ! 恋に落ちた。


⑰連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 僕は、このまま別れると、この恋の天使がどこかへ消えてしまうような気持ちにかられて、彼女をさらに、その日行くことにしていた六本木のジャズライブに誘った。若いとはいえ、彼女も子供ではないので、その先のことまで想定して承諾してくれたんだ思う。六本木に着くと、二人はまずウェーブでレコードを見た後、青山ブックセンターに入り、僕は写真集を、彼女は新刊本や雑誌を立ち読みした。それから、僕が六本木で働く女性外国人を路上で撮っていた時に、行きつけで寄っていたハバナカフェというカフェでまたお茶を飲んだ。
「六本木、詳しいんだね。」
と彼女は言った。
「うん。ここで働く外国人を撮っていたことがあって、その『外苑東通り』っていう作品がアマチュアとして初めて、オリンパスのギャラリーで採用されたんだよ。嬉しかったな、あの時は。それに俺は、学生時代からジャズが好きだし。」
「なるほどね。」
 彼女は、僕を見直したという風に、また天使の微笑をした。よしよし、まだ天使は逃げてないぞと思い、僕も心で微笑んだ。それから、今日は信子(心では僕はもう彼女をそう呼んでいる)と初めてのデートなので、ちょっと気取って、ニルヴァーナ東京でエスニックを食べて夕食にした。それから、二人はその外苑東通りを歩いて、途中、中国雑貨の店なんかをひやかしながら、六本木のピットインでライブを楽しんだ。彼女も音楽を聴くのは嫌いではなく、その晩のジャズに満足していた。
 ピットインから外に出ると、どうすんだぁ?この二人はと東京タワーが僕らを心配そうに見つめていた。僕らは来た通りを地下鉄の駅に向かって戻りながら歩いていた。僕は、繋いだ手を握り締めて、
「ねえ、信ちゃん。今日はもう遅くなっちゃったし、二人でどっかに泊まっていかない?」
と信子に切り出してみる。信子は、ちょっと躊躇してから、真面目な顔をして、
「いいよ。」
とだけ言った。そして、ちょっと待ってと言って、路地に入り、自宅に電話した。
「うん。今、六本木。」
と話している声が聞こえた。食事して、ジャズを聴いて遅くなったから、今日は、友達の家に泊まって、そこから明日は、出勤するというようなことを話していた。それを聞きながら、僕は、信子の親にそういう電話をかけさせなくてはならないことに、自分の真剣な恋の正統性とは別に、罪の意識のようなものを感じていた。僕たちは、その夜、アイビスというホテルでランデヴーした。二人のセックスは、こういう言い方をするのも、変かもしれないけど、僕は、空気か水を抱いているような感触だったんだ。初めて会ったばかりで、お互いまだ気を許しているわけでもないし、こういうセックスもあるのかもしれないと僕は思った。実感の全くない性交を思い出しながら、もし天使とセックスしたとしたらこういう感じなのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えながら、もう寝息を立てている信子のそばに立って、僕は煙草を吸いながら、少しづつ人通りが少なくなっていく街の通りを見下ろしていた。

⑱連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 僕は、そのまま眠れないで、朝を迎えた。眠っている信子にキスをして、
「朝だよ。」
と優しく言った。彼女は眠そうな眼差しで僕を見ていた。
「俺は、職場が遠いから、もう行くよ。目覚ましは七時に鳴るから、時間に間に合うように起きて、出勤するんだよ。昨日はありがとう。ほんとに幸せで、楽しかったよ。」
 そう言って、僕は部屋を出た。閉まったドアのノブにドントデスターブのタグをかけた。フロントでチェックアウトして、彼女はまだ寝ているから、起きるまで起こさないでということを告げて、僕は職場に向かった。早朝の街は、もう既に動き始めていた。僕はここから二時間ほどかけて電車で一旦、自宅に帰って、着替えてから車で出勤する。電車の窓に流れていく朝の街をみながら僕は、ひとりちょっとほくそむ。昨晩、眠れなかった僕は、煙草と珈琲を買いに外に出た。缶コーヒ❘二本とラークの赤ロングを一個買ったあと、信子にちょっとしたサプライズを思いついたんだ。

 目覚ましが鳴って、信子は、目を覚ましてそのボタンを押して止めた。一度伸びをして、ベッドから起き上がる。シャワーを浴びようとベッドから出て、カーテンを開けた時、鏡の前のデスクに置いてある薄桃色の薔薇に気づいた。薔薇を手に取ってその香りを嗅いだ。ほんのりとした薔薇の香りが起き抜けの彼女の脳に滲みわたって行き彼女を癒した。その時、レースカーテン越しに差し込む朝陽の中で、信子の表情が透き通る。天使の微笑み。薔薇の下には、バーバリーのハンカチとさらにその下にⅯサイズの女性もののパンティが置いてあった。

⑲連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

そして
月日は矢のように流れる。
悠久の時の中で。


⑳連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 そんなふうにはあなたには決して見えないだろうけど、実は、僕は大学を出て、初任給をもらい始めてすぐに、父が組んだ家土地のローンや父の自営の会社の、庶民としては多額の借金を抱えることになったんだ。これから少しは親に楽をさせる時が来ると思っていたのに、それができなくなったことが僕は悔しかった。当初、父を恨みもしたけれども、働きっぱなしでやってきた父の背中をみてきたし、父が長男として四人いる弟の親代わりを果たすという運命を背負っていたことも知っていた。四人を自立させて、最後に自分の家族の家ということであるから、いくら商才に長けた父であったとしても力尽きるのは無理もない。僕は父にはかなわないと思う。僕はどう解決したかを簡単に言ってしまうけれども、その僕の運命を悲観せず、楽天的にやっていく道を選んだ。そして母と二人三脚で必死にやってきた。それしか道はないからだ。その過程で、僕は、結婚をすることを諦めた。多くのローンを抱えながら、彼女の両親に彼女と結婚させてくれとは、とても言えないと思ったからだ。それで、僕は、更にローンを重ねて生活を守り、自分のやりたいことはやるという選択をした。僕は、二重のローンを抱えながらも、金の工面をしながら、昼も夜もよく働き、よく遊びで自由奔放にやってきた。母は時々、小言を言ったとは思うけれども、内職をして苦笑いしながら家事をこなして、そんな僕を見守ってくれていたんだ。だから、母が自分で自分の世話ができなくなったときは、決して淋しい思いはさせたくないと思っていた。
その時は、僕がハーレムを撮ろうと思っていた頃に思いもかけずにやってきた。そこまで、僕は歳をとらないし、母も歳をとることはないと思って生きていたようなもんだ。その時初めて、母も歳をとるんだということを僕は実感した。
 介護の日々というのは、日に日に元気に育っていく子育てとは違い、日に日に様子、症状が変わり衰えていく母をどうしてやれば一番いいだろうとその都度考えて、ケアをしていくことが必要になる。 
 だから、ケアに全面的に集中する必要があって、写真を撮ったり、フィルム現像、印画紙現像、そして写真展を開催するというようなことは到底できるわけもなく、僕は写真をやることを休止した。この休止期間が僕の写真展開のブランクとなった。

 その生活の中で、僕は、霊的現象をより激しく感じるようになった。コトン。バサッ!パチパチ。カチャ!というような音は、これは、とても美霊だけの仕業じゃないと思われるほど頻繁にあった。また、ひとりでに食器棚の戸が開いたりするということもよくあった。そんな中で、僕が母を診ながら、二人で寝ている寝室の介護ベッドで母のケアをしていると、なにやら、僕と母の様子を窺いながら、ヒソヒソ、ボソボソと言っている声が聞こえてくる。最初、誰かが外で僕と母の様子を聞いているのかと思ったがそういうことではないらしい。仏だ。菩薩だ。観音か。とか言って、談合をしている。何日かそういうことがあって、どうやら、そのものたちは、母を診る僕の品定めのようなことをしているらしい。そのものたちは、弱い人間の本性というものを幾多のデータをもって見据えていて、どうせこいつもだめだろう。できないだろう。見捨てるに決まっている。というようなことを言っている。僕は、
「ふざけるな!お前ら!言わしておけば言いたいこと言いやがって。お袋を俺が見捨てることはないし、見捨てるわけがないだろが。」
と思い、その時は、口に出して言ったかもしれない。その頃は、眠らないでも母の看病をした。そのものたちがはかりにかけて品定めしている時に、基準にしているのは、僕がどれだけ母のために自分を犠牲にできるかということだったのかもしれない。いい気なもんだと思って腹が立つこともあるが、仏だ、菩薩だ、観音だ、というのは、僕の境地を言っていたのかもしれない。単に物音だけでなく、そういうことを更に経験して、僕は、なにものかは、わからないけれど、確かにそういう世界はあって、そこには、人を見据えた存在がいると思うようになった。また、
 その頃、もう話せなくなった母と僕は魂で会話していた。
「お袋ちゃん。もう、話すのは面倒くさくなっちゃったの?」
「うん。」
これがお袋との最後の会話だったかもしれない。その後も僕は毎日、お袋に話しかけ続けたけれども。
 母と僕の介護生活は、約十年だった。5年は、僕は働きながら昼、母はデイサービスに通った。あとの5年は早期退職して、僕が全面看護、介護をした。ローンと借金を抱えた僕と苦労を共にした優しくて逞しい愛しの母は、僕が命を懸けて全力を注いだ介護生活も10年また頑張り抜いた末に、ついに亡くなってしまった。

 その夜、僕は母に夕食を食べさせてから、母の身体を拭いて、パジャマを着せてお袋を寝かせた。そしていつものようにNHKの特集番組を見たりしてから、入浴の後、歯を磨いて、お袋のベッドのある部屋に入った。そのベッドの横に布団を敷いて、僕は寝ていた。
「お袋ちゃん。寝る姿勢を変えるからね。」
 母は、その時、ベッドの柵をきつく握り締めてきっと僕を待っていたんだ。
「いい?手を離して。」
きつく握り締めている手を優しく解いて、僕は、両手で抱えて、母の身体を上に向けた。すると、母は、両目を大きく見開いて僕の顔をカーッと見つめた。暫く見つめていたかと思うと、母の命と魂は、スーッと天に昇るようにして、身体から離れていった。僕は、母を呼んだり、頬を撫でたり、肩を叩いたりしたけれども、母は帰らなかった。それから、僕は母に優しく心臓マッサージを加えた。何度か試みたけれども、やはり、母は戻って来なかった。
 もう、お袋は帰らないと悟ったとき、僕はお袋を抱きしめて、
「さようなら。
お袋ちゃん。
ありがとう。」
と耳元で言った。
 そうして、僕はお袋にそっとタオルケットをかけて、居間に行き煙草を一本吸ってただ呆然としていた。主治医に知らせた方がいいだろうと思うまで・・・。深夜二時ごろだった。
 母は父と苦労を共にし、その後、さらに僕と苦労を共にした末に愚痴の一つもこぼすことなく逝ってしまった。たったひとりの最愛の家族を失ってしまった絶望感と深い悲しみは、蒼い氷河のように僕の心の奥底に留まり、永遠に消えることはないだろう。そう思えた。

【川崎追記】
 新宿追記の続編をあと少しだけ書かせて頂きたいと思います。いつまでも腹の奥の方、胸なのかな、に潜んでいて、忘れきったころに、突然顔を出すあのツッパリ根性を僕は
いつ綺麗に捨て去ったのか。実はもうひとつ、これも事件になっていない出来事があったんだ。

 それは、新宿でなく川崎での出来事。 

 僕の母の看護、介護は始まっていて、それは10年ほど続くけれども、あれはまだ始まったばかりの頃だ。母はまだ意識も気持ちもしっかりしていたので、母に心配しないように話して、ちょっと川崎まで、写真を撮りに出かけた日のことなんだ。
 川崎の、その東京湾沿いの工業地帯というのは、写真を撮る僕にとっては魅力的である。僕は工業地帯域の浮島、千鳥町、扇島、東扇島に車走らせて、煙を吐き出している工場の写真を撮った。鉄鋼、自動車関連、石油化学の巨大コンビナートが立ち並ぶ光景は、屈強というのか、頑健というのか、男の魂を揺さぶるものがある。その光景の印象だけでなく、日本の高度成長を担ってきた風景だからだ。写真を撮っていると、羽田から飛び立つ旅客機が上空近いところを、ジェットエンジンと機体が風をきるゴォーーという轟音を立てて過ぎっていく。僕は思わず、それを見上げてF3のシャターを切る。そして、去っていく飛行機を見送りながらどこに行くのかと思いを馳せる。ねっ!たまらないだろう?
 工場地帯の写真を撮り終えると僕は、南町の川崎ロック座近くに車を止めて、夕食を食べた。
 勿論、食後はロック座に入り、可愛い踊り子が、激しいロックや歌謡曲に合わせて妖艶かつ官能的に踊る。レトロモダン、ポップなヌード劇場のロックならではの芸術的ヌードダンスを満喫した。実は僕は特に魅力的な女の子を見つけて、写真を撮らせて頂きたいという思いがあってその目的で劇場に入ったんだ。川崎の工場地帯の写真と川崎の街、そこにエロティクで美しいダンサーの写真が加わったら、僕の川崎を表現する写真は魅力が何倍にも増すだろう。まずお兄さんに自己紹介をして、女の子の名前を言って、その旨を話してみる。しかし、予想どおり断られてしまいました。残念!それはそんな簡単なことじゃないとわかっている。
 でも、会場の雰囲気もよかったし、実に楽しい夜を過ごしたなと思って、気分はご機嫌だった。そのご機嫌な気分で家に帰ることにした。お袋も待ってるしね。

 パーキングで帰宅ナビを入れて出ればそういうことにはならなかったんだろうが、劇場の熱気冷めやらずで車をそのまま出車して、なんとなく左に回り込んで劇場の前の細めの道をゆっくり抜けようとすると、車の前に三、四人の男どもが立ちはだかった。なんだ?と思う。
「おいっ!ここは一方通行なんだよ!」
「バカヤロー!」
「バカがっ!下がれ!」
「・・・・・。」
僕はサイドのウィンドウを開けて
「すみませんね。道知らないもんだから。」
と詫びつつも、そろりそろりと車を前進させ、ゆっくりと男どもをかき分けて前進して、すぐにあった道を左折した。男どもは車を蹴ったり叩いたりするかと思ったが、幸いそれはしなかった。
 曲がって、そのまま直進して、その界隈を抜けて帰ればいいものを。僕は、待てよ、と思う。だいたいこの夜によそから来て、一方通行かどうかなんてわかるわけゃないだろ。標識も確認できなかった。それにあの言いぐさはやっぱり気に食わないな。こっちが確かに悪いんだが。それにも増して楽しい気分をぶち壊されたことに腹が立ってきた。僕はそう思いながらまた次の交差点を左に曲がって、またまわり込んで、劇場前の道に向かった。
 僕が戻ってきて、もう一度故意に車を突っ込もうとしてるのを、その一部始終をどこからか見ていた人がいた。僕の車が左に曲がってその道にまた入ろうとした時、
「やめなっ!」
という声が夜の南町ではっきりと聞こえた。見知らない有難い川崎のおばちゃんの声だ。僕の右足がブレーキを踏んだ。そうして僕は、車をゆっくりと切り返しながら右にUターンして、その人に心の中でお礼をして(車の中で頭を下げた)まっすぐ車を走らせてその場を去った。

 僕はもうこういう根性は、今日限り、金輪際、捨て去った方がいいと思いながら、川崎の街を走り抜けて、高速に乗った。助けが必要なお袋が家で待っているのに、なんて僕は情けないんだろう。そう思って、長いこと僕の中で生きてきたツッパリ根性に高速をツッパしリながら永遠の別れを告げた。別れを告げたときに、なぜか泣けてしょうがなかった。

㉑連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 そして母を失った喪失感を癒すために、僕は、「真言宗檀家信徒勤行経典」なるものを仏壇の前に置いて、母の供養のためと思い、独学で勤行を始めた。
 今思うと、空海、まさにその人が僕が信じて救いを求め、その時の僕をケアしてくれた人で、そういう意味で、僕の恩人である。空海を慕った僕は、勤行を始めると同時に、空海全集を購入して読み始めた。独学で真言密教を研究していた。
 毎日、朝晩、勤行を始めた頃のある夜、キッチンで物音がして、美霊がいるんかなと思っていると、僕に突然なにものかが話しかけてくる。それは、はっきりと話しかけてきた。それは耳で聞くというより、脳に直接働きかけて、話しかけている。テレパシーと言えばお分かり頂けるだろうか。お前は、何も話すなという。ただ聞けということらしい。僕はついにきたかと思うと同時に、それは、年配の男の声で、美霊じゃないのかと混乱したりもした。介護中のあのものたちや僕の父の声ではないこのおやじといい、美霊と思い込んでいた僕は、いったい誰がどうなっているんだと思わないわけにはいかない。思わないわけにはいかないが、混乱してばかりいては、自分を見失うことになるので、僕は、このおやじも自然に受け入れることにした。
「ま。じゃあ。立ち話みたいなのもなんだから。おやじさん。ここに座りなよ。なんか飲むかい?」
と言って、僕は、居間の横長のソファの上にあるものを片付ける。と言ってもこれは口に出して会話しているわけではなく、脳内において、魂の会話をしている。
「わしの存在は、あってないようなもんじゃから。そういう気はつかわんでいいよ。」
とおやじは言う。あなたは、真面目に読んで(聞いて)いるのに、ふざけたことを言うなよと思うかもしれないけれども。本当のことを言うよ。このおやじのキャラは、声も併せて、鬼太郎のおやじそっくりなんだ。家にいるときだけでなくいつも僕に付き纏っているので、僕の肩かなんかにとまっているのかもしれない。
 ある時は、おやじがいるからなと思いつつ、買い物をしてそれをいつになくさっさとレジ袋に入れて、車に乗ろうとすると、慌てて女の子が追いかけてきて、
「これ忘れましたよ。」
と言って、アオハタのイチゴジャムを持って来てくれた。僕は、
「ありがとうございます。」
と頭を下げて、丁重にお礼をした。可愛い女の子だった。その子は、すぐにまたスーパーの自動ドアを開けて中に入って行った。するとおやじが、
「ちょっと待っててくれ。」
と言って、その女の子を追う。そして、あいつに興味があるかどうかわからんが、あいつには、どうか関わらないでくれというようなことを言っているのがわかる。どうやらおやじは、僕に女を近づけたくないらしい。おせっかいなおやじだなと思ったけれど、母を亡くしたばかりでとてもそんな気にはなれないし、まっいいやということにした。

㉒連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 そんなふうに暮らしているうちに、僕は、美霊の存在を忘れた。もともといないような存在だったし、美霊は、少年の時の体験から、僕が作り出した幻影だったのかもしれない。実際、今は、ここに話しかけてくるおやじの確かな存在がある。いや、ちょっと待てよ。今、具体的に思い出してみると、お袋の世話をしていた時に、談合のやからとは別に、僕のそばにいて、僕が気持ちが楽になる方へ促すように話しかけてくる女の子の声があったなと思い出す。確かにあった。しかし、母を世話をするにあたって、この際は、自分の楽ばかりは、考えるわけにはいかない。母第一じゃないとと思う。僕がある日、その女の子は、やたら、話しかけてくるし、談合のやからの一味と思っていたのかもしれない。美霊は、慎ましくて奥ゆかしくて、話さないし、ちょっとした意思表示するだけの可愛い子と思いこんでいたから。その方面に混乱をきたして僕が、
「なんでこの子、いるのかな?」
とつい口に出した時、母が
「安なんだよ。」
-わかってくれて、優しいんだよ。-
という意味のことを言ったのを、はっきりと思い出す。
 あれは、美霊じゃなくて、このおやじだったんだと僕が思い始めたとき、僕はおやじとは、べつに美霊の存在を再び、心にとめることになる。でも、わからないな。おやじがきてからは、美霊はいないような気もするし。美霊は、そんなおしゃべりなんかじゃない。少しずつ見えてきたような気がしていたけど、僕には、やっぱりわからない。僕は自分の家に起こる些細な霊的現象すら、見渡すことができない。母は、
「それが見えたのなら、お前は、あとはゆっくり見て行けばいいんだよ。」
と魂の声で僕に言っていた。その時、僕は、
「でもお袋。そんなゆっくり見ていく時間が俺にあるのかな。」
と僕は思ったものだった。しかし、こうやって、時の流れに身を任せていると、ゆったりと時が流れていくようにも思え、母が言うようにその時間は確かにあると僕は思えるようになった。

㉓連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 鬼太郎のおやじは、ある時、僕が千葉にいる姉の健康を心配していると、
「ちょっと待っておれ。いま見てくるからの。」
と言って、スッと消えた。
「どれ。どれ。」
と何かを伺っている気配だけは、僕に伝わる。と思うと、またすぐに戻ってきて、
「大丈夫じゃ。姉さんは、健康じゃよ。」
と言った。おやじは僕に瞬間移動をしてみせた。なるほどなと僕は思う。自由自在とはそういうことなのかと。とにかく、今、おやじが言ったことには、何故か嘘はないと思えたので、僕は、安心した。

 [E(エネルギー)=m(質量)×c(光速)の2乗]はアインシュタインの公式である。質量とエネルギーの等価性を示す。質量mに光速cの2乗をかけることによって膨大なエネルギーEを生み出すという。原子力エネルギーの基盤となっている。僕らは光速というようなものを日常で見ることはない。しかし、鬼太郎の親父はまさに光速移動以上の瞬間移動をしているじゃないか。とはいえ、親父のような魂、精神、霊魂、思念?には質量がないからこの公式は適用できない。だから親父が魂の塊となって光速で移動し、分裂するとも莫大なエネルギーを生み出すことはない。しかし、特殊相対性理論世界にいる。
 現在は常に未来を孕みその未来を食らいながら同時に過去を消滅させていく。未来は我々の想像、想定、思考の中にあり、過去は記憶の中にある。我々は常に現在の連続と継続の中にある。この考えは、科学的にまた現実的に間違いはないだろう?
 ところが、僕は僕の特異な非現実的に思われる経験から、ある理論を提示したいと思う。過去は確かに消滅して存在しない、我々の記憶の中にのみ存在する。そして、更に、
『過去は霊魂の世界に存在する。リアルで精密な記憶の膨大な集積として、歴史を形成し、連続した霊魂、魂の巨大な塊(数量的に巨大だが体積、質量は無い)として存在する。』
あなたは僕のこの理論をどう思う?そして、
『その巨大な塊、世界は質量も体積もない。特殊相対性理論が適用される。』
 そう理論づけると、超光速で移動する鬼太郎の親父は、僕のいるこの世界の時間が超スローに見えているのかもしれない。とするならばだ。どうなんだ。この一般相対性理論の世界に、時代と時空を超えて美霊のような江戸時代の僕の先祖にあたる女の子が会いに来て僕に接触するということが可能になるかもしれない。特殊相対性理論の世界から一般相対性理論の世界への移動が超光速で成され、それ可能にするのかもしれない。既にそこにある未来であるならば・・・。その世界の存在は三次元とは別の軸をもって入り組んで不可視な異次元から突然現れて消える。その世界は現在進行形で異次元において過去から時間軸によって折り重なっているのかもしれない。

 ある日のことである。僕は、「般若心経」「観音経」「理趣経」を自ら書き下して、自分で解釈して、勤行を続けていたわけだけれども、「理趣経」の百字の偈の「如蓮体本染」の解釈を巡って、おやじと口論になったんだ。悪は悪、正すべきと思う僕と、そうじゃない、悪はほっておけ、そして、あくまでも自分の正しい道を行けというおやじとで。いや、おやじは、悪ともうまくやれというような姿勢だったと思う。僕は、地元の悪癖のあるやくざおやじみたいなのとやり合っていたのも手伝って、そこは、非常に感情的になってしまった。
「おやじ。そこは譲れない。そちらの都合のいい綺麗ごとで、いい加減なことを言うなよ。そんな悪の手先みたいなことを言ってるんなら、家から出てけよ!」
と激怒して、言ってしまった。全くしょうがないな僕はと思うけれど、それ限り、鬼太郎のおやじの声は聞こえなくなり、いなくなってしまった。それまで、うまくやっていたのに。落ち着いて考えてみれば、僕は、おやじが言っていた解釈は、正しいし、真理だと思っている。悪に染まるな。争いは避けて正しい道をゆけということだろう。それは、「理趣経」百字の偈、泥に咲く蓮の花の節だ。仏は怒るという感情の乱れを貪瞋痴という三毒の瞋として嫌う。           
 しかし、現実世界では、よくないことを容認していると、それでよいと判断され、よくない行為がエスカレートすることが多い。だから僕は、そういう奴には、はっきり意思表示すべきだと思い怒りをぶつけた。落ち着いて考えてみれば、怒らずとも相手を諭すような方法もあったかもしれないと思う。
 僕は、勤行を重ねるごとに、母が逝く、一説では、秋分の日に陽の沈む方角にあるとされる極楽浄土とは、いったいどのようにしてどこにあるのか知りたいと願うようになった。 

㉔連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 「自分は、その世界があることも、その世界に確かに人を見据えた者がいるということは、知りました。どうか、母がいくその世界が、どのようにして、どこにあるのか、私に伝えて下さい。」
 そうすると、また誰かの声が現れ、僕に接触してくる。あの鬼太郎の親父とは違い重く太いボイスだ。
「お前は何も話すな。」
とやはり、最初に言って、それから、
「お前がわかったり、見えたことは、必ず人に伝えろ。」
とだけ言って消える。僕がその世界のことで、理解したり気づいたことは、誰かに話せということだろう。「ならば」とは言ってない。が、僕は、僕自身がもし到達することが叶い、その答えを得たときには、それが僕に伝えられたのだと考えるべきだなと解釈した。
 そして、これは、それからかなり年月が経ってからの執筆現在に近い頃の話だ(時間が交錯するので、前提として改めて書かせて頂きました)。
 日本にアルボムッレ・スマナサーラ長老という僧侶がいる。テレビ番組のドキュメントで興味があったので見てその人を知った。その僧侶はインド人で日本で初期仏教の伝導と瞑想の指導をしている。彼が語った忘れられない話がある。
「よくみんなは、死んだらどこへ行くんですか?とか、死後の世界はどうなっているんですか?と聞きますが、そんなこと私だって死ななければわかるわけないじゃないですか。」
とユーモラスに流暢で日本で話した。僕は正直な人だなと思い、長老を好きになった。この人は信じられると思ったからだ。それも真理、真実だから。
 長老の仕事は、その世界のことを究明することではないので、その話、答えは正しいと僕は思った。仏陀の教え自体、冥界や霊界、来世がどのようにしてどこにあるかということを究明することがテーマではない。

㉕連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 おそらく、僕が腹を立てた談合の者、母が言う優しい女の子、母亡き後、鬼太郎のおやじのコンタクトがあったときに、僕が特殊相対性理論の世界と定義した所謂、来世、霊界と繋がっていたのだと思う。
 同時進行的に、僕は、様々なコンタクト、霊的現象を経験した。それは、カオスとも言うべき混線状態に近かったと思う。しかし、その時の僕にはそう思えても、やはりあちら側になんらかの法則があって、その法則に従って僕に現れるべくして起こった現象に違いないと思う。
 僕自身が、極楽浄土はどんなふうにして、どこにあるのか知りたいと願ったのだから・・・。
 空海が唱える真言密教の即身成仏とは、生きながらして修行によって仏の境地に至るということであると思う。そしてそれは、生きながらして極楽浄土に辿り着くということと同義であるかもしれない。しかし、僕が、仏に願ったことは、母が行く極楽浄土とはどういう所で、どこにあるのかご教示頂きたいということである。もし僕がその世界を垣間見ることができたならば、僕は僕が見たもの全てをあなたに伝えなくてはならない。
 僕は、真言密教と空海に傾倒し、その独学研究を始めると同時に、毎朝毎晩の勤行を三密の修法をもって熱心に行なった。そして、おそらく僕は、心理的にも精神的にも研ぎ澄まされた中で、即身成仏を叶え、それはその世界になんらかの信号を送ることになったのではないか。それは見えない狼煙か、炎のように天に立ち昇り、あちらの世界からの接触が激しくなったのではないかと思う。彼らは僕に接触し、この世界を垣間見ていると思われるが、僕には彼らのいる世界は見えない。

 その世界から接触してくる霊魂は、三次元とは別の軸をもって入り組んで不可視な異次元から突然現れて消える。その世界は現在進行形で入り組んだ異次元において過去から時間軸によって折り重なっているのかもしれないと考えた。もう一度、アイシュタインの特殊相対性理論に基づいて考えると、この肉体、質量があっては、その現世と来世のボーダーは掻い潜ることは不可能であるのだと思う。光速移動ができればどうかと思うが、陸上選手であっても光速で走ることは叶わない。我々は地上において(宇宙空間では特殊相対性理論を可能にしたのかもしれないが-質量が消えても体積は消えない-)生身で特殊相対性理論の世界に入ることは不可能であるし、叶わない。

 空海には見えたのかと考えを巡らせてみたが、おそらく空海であっても、最澄であっても見えていないのではないかと思う。見えていたとするなら、仏教を生んだその人、仏陀だけであるのだろう。そうでなければ、宇宙をも包括するような仏教の教典は生まれ得ないと思うからだ。

㉖連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 まず、勝新太郎があらわれる。あなたは、こんな以外な発言を嘘だろうと思うに決まっていると思うけれど、確かにそうなんだからしょうがない。勝さんは、座頭市のキャラで接触してきた。そして、やはり、
「お前は、喋るなよ。」
と言った。僕は、その時、子供の頃、父とテレビでよく見た座頭市のシリーズを再び見ていて、「座頭市」を夕陽のガンマンみたいにして、ハリウッドに持っていったら、カッコいいだろうな、きっとうけるだろうなと思っていた。そんな矢先、テレビで勝新太郎の特集をやっていて、妻の玉代さんが、勝は、「座頭市」をアメリカに持って行きたがっていたという話をしていた。僕は、同じようなことを考えていたので、やっぱり、やりたかったんだな。叶えたかったろうな、その夢はと僕は思って泣けた。その夜のことだよ。勝さんは、
「お前がそれをやるなら、金はかからん。」
と言った。なんで金がかからないんだろうと思ったけれど、それを勝さんに聞き返すことは、しなかった。いまでもそれは、わからない。しかし、そんなことを言われたもんだから、使命感のようなものを感じてしまって、それから数日そのことを考えていたんだ。僕は「座頭市」を今の俳優で、リメイクして、クリント・イーストウッドの「夕陽のガンマン」みたいに仕上げることを考えていた。夕陽を浴びて、座頭市が居合抜きの構えをしている絵は、ちょっとしびれないかな。しかし、座頭市の居合の殺気、アクション、人情、色気を演じる役者はいても、さらに盲目にしてあの拍子抜けするようなユーモアをも演じられるような役者っていうのは、イメージして、どう考えても、そうそういないんだ。それで僕は、「座頭市」は唯一勝新太郎本人だけが演じられると気づいたんだ。だから、持って行くなら、そのまま持っていくしかないとね。勝さんは、それから何日か、僕の家にいて、僕が「座頭市」ハリウッドデヴューをあれこれ考えている様子を見て、楽しんでいた。そして、僕がその結論に至ったのに満足したらしく、そこで消えていった。勝さんは、行く前に、僕が株取引をしている様子を覗いて、
「これをこうして、こうなったとき、ちょちょっとやればいいんだよ。」
と指南してくれたけれども、僕は、申し訳ないけど、どうすればいいといっているのだか、よくわからなかった。或いは、既に僕がわかっていることを言っていたのかもしれない。これをこうして、こうきたとき、ちょっとやるのならね。でもなかなか、これをこうしても、期待値まで、こうこないんだな。ギャンブル好きの勝さんの言うことだから、売りは待ちすぎずタイミングをはかれと言っていたんだろうな。
 次に中学生のとき、亡くなった友達が現れる。それは、地域のワルのくそおやじに僕が怒っている時だった。
「ケッケッケッケッ!」
と笑いながら、
「青木くんも変わらないなー。」
と言う。
「木戸君こそ。変わんないよ。あの時のままだよ。会いたかったぜ。」
「俺さ。木戸くんが入院したとき見舞いに行ってやれなくて、ごめんな。すぐに退院できると思ってたんだよ。あの頃、俺はバレーの部長と生徒会長で忙しくってさ。ずっと気になってたんだぜ。」
僕は,泣いている。僕は木戸君を見舞わないでいるうちに、木戸君が容体が悪化して亡くなってしまったことをずっと繰り返し悔やんでいた。木戸君は、小学生のころから腎臓を患っていた。
「もう、気にしなくていいよ。」
「ごめんな。あのさ。俺もやがて、そっちいくからさ。その時は、また一緒に遊ぼうぜ。うん?でもさ。木戸くんは、中学生のままで、俺はじじいだろ?どう遊べばいいんかな?」
「ケッ!ケッ!歳なんか関係ないんだよ。」
そう木戸くんは、言っていた。
 僕がジャズバンドを組んでいた時、僕がピアノ、小森さんがドラムで、僕がピアノを弾くときは、必ず小森さんがドラムを叩いていた。その小森さんが会いに来てくれた。
実は僕は、今、死ぬ前にロックを自分の身体に定着させようと思って、ジャズピアノじゃなくて、エレキギターを弾いていて、その練習をやってる。その時に現れて、
「青木。それやるんなら、五十嵐に相談した方がいいと思うよ。」
と言う。五十嵐さんというのは、地元で五十嵐バンドという名の知れたロックバンドをやってる水道工事屋で、ロックの活動は、セミプロなんだ。ベースギターを弾いている。小森さんは、その歳でロックギターをマスターしようとしている僕に、いいメッセージを残してくれたと思う。
 小森さんは、僕が母の介護に入ったときに、訪問客が少なくなって行く中で、兄貴のような心配性で面倒見のよいところがあって、何度も顔を出してくれた。優しい人だった。僕は母に付きっきりで、小森さんとジャズもできず、自分から小森さんに会いにいけなくなっていた。そういうときに、これは、その五十嵐バンドの五十嵐さんから聞いた話か、ジャズ喫茶のマスターから聞い話だったと思うが、小森さんは遊びで付き合っていた外国人の女性の部屋で、ビニールを被って亡くなっていたらしい。あまりにショッキングな話だったので、僕は、数日悲しくてなにもできなかった。僕が小森さんとジャズをやって遊んでいればそういうことにはならなかったと思って、僕は泣きに泣いた。
 そのあと僕は五十嵐さんと一緒に小森さんの自宅へ弔問した。奥さんは小森さんのことについては何も言わなかった。そして、僕のところに会いにきてくれた小森さんも、そのことについては何も話さなかった。僕も訊ねることはしなかった。
(でもね。小森さん。俺は詳しい事情は知らないけど。小森さんの優しさが裏目に出てしまったのかと考えたり、いいやそんなことはないと思った時に誰が殺したんだと思ったんだ。そしてそいつを殺してやりたい気持ちになった。ほんとにそう思ったんだよ。こんなことを言っていると仏は嫌うだろうけれども。)
 また、その頃、柳ジョージが亡くなって、僕はその最後のライブをテレビで見て泣いた。
「誰だ。俺を呼んでいるのは。」
と言う。確かに声は、柳ジョージだ。エレキギターを弾いて柳ジョージを歌っていることもあったけど、僕は不意のそのコンタクトに驚き、また恐縮して、
「いや!柳さん。私は、お呼びしたってわけじゃないんです。だから、どうか、お気になさらないでください。」
と慌てて言った。

 混線状態と言うに相応しくこういった霊界からの接触が次々に起こった。友人が会いに来てくれた点においては混線してはいないと思うが、付き合いもない芸能人が来るという点で混線していると思うのだ。いや待てよ。現実世界において、街でよく芸能人、作家をみかけたということはあったからな。また、ジャズミュージシャンのみなさんの写真を撮らせて頂いた時に、そこでブルースを歌う憧れの原田さんや「ボイスイズカミング」のおおたかさん、「時には母のない子のように」のカルメンマキさん・・・の写真も撮らして頂いていた。勝さんも柳さんも僕がファンであるけれども、直接会っていないことを除いては、混線ではないのかもしれない。
 中には、僕を怖がらせる意志をもって、空恐ろしいこと言う見知らぬ霊も数人いた。全く嫌な霊だ。しかし、僕は『空海が経を唱え始めるとあらゆる霊的なものが地から這い上がってきた。』という文章を読んだことがあるので、そういった霊にも耐えた。仏や空海はどう思うかわからないが、僕は相手の言い草によっては怒ることもあったが、そういうことを言う霊はこちらから言い悟し、指導しようとした。
 その頃になると、それは幻視だと思うが、夜、庭を見渡すと得体の知れない物が這って蠢いているように見えることがよくあった。そこで、もう一度改めてよく見て確認すると、何もいないのである。

㉗連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 こういった霊的現象が、全て自分の中で起こった錯覚、いわゆる幻聴(と言っても耳から聞こえるのではなく、脳に直接、働きかけ話しかけている)ととらえることも当然できるのだが、なんの意図も想像も意識もしていないのに不意に現れ不意に消えていき、無意識で予期もしていないのに起こるので、それを幻聴とすることはむしろ難しいように思われる。実際、不思議であるかもしれないが、その現象を自分は、やはり、なんの驚きもなく自然のこととしてとらえていて、また、人にその内容を話さなければ、変に疑われたり、怪しまれることもなかった。
 この立て続けに起こった混線したようなコンタクトと言う形をとった霊的現象は、繰り返すが、亡くなったお袋を思い、お袋の供養のために、自ら勤行を始めた半年間のうちに、真言密教を独学で研究していたために形而上学的にも、また、勤行を朝晩休まず行っていたので、心理学的にも感覚、感性も研ぎ澄まされているような時期に起こった現象だったんだ。全てを幻覚と考えることもできるけれど、いま思い出すと、その頃、その時は、それが何かも理解できずに、そういったことは、お袋を看ているときからすでに始まっていて、意味深な物音、いわゆるラップ音や物理的な現象まで経験しているということは前にも話した。そして、確かに何者か、自分や人間を見据えているものの存在があるということに気づいたということも話した。そこで、僕にとって非現実であったものが、リアルであると認識された。そして、そうした不可思議な出来事は、独学で真言宗、真言密教、空海を学び、勤行を始めるようになってからのあちら側からの法則に則った意図的なコンタクト、接触と僕は理解することにしたんだ。もし、それを僕が願った時に、現れ、
「お前がわかったことは、人に伝えろ。」
と言ったおやじとの契約があの時に成り立っていたとするなら、それは、僕が、その世界がどうなっていて、どこにあるのか気づき、ゆっくりと見渡せるようになるための霊界からの接触であったと言えるかもしれない。
 僕は世に言う心霊現象、人に話したとしたら、
「うっそだろー!信じられない。
お前、大丈夫かよ?」
と言われるかもしれないことをこうしてあなたに書いて話している。それは僕があなたに話したいし、伝えたいことがあるからだ。あの太い声の仏のおやじとの契約以前のこととして。
 そうして、間違いがないか、確認するために何度となく繰り返しその出来事を順を追って振り返っている。
それは来世(霊界)、仏界が僕に対して意図的に起こしているアクションであり、コンタクトであると思うからだ。 
 僕は、霊界、来世があると知った時、母が亡くなっても尚、母の行く先を憂い、僕がその世界に願った、
「母が行く世界がどのようにして、どこにあるのか教えて頂きたい。」
という問いかけには、「そこがいよいかすみよいか」という思いがあった。
ともすると、宙に浮いてしまうようなこの地上の謎、世界の秘密を解き明かす鍵がそういった怪奇現象、心霊現象のひとつひとつにあるはずだと思えるからだ。その現象は自然を超えている。或いは、僕が今まで認識できなかったが、この世界に太古よりある自然の側面(影)なのかもしれない。そして、僕はそれをあなたとともに、解明したいのかもしれない。
 僕は、実証できない僕に起こった心霊現象を繰り返し繰り返し現在まで順を追って何度も振り返り(多少僕は、その現象を受け止めすぎて神経、精神が疲労しているのかもしれない。くどいようで申し訳ない。)、自身で検証、考察を重ねて、その現象が指し示すものを解き明かそうとしている・・・。


㉘連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門


嗚呼。
美霊よ。
『色即是空』
色すなわちこの世の目に見えるもの全てが空であり
『空即是色』
空とは、色すなわちこの世に起こるあらゆる現象である
『受想行識』
この世で思い、知り、認識するもの
『亦復如是』
また、それらもみな、同様に空である
母よ。
『無罣懝故 無有恐怖』
心に妨げがないゆえ 恐れるものもない
『遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃』
一切の迷いから遠く離れて究極の悟りに至る      『般若心経』
ああ。父よ。

悠久の時は流れゆく・・・

㉙連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 僕は、以前は、美霊がいるだけと思っていたのに、激しい霊界からのコンタクトがあってからは、なんだか、メッセージ、アピールの物音一つも誰だかと思うようになって混乱してきた。まいったなと思う。しかし、こういった自分の混乱も含めて、僕の思考、思念、魂がそこに至るための過程なのかもしれないと思い、慌てず騒がずその全てを冷静に受け入れることにしたんだ。そうだ。落ち着いて整理してみよう。もともと僕に美霊は、音のみで接触していた。小学生の時も、成人してからも。そして、僕は、美霊は、僕と同じ音楽好きということを知っている。僕は、彼女に、美しく清い精霊であって欲しいという願いを込めて、美霊という名をつけた。母の介護中、キッチンでの物音が激しくなる。声が聞こえる。僕を品定めする数名の談合のやから、楽にやればいいと言う女の子、鬼太郎のおやじ、わかったことは人に伝えろという声。勤行。精神、思考、瞑想の研ぎ澄まし。此岸から彼岸への繋がり?彼岸からのコンタクト?混線状態?僕の混乱。そう。美霊は、大人しくて、慎ましくて、淑やかであると認識していたはずだ。おしゃべりもしない。
「あっ!!」
とそこで僕は、大事なことに気づく。父と母も僕に会いに来てくれたんだ!どうしてそのことを僕は、忘れていたんだろう?重要なことなのに。
 おそらく、一時的に僕に、あまりにも多くの霊界からの接触があって、また、それが優しく落ち着いた物腰の父や母より遥かに繁く騒がしいほどであったので、父と母が観念の記憶、霊的現象の中から欠落して、寧ろその記憶は、霊界からのコンタクト、観念,思念上のできごととしてではなく、現実世界の思い出として記憶されていたのかもしれない。父と母が生きていた時の思い出として。
 僕がずっと心霊現象、霊界からの訪問者について書き綴っているので、あなたは、僕は霊魂を食って生きているのか、と思うかもしれない。
 僕は、自ら決めた母の供養のための勤行に入っている。介護をしていたときのまま、三食バランスのいい食事を考えて作り、初七日まで、全量をお供えして祈り、四十九日までは、その半量をお供えして、勤行を続けた。勿論、僕も同じ食事を食べている。昼は、介護の末期に伸びきった庭の植木の剪定、整備をやっている。客が来れば、珈琲を入れて話す。その時期は遠方にはでかけることなく、出かけると言えば、食材、日用品の買い出し、その帰りに馴染みのジャズ喫茶やカフェに寄ることもあった。
 経の唱え方をCDを聴いて学び、同時に空海全集、真言密教を詳しく解説した書物や空海に関する書物も数冊読んだ。経文は、辞書を傍に置いて自分で解釈した。真言宗の経文は、サンスクリット原文→中国訳(漢文)→日本語訳という経路で我が国に伝えられている。中国訳により漢字で書かれた経文の現代訳を自ら施した。そうしているうちに、原文と大きな違いはないにしても、中国訳を経由することにより、微妙なニュアンスの違いや盛られたものがあるのではないかと思うようになって、サンスクリット原文を解釈した資料も読むようになった。そして、サンスクリットで経を唱える試みもした。そのようにして、独学で空海と真言密教を学び、研究していた。
 写真は、カメラは使わずに、古い携帯(アイホン、スマホはまだ購入していなかった)で、庭に咲く花や庭木を撮り、介護後、僕が死ぬ前に今までやらなかったことを一つやろうと思って始めたエレキギターを弾いて、古くからの昭和歌謡をミニのVOXのロックビートにのせて歌った。供養をしながらドンチャカ🎶ロックをやるのはどんなもんか、非常識だろうとあなたは思うだろうな。でもね。戦中から戦後を生きた母が若いときから結婚して僕が育つころまで聴いていた歌だから、それも供養なんだよ。母が聴いて知っている歌を歌っている。母が好きだった歌も歌う。その昭和歌謡は、天地真理デビュー以前までのものだ。また、一人で暮らしている僕は声を出す必要があると思っていたから。マイクは使わず声を張り上げて歌う。アンプから出るギターの音を確かめるために(家では常識的な音量でやっていたので)、スタジオで練習することもある。

 ねっ!あなたは、深い絶望に近い喪失感を抱えた(こんなふうでも、僕は確かにその頃それを抱えていた)僕の生活はとんでもないことになっているんじゃないかと想像したかもしれないけど、そんなことでもないだろう?

㉚連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 母の介護をしている時に、父が現れて、こう僕に語りかけた。
「お前がかあさんをよくみてくれているから、心配で来たんだ。」
「おやじ。よく来てくれたよ。会いたいと思っていたんだよ。」
 僕は、泣いている。僕は、当初、父は僕とお袋を裏切ったと思って腹を立てていたこと。やがて、父がそんなことを望む筈もないと思ったこと。父が疾走する前に僕に言っていたこと、なんでそんなことを今言うんだろうと思っていたけれども、あの時、父が僕に言った
「りゅう。かあさんはよくやってくれたよ。」
という言葉は、母を頼むと言いたかったんだろうということに気づいたということや。それだからというわけではないけれど、母につらい思いや淋しい思いはさせたくないと思って、今は仕事をやめて介護に集中しているということを話した。
「お前は、今、何やってるんだ?」
「今。仕事はやめて、切り崩しで無職だろう。だから、暮らしの足しにしようと思って、自分のコレクションをインターネット上で売ってるんだよ。今、品物に値をつけてるところだよ。」
「そうか。それじゃあ、その値の付け方は、ちがうな。あのな。こうするな、俺なら。」
と言って、父は、僕に値のつけ方を教えてくれた。
¥2,940 → ¥2,980 !
なるほどな。確かにその方がいいと僕は思う。さすが、商材のある親父だなと感心した。僕は父に商品の値付けの仕方を教えられた。本当は、父は、お前は仕事に戻って、母のことは、施設に任せろというようなことを言いたかったのだと思う。でも、ここは、僕が全て見た方が安心という僕の気持ちを察してくれたのだと思う。だから、父は、そういうことは、言わなかった。それから、父は、父の葬儀を家族葬で、金剛寺という菩提寺でやったとき、もうかなり年配の住職が戒名を書き損じて、そのまま書き直してあったことに憤慨していた。そして、今、自分のいるところは、本当に良いところだという事も話してくれた。そして、
「智代(僕の姉は美智代という)はどうしてるんだ?」
と聞くので、
「ちよちゃんもまた、亭主の両親の世話や家事で忙しいんだよ。子供のこともあるし。」
と僕が言うと、あの時、鬼太郎のおやじがやってみせたように、瞬間移動をして、姉の様子をみて、すぐに戻ってきた。姉はおそらく父が様子を見に姉の家に来たことは、気づいていないだろう。
 それから、二、三日家にいて、夜明けと共に父は消えて行った。僕は、父と他愛もないような話をして、別れたけれど、もっと話したいことや聞いておきたいことがあったはずなのにと思う。ただ僕は、父が来てくれたことだけで、それだけで、満足していた。それにその時、自分の目の前にある母の看護、介護ということに真剣に向き合っていたから。僕は、一度だけでも僕に会いにきてくれた父に感謝している。失踪して、骨となって家に帰った父との心の蟠りが消えて、清められたように思えた。だから、父は、僕を清々しく、晴れやかな気持ちにして消えていった。

 親父さん。僕は、浪人していた時、親父の仕事を手伝っていた一時期があったけれど、あの時が本当に今は懐かしいよ。
近頃、親父に会いたいってしばしば思うよ。
 あぁ、そうだ。あの時、親父に言ったサンパウロに親父の骨を一部持っていくつもりだという約束。果たせるといいんだけどな。
あの時、親父はなにも言わなかったけど、確かに少し嬉しそうにしていた。それが伝わってきたんだ。
 親父がボクシングが大好きだったから、二人でテレビで中継するボクシングのタイトルマッチは必ず見たよね。ファイティング原田の頃からかなぁ。ずっと見てきた。そう言えば、親父がブラジルから持って帰った、あの二対のボクシンググローブはどこへ行ったんだろう。いつしかなくなっていた。たぶん、おじさんたちが我が家に出入りしてた頃、持って行ったんだろうな。
僕がチビの頃、あのグローブつけて、スパーリング遊びやったよね。親父に勝てなかったけど。悔しかったよ。

ありがとう。親父。

㉛連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 美霊の話にもどそう。整理した結果、あの激しい心霊接触のときに現れ、その後も長いこと居座っているおしゃべりな女の子が確かにいて、その子は美霊とは違うと僕は判断した。美霊は、僕の先祖だとするなら、言わば、身内だから。父や母と同じだと思う。そこで、僕は、美霊は美霊として、他の接触者は別として考えることにした。どちらにしても、その饒舌な観念接触者たちは、脳に働きかけるので、全く気にならないということもないのだけれども、それにしても、思念上の現実であっても目の前にそのものが現れて話したりしているわけでもないので、無視しようとすれば無視できる。だから、今までどおり、気にしないでやることにした。それで今でも居座っている、母がこの子は楽なんだよと言った、この子は、楽子、安子、いや、霊楽(レイラ)と名付けることにした。


㉜連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 さて、その霊楽(レイラ)は、あの霊界の激しい異常接触のときに現れて、その激しい心霊現象が去った今も居座っているのだけれども、おしゃべりな女の子だ。しかし、こんなことを言っちゃあ悪いとは思うけれども、多少足らずだ。それは多少どころではないかもしれない。かなりだ。世の常識というものが全く欠落している。いったい誰がこの子をしつけて、教育したのかと思うほど、日常生活における常識理解というものがおそまつなのだ。しかし、彼女は、現実社会から来たわけではないので、そんなことを言っても始まらない。どうしてなんていうことは、僕は知る由もないし、計り知れないことだから。ただ僕は、それを受け入れるしかないと思ってやっている。教えるべきことは、ひとつひとつ繰り返し教えながら。
 母の介護中のことを話すと、
やはり、母の言うとおり僕に楽させたいのか、
「あー。この人。ロボットだよ。自分の朝食も、お母さんの朝食もさっさと作っちゃうもの!」
「そのとおりだよ。両方一緒に作る方が能率がいいし、速いだろ。自分のを作って食べて、それから、お袋の食事を別に作って起こして食べさせてたら、お袋の朝食の時間がずいぶん遅くなるだろう。食事時間の規則性ってのは、お袋にとっては大事なんだよ。そう。俺は、お袋の介護ロボットでいいんだよ。」
 その頃は、母には、ミキサー食を食べさせていて、基本的には、栄養バランスを考えて、朝晩の食事を決めて、自分が食べるものと同じものを、お袋には、食べやすいようにして、食べさせていた。だから、母は毎日、いつも僕に母が作ってくれたようなものを食べて、飽きないで栄養を摂れていたと思うよ。

『味清浄句是菩薩位』
舌で味わう全ての味は清らかで菩薩の境地        
           『理趣経』

 僕が霊楽の存在に疑問を持ったとき、おそらく今の僕にとって、
「霊楽は、楽なんだよ。」
という意味のことを言ったと思う。
「安(あん)なんだよ。」
という言い方をしたのを覚えている。僕は、自分で言うのもなんだけど、その頃には、母の介護のスペシャリストになっていて、何から何まで、日々改善しながら、母の看護、介護のノウハウは心得ていたから。だから、僕がよくわかっているのに、僕に対してうるさいことを言う子より、確かによかったかもしれない。
 霊楽は、あることをやるのにあたって、二つ選択肢があるとする。ひとつは、ベストと思われるが困難であるやり方、もう一つは、ベター、ベストより劣るが楽なやり方。僕は、ベストを選びたい方なんだけれども、霊楽は、楽な方へ常に僕を促す。だから、いちいち僕は、
「そうじゃないだろう。お袋のためには、こうするのが一番いいと思うよ。」
と言って聞かすことになるんだ。まぁ、介護のことは、誰でも経験がないとわからないということはあると思うけど、霊楽は、日常生活全般に関して、そうなんだ。だから、霊楽の導くままにしていたら、全くだらしのない人間になってしまうと僕は思う。でも、どうだろう。霊楽は、心を病んでいたり、傷ついて弱気になって自分を責めがちな人にとっては、薬になるのかもなとも思ったりした。良薬はえてして口に苦し。しかし、霊楽はその逆を言う。でも、母が言うように僕の心持ちを楽にしてくれるという働きはしていてくれていたのかもしれない。話相手としてはね。だが一方で、同時に現れたのは、人の弱さということを見据えていて品定めする談合おやじどもだからね。いったいどうなっているんだかと僕は思ったものだよ。どうあっても、僕は母の命を守るためには、自分の強い意志を貫くという気持ちでやっていたからいいんだけどね。その介護の時期に入って僕は改めて、僕が母を本当に愛しているということに気づいた。僕の恋の季節の後に突然やってきたそれは、母の介護、看護の季節。その季節は、まるで、蜜月ともいうべき、母と人生の中で、最も長く、密接に過ごした時期だったと思う。

『身楽清浄句是菩薩位』
体を清め楽になることは清らかで菩薩の境地       『理趣経』

 ある時、僕が二階の僕の部屋で、ビートルズの「アハードデイズナイト」をかけて聴いていると、霊楽は、
「ねぇ。覚えておいて。これが全ての始まりなの。」
と言う。
「へぇー。お前。わかるの?確かにロックの反映ということを考えるとビートルズは、始まりだな。」
「うん。そうなの。」
「でもね。始まりというなら、その前に、エルビスやチャックベリーがいたんだよ。」
「・・・・。」
 なんで、霊楽がビートルズに関して、そういう発言をするのか、僕にはわからない。美霊が言うのなら、まぁ、わかるけどね。なんで、念を押すように僕にそのことを言ったのだろう。

『声清浄句是菩薩位』
聞こえる全ての声は清らかで菩薩の境地        『理趣経』

 また、これは敢えて書くことではないかもしれないけど、恥を忍んで、真実を書いた方がいいと思うので書くことにするよ。僕を嫌いにならないでね。母の介護に入って、恋愛感情みたいなものや性欲みたいなものは、どこへ行ったやらで、失せちゃったなと僕は思っていた。その後も、母の供養のために真剣に勤行を始める一方で、経文の解釈やら、思索やら思考やらに熱中して真言密教というものの、独学研究を同時進行で始めていた。そんな中で僕の精神や思考はその方面に研ぎ澄まされていった。繰り返すようだけど、そのあたりで、僕の願いを仏が聞き入れてくれたかどうかわからないが、繁く激しい心霊現象を僕は体験する。だから、その十年で、恋愛欲求も、性欲も失せ切ったなと思っていたんだ。まるで、修行中の僧侶のように。
 ところが、ある日、懇意にしていて、お茶飲みに寄った電気工事屋の飯塚さんが、僕が入れた珈琲を飲み、差し出したガラムを口にくわえ僕がジッポーのライターで火をつけると一服吸いながら、ん?なんか甘ぇね、と言いながら
「精液を全くださねぇのも、身体に悪りぃよ。病気になるよ。」
と言っていた。僕は、浪人していた時に父の仕事を手伝っていたことがある。その工事のときに一緒に仕事をしていたのが、この飯塚さんのお父さんなんだ。酒好きの優しい人だった。
 そのことをある夜思い出して、確かに、出したほうがいいかもなと思って、マスターベーションを試みたんだ。右手でペニスをさすってしごきながら。すると、
「あー。自分でやってるー。」
と言って、霊楽が出てくる。
「お前ね。こういうのは、プライバシーって言って、そう言うもんじゃないんだよ。」
僕は、しごきながら言っている。せっかく、勃起し始めたのに。
「でも、自分の手でやってるー。あっ! 大きくなってるー。」
「お前さ。俺の様子を見て、なにやらいちいち誰かに伝えるようなところがあるけど、それはやめろよな。たのむよ。プライバシーの尊重っていうんだよ。そのルールが守れないんなら、お前も出て行けよ!」
と少々腹を立てて言う。腹を立てて言ったものの、マスをかいているのを彼女に見られ、羞恥心で腹を立てるのもどんなものか。しかし、どこか、霊楽のやつは、自分が見た僕の生活を逐次誰かに伝えているような気配があって、言わば、女スパイみたいな。そういうとこ直して欲しいと思っていたし、はっきり言ってやらなきゃなと思っていたんだ。
「おい。お前。聞いてるの?お前、何度言ってもわからないからな。家にいるんなら、そういうルールは守れよ。な?」
 そう僕が言っている矢先、霊楽は、ソファに座って、マスターベーションをしている僕にちょこんとまたがって、ペニスを自分の中に入れてしまう。
「おい。霊楽。ちょっと。ちょっと。それはまずいんじゃないかな。やめろよ。」
と言いながら、僕の手は、マスターベーションを続けている。
「あー。気持ちいいー。」
と霊楽が言う。
「????。」
「あぁー。いくー。」
「・・・・!」
 僕は、そのタイミングで射精する。それは、不可抗力というようなことであったけれども、こういうことは、二度とやめようと誓い、自己嫌悪を感じ、十分、自己反省した次第である。

ああ。
霊楽よ。

『妙適清浄句是菩薩位』
性行為で快感を感じるのは清らかで菩薩の境地

『適悦清浄句是菩薩位』
その絶頂を知るのも清らかで菩薩の境地         『理趣経』

 霊楽のことは、あまり深く気にせずに過ごしていたけれども、やっぱり、むやみに霊と会話をしたり、ましてや、戯れたり(性的な戯れでなくても)することは、決して僕は彼女を利用しているわけではないが、よくないだろうとある日思い立って、『般若心経』の勤行をもって、霊楽を成仏させようと決める。その旨を伝えて熱心に毎日祈ったが、僕にはその力がないのか、霊楽は、いっこうに成仏してくれない。ただ、あっけらかんとしている。
「なあ、霊楽。ここは、お前の家じゃないと思うし、成仏する気がないなら、自分の家に帰れよ。」
「それにいいかい。お前にしたって、あちらの法則に違反しているのは、よくないと思うんだ。それじゃあ、居場所を探して、迷える霊魂だろう。俺もお前の奔放なのに任せて、お前と過ごしているのも良くないと思うんだよ。」
 霊楽は、何も言わない。ただ一度だけ、僕の思いと熱意が彼女に伝わったのか、霊楽は、僕が唱える『般若心経』を一緒に唱えていたことがある。そのとき、僕は、嬉しかったなぁ。やっとわかってもらえたと思って。
 それでも霊楽は、自由奔放な野良猫のように、僕の家にいたり、何処へ行くのかいなくなったり、いなくなったかと思うとまた僕にくっつきっきりになったりしている。

嗚呼。
霊楽。

『掲諦掲諦 波羅掲諦』
彼岸に逝き迷いから解かれた者よ

『波羅僧掲諦 菩提薩婆訶』
悟りの境地に到達し、幸を我らに与え給へ      『般若心経』

【呪文解釈】
『美霊』第二十九話で次のようなことを僕は書いた。あなたは覚えているだろうか?
『真言宗の経文は、サンスクリット原文→中国訳(漢文)→日本語訳という経路で我が国に伝えられている。中国訳により漢字で書かれた経文の現代訳を自ら施した。そうしているうちに、原文と大きな違いはないにしても、中国訳を経由することにより、微妙なニュアンスの違いや盛られたものがあるのではないかと思うようになって、サンスクリット原文を解釈した資料も読むようになった。そして、サンスクリットで経を唱える試みもした。』

掲諦掲諦 波羅掲諦
波羅僧掲諦 菩提薩婆訶 

 上にあげたこの漢文は『般若心経』の呪文であり、真言である。
サンスクリット原文の解釈は先の文の脇に書いたが、真言ゆえ、この部分は訳文をあてず、音、つまりサンスクリットの読みに中国語の音を合わせただけの文で訳にはなっていない経文の箇所である。『般若心経』には他にも何箇所か真言が使ってある。
 かつて、秀才(天才?)空海は、漢文は貴族の男子のたしなみであったこともあって、中国文は解釈できたので、経文の意味は読んで理解することができた。しかし、この真言の箇所だけは何が書いてあるかわからなかった。それゆえ、唐の恵果和尚に教えを請う必要があったのである。勿論、空海が恵果和尚から伝授されたのは、真言の解釈ということだけではない。真言密教の全ての真髄であると思う。
 僕はこの『般若心経』の最後に唱える呪文「ぎゃあていぎゃあてい〜」の現代訳をしてみた。勿論、音を充てただけの個所なので、解釈をする意味はない。意味はないが、解釈してみた時の空海の困惑は理解できるだろう。また、僕は中国がやることであるから単にサンスクリット原文に音を充てただけではないのではないかという思いもあったからである。
そうしたら、最終的にこんな訳になった。
「去勢された羊は泣き叫ぶ。皮革のように波打つ鳥網で捕えられ去勢された羊は鳴き叫ぶ。波打つ鳥網で捕えられた僧侶もまた、去勢された羊とともに鳴き叫ぶ。極楽往生を遂げて菩薩となった老婆は大声をあげて怒っている(怒鳴っている)。」
 経の内容とは違うので現代訳する意味のない解釈であるが、あなたはこれを読んでどう思う?
 僕は、やはりこの呪文には何か盛られているなと思わざるを得ない。では、中国は何を盛ったのか。
意味は違うが、呪いの文というくらいで、当時、中国の脅威であったモンゴルを呪ったのじゃないかというような考察を僕は仮にしてみた。そうとることができるので。あくまで僕の推察である。有難い経文に恐ろしいような私的な考察を加えて申し訳ないが、自国を仏の力を借りて守るためであればそういうこともあるかもしれない。


㉝連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 母は、僕の供養の四十九日が終わった後に、会いに来てくれた。僕は、あれからも、勤行を続け、母の初七日、〜四十九日。その日、大日如来と薬師如来にその日の勤行を捧げる。
『おんあびらうけんばざらだどばん』(大日如来真言)
そして、
『おんころころさんだぎまとうぎそわか』(薬師如来真言) 

 その晩、母はやはり、僕に会いにきてくれた。
「りゅう。お前のおかげで、向こうでたくさんの人が待っていてくれて、お母さんは、淋しくなかったよ。」
僕は、やっぱり声を出さずに泣いている。お袋の声は、介護中から既に魂の会話をしていたので、全く違和感がなかった。あちらで、母が淋しい思いをしていないのなら、それは本当によかったと思う。ただ、それがどう僕のおかげがあるのかは、わからなかった。
「ずっと傍で診てくれてありがとう。」
母は、そこで初めて僕にありがとうと言った。僕は、母の介護に入ったとき、
「お袋。いちいちありがとうは言わなくていいよ。心配しなくてもやることはやるから。そういう気は遣わなくていいからね。」 
と言っていたからだ。ああ。母の声は、僕の頑な魂が優しい温かいものに包まれるようで、救われている。僕は、泣きながら言う。
「お袋。来てくれてありがとう。待っていたよ。」
それから、母は、一周忌が終わるまで、家にいた。母もやはり、勤行に明け暮れる僕が心配で来てくれたのだろう。もう帰ったのかなと思うと唐突に、話しかけてくれた。母の霊?と骨と過ごしたその日々は、限りなく悲しく、そして、優しく愛おしい日々だった。
「そのお供えのご飯とおかずは寝るときには、片付けるんだよ。」
「それちょっとわたしにもわけてくれる?」
とか、やはり、僕と母は、他愛ないような会話をした。
「お袋。僕は、お袋が『般若心経』を読んでみたいって言ったときに、それを渡してやらなくて、ごめんね。」
 僕は、母の介護に入ったとき、お袋にそう言われて、これからまだ頑張らなくちゃいけないってときに、そういう葬式を連想するようなものを読むのは、どんなもんかなとその頃の僕は思ったんだ。そこで、母は、若い頃、友達と一緒に、短歌を詠んで競って、新聞投稿していたのを思い出して、大きめの字で構成された平易な百人一首の本を買って、母に渡してごまかしてしまった。
「だからね。今こうして、僕がお袋の代わりに勤行をして、『般若心経』を唱えているんだよ。あの時は、ごめんね。」
お袋は、なにも言わなかったけど、どう思っていたのだろう。お袋にしてみれば、僕が勤行をするなんて思ってもみないことだったと思うから。
 実は、骨になって家に帰ってきた父のその骨と、母の介護中に、これは、うちの事情(「親父。長いこと家にいなかったのだから、少し家にいなよ」と僕は骨になってしまった父に言った)と思い、親子三人で一年一緒に過ごした。そして、一年後、母も一緒に父の葬儀をして、父の骨を納骨した。
 母も同じがいいだろう。もう少し家にいたかろう。僕もそれがいいと思って、母の骨を家に置いて、僕は、母の供養のために勤行の日々を送ることにしたんだ。世間の常識では、ないことだけどね。そういう必要が我が家はあると僕は思ったから。そして、一周忌において、代替わりした住職に事情を話して、父の時と同じように家族葬で母の葬儀、納骨の儀をして頂いた。そこで母は、住職に引導を渡された。母の骨はその日、墓地にある我が家の墓の父の骨の隣に僕の手で納められた。
母には月を抱いた戒名がつけられた。

さようなら。お袋ちゃん。
ありがとう。


㉞連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 仏法僧の僧の力とは、そういうものなんだろう。住職に引導を渡されたその日から、母の気配は、なくなった。僕は、そうなると予測していた。それと共に、聞かずの霊楽の気配も消えていった。もしかしたら、霊楽のやつは、母付きだったのかもしれない。彼女は、面倒や厄介なことや怒りたくなるようなこともあったな。でも、僕が人生においてかつて経験したことの無い最大の悲しみに直面して泣きも叫びも嘆きもせず(僕は父母にそう育てられた)堪えている時に、その僕を癒していてくれていたと思う。
『おんさんまやさとばん』
          三摩耶戒真言
母よ。
『おんあろりきゃそわか』
         観世音菩薩真言
『おんあぼきゃべいろしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん』
            光明真言 

父よ
母よ
そして
霊楽
美霊よ

悠久の時の中
矢のように時はゆく


㉟連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』  

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 僕は、自分を、霊能力者だとは、思っていない。ましてや霊媒師ではあり得ない。独学で真言密教を学習して、勤行を始めたけれども、僧でもあり得ない。では、なんなのか。発端は、母が読みたいと言っていた『般若心経』を自分が読むということ。そして、その世界があるということに気づいた故、母が逝く極楽浄土がいったいどのようにして、何処にあるのかを知りたいと願った。それは、求道者ということでもないと思う。信心を持った探求者、追求者という言い方が最も近いかもしれない。それゆえ、その信心をもって、願ったその思いが通じ、
「お前がわかったことは、人に伝えろ。」
と言う声をもって、その世の何者かと契約が交わされたかもしれないと思っている。そして、いつか、僕にそのことが、見えたときに、それは伝えられたということになるのだろうと思っている。その声は、
「お前の願いは、わかった。では、これから、お前が見えたり、わかったことは、人に伝えろ。」
とは、言っていない。だから、契約とは、一方的な僕の解釈であるかもしれない。ただ僕は、自分は、今、こういうことをこういう理由でやっていて、それで独自学習、研究しているけれども、自分が見えたり、わかったということは、人に伝えてきた。それを伝える僕を、人がどう思うかは、人それぞれだと思うけれどね。そういうことを、人にむやみに話すことは、僕にとっては、危険であるかもしれないことは、無論承知の上で僕は、そうした。これは、仏教的には、灌頂的な意味合いがあるのだろうと思っている。僕は、契約を交わしたのだから、約束は守らなければならないと思っていたんだ。

空海は、
「此の身を捨てずして、神境通を逮得し、大空位に遊歩して、而も身秘密を成す。」
と『即身成仏義』の中で言っている。

ダライラマ十四世は、
「仏は自ら手を差し伸べるということは無い。また、我々に悟りを伝えるということもしない。ただ我々は、真実の教えをもってそこに到達する。ネルヴァーナ(悟り)は、究極の現実である。」
と言っている。

 今、僕は、そのどちらも真実だと思えるし、そう実際に思っている。ただ、それは、こちら側の境地であって、仏教的に、覚り、悟るということだろう。即身成仏、即ち、生きながらして、仏の境涯に入ること。果たして、空海は、此岸も彼岸も一望し得ていたのであろうかと思う。クンドゥン、ダライラマはどうだろう。ここで僕は、仏の境涯を体得することと、彼岸、極楽浄土は、何処にどのように存在し、そして人魂はそこでどのように棲んでいるのかを知るということは、そういった仏教思想とは別のテーマであると認識することになる。
 母が言っていた。
「ゆっくりみていけばいい。」
もまた、ゆっくりみていけば、仏の境涯がみえ、悟りに近づき、全てを克服するということではないかと思う。それを体得するということは、人類にとって、哲学、思想上の進歩であると思える。それは、やはり、究極の現実だろう。しかし、誰かが体得すれば、悟りの薬みたいなものができて、望めば誰でも体得できるというものでもないので、極個人的な進化であり進歩かもしれない。では、此岸と彼岸を一望することは、それができたならどうだろう。それが叶うとするならば、それは、人類の生物学、物理学、自然科学等の認識を新たにする現実ということになるのではないかと思う。それは、人類の世界観、その認識の進歩ということになると思う。
 現在においては、その学術的研究を心霊研究/psychic research、或いは超心理学/Parapsychologyというらしい。僕のは、仏教学、密教学と心霊研究を融合した、いわば超真言密教心霊心理学/Super Shingon Esoteric Buddhism Psychic Psychologyということになるのかな。説明的命名になったので、ちょっと長すぎるけれどね。少なくとも、僕の場合は、その過程を経なければそこに至らなかった。

『六大無碍にして常に瑜伽なり。四種曼荼各々離れず』 空海
(この世の六大要素が融合して、四種の曼荼羅も離れることはない)

㊱連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』  

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 ああ。美霊。君は、何も僕には語らないし,これからも、語ることはないだろう。僕は、何かの仏教解説の書で、空海が経文を唱えると地からありとあらゆるものが這い出してきたという話を読んだことがある。それは、仏のみでなく、また聖悪に関わらず、この世界のあらゆる霊的なものということだろうと僕は、思う。だから、異常なほどの霊的現象を体験したときに、全く混乱を気さないこともなかったけれど、僕がそれでも、比較的冷静を保てたのは、空海のことを思えばという気持ちがあったからだと思う。
 だとするとだよ。美霊。僕がもし本当にあの世のものと契約が結ばれたのだとしたら、僕に起こったその現象は、僕の願いを叶えるためにいったいどんな意味があるというのだろう。僕は、今、再び、ゆっくりと熟考している。現世と来世、此岸と彼岸、この世とあの世の境界を超えて。美霊。世界の神秘を追求しようとする信心をもった僕のこの探求心に力をかしてくれないか。そうしたら、僕は、ひとり高みに立って、この世界の秘密を一望することができるのだろう。

㊲連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』  

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 僕の母の介護期の十年は、介護施設のデイサービスの助けを借りて働きながら五年。後半は、一時退職し、そこまで残っていた全てのローンを退職金で精算し、自宅において母の完全看護、介護の五年間であった。その後、母の勤行供養の一年を経て、母の一周忌の葬儀と納骨を境に、僕は長くてあまりにも速く過ぎてしまった母との介護生活とその後一年の母の供養の日々に終止符を打った。
 そして、僕は、もとの職の現場に戻った。僧侶の修行とは勿論違うとは思うが、解釈、思考、思索を重ねながら、勤行をしていた一年間の修行のような生活は、母の介護をして過ごした十年と合わせて、僕の仏教方面に対する感覚を確かに研ぎ澄まし、見えてきたものがあった。職場復職し、同僚とともに仕事をまた始めることによって、その感覚は、鈍って薄れていき、霊的な現象もすっかりなくなるだろうと思っていた。両立はしないはずだと、そう確信していた。
 しかし、確かにはっきりとしたような霊的現象は、なくなっていったけれど、数年たっても、誰ともわからないうっすらとした気配や声は、まだ感じとっていたし、美霊の存在は、今だに、あるのがわかった。僕は、両立している、両立できるのかと思うようになった。勿論その両立の過程において、職場でそういった感覚を察知することはあったが、公私混同を避けるために極力それは無視することにした。

㊳連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』  

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 介護生活と勤行期に、写真を撮ることが好きな僕は、その欲求を抑えきることができず、いつしか庭に咲く花や樹木の微細な花を撮るようになっていた。そして、ああ、こんなにも美しい被写体がこんな身近にあったんだと思うようになった。かつて写真は海を渡ってそこに暮らす人を撮るものだと思っていた僕は、それを知らなかった。庭木の樹木の剪定、整備をしつつするその写真撮影の中で、庭の花や樹木が僕に、ほら、今撮って!と促しているような気さえした。僕は、ほんの狭い我が家の庭というフィールドで、おそらく人がじっくりとは見ていないだろうと思われるような微細な花、花弁、雌しべ、雄しべ、咢まで撮るようになっていた。その頃には、僕は庭の樹木、花に話しかけるようになっていた。また、無言の樹木や花の声さえ聞くようになっていた。庭に飛び来る小鳥や野生の鳩、鴉、花に現れる蝶や樹木に現れる昆虫の声も聴いた。僕は、その中に既に、自然の顕れ、精霊を見てその声を聞いていたのかもしれない。

 その影響があって、僕は、復職したあたりから、移動資金を手にすると、自然を捉える風景写真に興味を持ち、休日のたびに、スマホを持って車を走らせた。なぜカメラでなくスマホだったかというと、母の葬儀を終えて、職場復帰したときに、僕がこの十数年で変わったものはなんだ?と周りを見回すと。このスマホによる情報革命と、またアップルが提供する性能のいい携帯カメラ(オート機能が優れている)による写真革命だと見てとったからである。写真革命とは世界中の誰もが写真を撮るようになったということである。スティーブ・ジョブスは世界に情報革命だけでなく、写真革命をももたらしたのだと思う。
 (米国がどうして、そんなに性能のいい小型カメラを作ることができたのだろうか?コダックの技術なのか?おまけに言わせて頂ければ、PC、OS開発もなぜ我が国じゃなくて、米国なんだとノートパソコンを開くたびに思ったものだった。
 だいたい米国の製品というのはパワーと大きさを持つが、我が国の製品と比べると大切りというか大雑把だと思う。自動車を見ればわかるように我が国の車の方が遥かに内装も含めて精密繊細だ。だから、米国がPCを牛耳るというのが納得できなかった。ということは米国は両極端ということなのか。デジタルの技術開発に長けていたのかもしれないと僕は思う。)
 そして、写真に戻ろうと思ったとき、僕はカメラバッグに単焦点レンズを幾つか入れて重いカメラバッグを肩にかけて撮る写真より、ジーンズの後ろポケットにスマホを入れて撮る写真の方が気楽で、楽しいと思ったからだ。その時の僕にはその気楽さが必要だった。スマホ一本で写真を撮り、スマホ一本で写真を処理し、ブログにブログ写真展として投稿していくシンプルなプロセスは、まるで、イージーライダーの気分だった。ヒャッホーッ!
 僕は撮ろうと思って先に買っておいた性能のいいデジカメの箱を開けることもなく、赤いアイホン(スマホ)を手にした。
 そして、この10数年で変わったものは、海外の人々から我が国の自然へ。僕の写真の志向だ。
 まず、母を慕い心配して介護中も遠くから何度も見舞いに来て、母もまた慕っていた叔父叔母が住むまだ春浅い会津から。叔父は、介護中に母を見舞いにきて、帰るときに、
「隆二。お姉ちゃんのことよろしく頼む。」
と必ず言った。その言葉を僕は忘れない。叔父、伯母は、僕が連絡も無しに突然訪問したのを、驚いていた。先方には、迷惑かもしれないと思うけれども、どういうわけか僕は母の介護後にそういう癖がついた。行って先方の都合が悪ければ、また来ればいいくらいに思っているのである。
 勿論、二人は僕が復職したのを大いに喜んでくれ、大歓迎してくれた。僕は酒好きの叔父に地酒の菊泉を持って行った。
 会津で、僕は、磐梯山を様々な角度から撮ってから、観音堂、猪苗代湖、鶴ヶ城を撮った。そして叔父が育てる家庭菜園の野菜を撮り、家の前にある小さな公園に咲く白梅の花を撮った。春まだ浅い会津は、厳しい冬に耐え、来たるべき春の息吹をじっと溜め込んでいるようであった。そのエネルギーを大地に湛え、その時をただ静かにしんしんと待っていた。


㊴連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』  

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 その年の春、僕は自宅にある桜の花に魅せられ、桜に憑かれてしまった。それで、桜の花を追いかけて、再び会津を訪れた。
 あの時感じた通り、会津は、春を桜のみならず、謂わば、全景全魂で謳歌し、僕はそれを十二分に見てとることができた。その旺盛な会津の春の息吹は、僕の心身をも癒し、満たしてくれた。桜は、どうかというと、儚くも輝くように咲き誇るその不思議な美しさに僕は恋してしまった。 
 それで、会津で別れることができずに、弘前まで追いかけることになるのである。その日、弘前に着いた時には、既に日は落ちていた。弘前城近くのパーキングに車を停めて、急く心で速足で歩いて堀に着くと、堀の桜はもう既にほぼ散ってしまっていた。あぁ、間に合わなかった。口惜しくてちょっと涙ぐんでいる。桜の奴にもふられてしまったなと思う。ここまでひたすら走って来た疲れも手伝って、意気消沈して公園の中に入っていく。すると、
「遅かったのね。」
と離れたところから声が聞こえる。もしやと思い、声にまた速足で近づいていく。公園の中で、大きな枝垂桜が咲いている。
「逢いに来たよ。」
と僕とひとこと言うと、同時にシャッターをきっている。様々な角度から、そしてクローズアップに至るまで夢中になって撮る。決して明るいとはいえないライトアップされた光の中で、その光をとらえて。
「逢えてよかった。今日もほんとに綺麗だよ。」
 僕は、天守閣のある場所まで入っていって、
「こっちよ。こっち。」
と僕に囁いたり、
「私が見える?」
と次々と僕に声をかける桜を閉園時間まで夢中で撮り続けた。
 翌日は街を歩いて、弘前の街並みや古風な建物とともに、僕が出逢った桜は、全てアイホンに納めた。まだ、人出の多い中、昨晩の弘前城の桜にも逢いに行き、陽光を浴びた桜を再び撮ったけれども、桜は澄ましきっていてひとことも声を発しなかった。
昨夜の桜の呼びかけや囁きは、僕が桜に再会できた高揚感が引き起こした幻影だったのかもしれない。

 僕は、川を渡って街を出て、岩木山のふもとで逢った満開の桜も撮った。裾野を広げ頭に白く雪を頂いた岩木山はまた格別に美しかった。思わず手を合わせたくなる。
そして、もう既に、綺麗に林檎の花も咲き始めていた。そこで、ひとこと。
「岩木山には、林檎の花がよく似合う。」
 遡ると弘前の林檎ロードと融合した桜に初めて恋をしたという僕の桜ロードの撮影の旅は、僕の心身を癒してくれていたと思う。桜に感謝しなくてはいけない。

㊵連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』  
#創作大賞2026 #

ミステリー小説部門

 この弘前の写真撮影には、後日譚がある。弘前の写真を撮り終えて、桜と戯れ、桜との恋心を満たした僕は、古民家風のまだ若いマスタ―がやっているカフェを見つけて、車を停め、エスプレッソを飲んだ。
 その珈琲の苦さが旅先での安堵感を味覚を通して僕に供給してくれた。遊びの中でも何処かホッとして、僕はいま考えていることをその若いマスターに話した。自分の写真で作ったポストカードを彼に渡して、こんな写真を撮っているというような話をしたあとに。
「昨日、弘前に来て桜の写真を撮ったんだけどね。今、恐山に行くか帰るか迷ってるんだ。」
そう言うと、若いマスターは、
「せっかくここまで来たんだから。」
と迷いもなく即座に答える。僕は、恐山は、また改めてという思いがあったけれども、それは確かにそうだなと思い、そこで携帯を使って、むつ市のホテルを予約して、恐山に向かうことにしたんだ。そして、僕は車に乗り、下北半島に向かう。
 春なのに風に吹かれると、肌寒いというより、本当に寒かった。それで、国道沿いの紳士服店に寄って、
「上着を持ってこなかったから寒くて。」
と女店員に言って、薄めの合羽にもなりそうなブルゾンを買った。車が下北半島に入ると風力発電機が何本も立っている光景を見た。菜の花畑がある。その図は一見、近未来的で美しくもあるが、田舎の自然の風景の中に高い風力発電の塔が立ち、巨大なプロペラが回り、タービンを起動させているというのは似つかわしくない異様な風景でもある。以前、走った時は、なかったなと思う。実は、恐山に訪れるのは二度目なんだ。その時は、お袋もまだ元気で、会津の叔父叔母宅まで車で送って僕はそのまま青森に向かって、ねぶた祭を見て青森に一泊して、その帰りの恐山にだった。今のように深い信仰心や経験を経ていなかったので、恐山の印象というのが、情けないことに赤いかざぐるまが回る光景だけだというのだから笑わせる。でもどうだろう?若い時っていうのは、みんなそんなもんなんじゃあないかな。ねぶたのドンッ!ドンッ!というあのリズムと「らっせー!らっせー!」という掛け声、そしてなんとも色艶めかしく鮮やかで見事な山車の印象のほうが強すぎたというせいもあるかもしれない。
 やがて、僕の車が、むつ市に近づいてくると、天気が崩れ始め、雨が降り出した。風も吹いてきて一時的に嵐のようになっている。恐山が怒っているんじゃないだろうなと思ったりしたが、いや、それはないだろう、むしろ迎えているのかもしれないと解釈し直した。僕は左に広がる陸奥湾の荒れた海に何故か心が惹かれた。車をパーキングに停めて、海辺まで降りていって、その写真を見れば怖いと人が思うような波がうねり逆立つ写真を雨に打たれながら撮った。何枚か撮った。撮りながら嵐に打たれ身を清めるという思いがあり、打ちつける雨が心地よかった。そして、シャッターを切るごとに無意識の祈りが重なっていた。
 荒れる陸奥湾の海に向かってその写真を撮り、恐山に再訪を告げ、ひとり無意識に祈りを捧げる僕がそこにいた。
 その日は、ホテルに着くと近くの大衆食堂でカツ丼を食べて寝た。食堂のおやじが、
「ここに住所と名前、電話番号を書いて下さい。」
と言っていたので、それを書いた。一瞬、なんで?と思ったが、コロナ感染がこの店で起こった場合の対策なんだろうとすぐ僕は理解した。そのころには、雨は止みすっかり天候は回復していた。やっぱりあの嵐は、半島にありがちな一時的な気候変動だったのだろう。
 翌朝、ホテルで朝食を摂るとチェックアウトして車にバッグを入れ、ホテル界隈を少し歩いた。良い天気だ。むつの街は僕にとって、少しノスタルジックだった。それを感じさせる路地の写真を撮った。それから車に戻って恐山に向かった。前回の参拝はあまりにもお粗末だったので、今回は、そのお詫びの意味も込めて丁寧に参拝したいと思っていた。 

㊶連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』  

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 「死ねば、恐山(おやま)さ行く。」
とこの土地の人は言う。山を登り始めたころからもう僕は、すでに恐山にいた。
陽射しが木々の間から差し込みキラキラと光る中、くねくねと山を登るその道の両脇に現れる石仏を僕は認め、一体一体に手を合わせてからその写真を丁寧に撮った。脇に咲く草花の写真も撮る。小道があれば分け入って行って、そこに現れる光景や植物を切り取ってスマホに収める。
 最澄の弟子の円仁が「東方三十日余りのところに霊山あり。地蔵大士を刻してその地に仏道を広めよ」という夢を受けて、唐から帰国後、諸国行脚の末、恐山に至り地蔵菩薩を彫って安置し、恐山菩提寺を開山する。比叡山、高野山と並ぶ日本三大霊山のひとつである。ここは、本州の最北端、正に最果て、この世の果てなのか。
 硫黄の匂いが漂う宇曽利山湖、太鼓橋を撮ってから、恐山のパーキング奥に車を停車する。総門から入り、本堂前に咲く満開の桜の写真を撮る。ここでも逢えたねと僕は心でそっと言う。本堂を参拝してから、丁寧に礼をして大きな山門を入る。線香を捧げて、地蔵殿をお参りする。それから、地蔵殿左に広がる地獄と極楽巡りのような、まるでテーマパークのようなエリアを歩く。ここは、僕のいる関東地方にある浅間山麓の鬼押し出しに似ているなと思う。しかし、転がっている石の色が違う。鬼押し出しは一面の溶岩で黒一色だ。僕は、血の池地獄を経て、極楽浜に至る。浜には、白砂が広がり、湖は、藍、青、緑、白緑、白黄の錦で、得も言われぬ色合いを示している。その光景を見て、僕はちょっとホッとした。何故だろう。ひとつは申し訳ないが、テーマパークのようなそのあり様は、この恐山を安っぽいものにしていていささか興ざめしていたのと、今回はお詫びの気持ちも込めて丁寧にお参りしたいというテーマがあったため、このエリアでも逐一賽銭を捧げ手を合わせてきたので、我ながら少々息が詰まっていたのかもしれない。そして、湖上の空の青、流れる白い雲。見てきた人工的なものやゴツゴツした石、岩に対して、恐山が作り出す美しい自然の光景に心打たれたのかもしれない。僕は肩の力が抜け、安楽な放心状態になる。これが極楽なのか?

 恐山菩提寺の一角で、極楽浄土に似た光景と心情、円仁和尚の魂を見る僕がいた。

 この恐山には、三つの温泉浴場がある。僕はそのひとつの境内中央にある薬師の湯に入ることにした。コロナ感染拡大のさなか、温泉に浸かる観光客、参拝者はほとんどいない。しかし、そのお湯に浸かっていると、ひとりの若者が入ってきた。彼はさっさと服を脱ぎ、お湯に浸かり、満足するとまたさっさと服を着て出て行った。実に手際がいいなと僕は思う。そういう時勢なので、二人は話は交わさなかったけれども。僕も彼も互いに親近感を抱いていたことは確かだった。それは、今回の恐山参拝の僕のサブテーマだったのだけれども、ようするに恐山で温泉に入るという。その共同目的からくる親近感だ。僕は、湯に浸かりながら、桜を追うことで始まったこの旅の疲れと緊張感が身体の芯から今癒されていくのを感じていた。そこには、桜、恐山、湯の三つのテーマを達成したという満足感も含まれていた。そして僕は、恐山中央にあるこの薬師の湯に身体ごと浸かり、自分が恐山の一部になっているような気がした。そして、そのことが、僕をさらに安らかにしていた。だいたい、日本三大霊山と言うけれども、境内に温泉浴場があるというようなこんな長閑な霊場が他にあるだろうかと思う。それはこの土地の人の気質のあらわれであろうと僕は思う。これこそが極楽、即身成仏ということではあるまいか。

 恐山境内中央薬師の湯に浸かり、まさに霊場と一体化して、その一部となる僕がいた。

【恐山追記❶-円仁編-】
地獄
行くまえに
見ておけ


というキャチコピーが、昔、映画『地獄』が封切られる前にありました。確か、山崎ハコがテーマ曲を歌っていました。僕と一緒に山を登り恐山に至り、参拝をして、広い境内巡りをしよう❗️あなたにも何か見えてくるはず。疲れたら、境内にある温泉♨️に入って休もう❣️

 次の文は、その時点で恐山、開山の円仁から僕が教えられたことをまとめたものです。
写真展を見たあなたにも恐山が伝えようとしていることが見えるはずです。

『円仁が恐山でやりたかったこと。何故、延命地蔵を安置した菩提寺の境内に地獄図を現出したのか?』

❶恐山のこういった地獄を現出するような意図は一体どこにあるのかと僕は思う。恐山の表参道をまっすぐ行くと、円仁が自ら掘った地蔵菩薩が安置された菩提寺がある。その寺の向かって左側、寺からは、右側の宇曽利湖を含む広い敷地内に、地獄巡りのようなルートがもうけられている。
それは、ある意味、地獄巡りのテーマパークのようでもあり、恐山の三大霊場としての威厳や、格式、品格をおとしめているような気がしたのである。だいたい地獄というのは、極楽浄土の対極にある物だろう。比叡山も、高野山もこういう演出のようなものは、一切無い。それが恐山を訪れた時の僕の最大の疑問であった。

❷円仁は、蓮の花型に外輪山が取り囲むこの地の宇曽利湖のほとりに恐山菩提寺を開山した。それは、大いに納得ができることである。しかし、108の地獄の様相があることも認めた上で開山に至っているのである。となると地獄と恐山、地獄と円仁、そして本尊である地蔵菩薩の関係性を解き明かさないことには、僕は、一生、このことで頭を悩ますことになる。そう思ったのである。

❸地蔵は、インドの大地の恵を司る神で、菩薩は、悟りを開くために修行する者を意味する。インドの神が仏教に取り入れられて地蔵菩薩が誕生した。そして、全ての人を救う修行を課せられる。釈迦が亡くなり、その代わりにこの世界に戻ってきたのが、地蔵菩薩である。インドから中国に仏教が伝わったとき、全ての人を救う地蔵菩薩は、あの世でも人を救ってくれると考えられ、地獄にいる閻魔大王と同一視されるようになる。ヒンドゥーで冥界の王として死者の生前の罪を裁く閻魔大王は、仏教では、救いの神として取り入れられ、地蔵菩薩の化身として重ね合わされるようになったというわけである。
 ゆえに、円仁がこの恐山を開山し、教え伝えたかったのは、地蔵菩薩と閻魔大王の二面性が重なった仏の世界の現出であったのだと思うのだ。地蔵菩薩は、閻魔大王である。

❹歴史ある仏閣、霊山を訪ね、開山の教えや実践に触れるとき、僕は、時代を遡って、粛々と熟考、思惟をしつつ、感情移入をしていく。「般若波羅蜜多」その精神の実践に関われること、人として生まれて仏に触れられることに感謝する。仏教思想、哲学、宇宙観と世界観、形而上学的な人間の精神の歴史を思う。現実と非現実の狭間で。

❺現実と非現実。
勿論、観音様が通りの向こうから手を振って、微笑みかけることは無いし、日向ぼっこしている地蔵様の鼻歌を聴くことも無い。ましてや、閻魔大王が居眠りしている僕の頭を小突くなんてことは、ありはしない。
それは、この素晴らしい世界の見えない力として存在しているということなのだ。リアルに。
そして、下北半島恐山は、今も津軽の人々のリアルとして存在している。

❻地蔵菩薩と閻魔大王が同一であるという概念は、平安時代には、日本に定着していたそうである。
そして、現世と来世を繋ぐ地蔵菩薩を本尊とする慈覚大師円仁の恐山は、そのおおらかさゆえ、津軽の人の信仰を集め、慕われているのだと僕は思う。
(そのとおりです。地蔵菩薩と閻魔大王は、真逆の存在のように見えますが、同一です。)


㊷連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』 

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 こんな風にして、僕は、週末、休日には、その時々に思い立った地へ車を走らせて夢中になってまた写真を撮り始めたんだ。それは、思い立ったらどこへでも、日本列島を東西南北走りに走って写真を撮った。その地を挙げてみると、会津、弘前、恐山の後、姉の棲む千葉の九十九里、さらに伊勢、高野山、横須賀、諏訪、碓井熊野神社、桜島・・・・というように。そして、今は、僕が住む土地から見え、慣れ親しんだ赤城、榛名、妙義、いわゆる上毛三山に再び車を走らせて、山道を歩き、沼のほとりを歩き、岩山を登って、写真を撮っている。
 その僕の写真には、母の介護と勤行期を経て、以前とは明らかに違う新しい視点が加わったと思っていた。しかし、今は、僕が撮っている写真は、根本的に変革したんだと思っている。かつて僕は、アジアから中南米の旅をして、そこで暮らす人々を撮り、ドキュメント風に作品にして発表するという手法を撮っていた。その作品群は、写真メーカーのギャラリーの選考を経て評価され、ニコン、オリンパス、富士などの写真メーカーのギャラリーで写真展を開催するに至った。僕の写真家としてのその頃の立場は、セミプロ的なアマチュアということかな。売れる写真を撮ったり、商業的な写真を撮って、写真で食っているわけではないからね。恐れ多くも、沢田、沢木、藤原信也、長倉洋海、エルスケンというようなジャーナリスト、写真家に憧れた僕は、あくまで自分が撮りたいと思うドキュメントタッチの芸術写真路線を貫いていた。そのことが、僕の写真の魂で、命とさえ思っていた。その時、僕には世界中を廻って、写真を撮るという構想と夢があった。ところが、今はどうかというと、海の向こうの被写体を求めるより、我が国、国内に被写体を求め、人でなく、自然、風景を撮っている。簡単に言ってしまえば、テーマにおいて、海外で人を被写体にするドキュメントから国内で自然を被写体にする風景写真に変わったということになる。これでも、僕の写真は根本的に変わったといえると思う。
 しかし、それでは、視点を変えたということもできるし、またそれは、戻すこともできるだろう。根本的というのは、もっとどこか深いところで変わったものがあるということなんだ。写真を撮る姿勢としては、原則として、写教分離と思っている。写真と仏教は、別で分けて考えるということである。具体的にはそういった思想を持っていたとしても、被写体に仏教的宇宙観や、精霊を見てそれを意識して、撮影するということはないということである。寺社仏閣、仏像を撮影するときは、別であるかもしれないけれども。ところが、こう言いながら、僕は自分のこの発言にどこか矛盾があることを感じている。僕は、現在、写真を撮るために歩きながら、自分に映るもの、自分が出会うもの、自分が感じるものに関して、その中に自然の現れ、精霊のようなものを意識していることは、確かだからだ。また、輪廻して転生し、人が動物に生まれ変わるということは、無いとしても、地上の小動物や野生動物にも、なんからの霊や精霊が一時的に宿ることがあるということは、僕はもうわかっている。
 では、根本的に一体何が変わったというのだろう。かつて自分は、人を捉え、ドキュメントを作成するにあたって、極力その土地の人とのコミュニケーションを図り、また被写体に出逢うために、その土地を歩いて歩いて歩き回っていた。その被写体は、自分の外に存在するという認識があったと思う。だから、その土地の人と話し心を通わせることに努力していた。そして、写真を撮らせて頂くという順序だ。今、僕が撮っている写真はどうだろう。被写体は僕の外にあるという認識はない。僕もまたその被写体の中にいるという認識である。僕は被写体の一部である。そういう感覚で、自然、風物、世界を捉えている。僕と地続きの被写体を撮っているという感覚なんだ。写真の世界には正にこれが森羅万象なりというような、本当にこの世のものとは思われないような美しい神秘的な写真を撮る人がいる。それは日常的には、人があまり足を踏み入れないような地や場所で撮られることが多いと思う。だから、いつか僕のこの写真も、見る人に何の違和感を感じさせることなく、街、建物、寺社仏閣、山、川、海、空、太陽、月、雨、風、樹木、草木、花・・・その神秘をも捉えて、人の日常、生活圏でとらえた森羅万象に向かうと思う。その風景は、森羅万象とは言わないだろうという人もいるかもしれないけど。僕の写真を観たら、そういうあなたもその写真の中に宇宙を見るかもしれないよ。
 それから、写真を展示する手段も変わったんだ。自分の写真を守るということは、写真をやる者にとっては大切なことだとはわかっていたけれども、僕はギャラリーでの写真展は止め、金と手間と時間を節約して、ブログ写真展を開催して、スピード感を持って、SNSで撮った写真を公開することにしたんだ。そのうち僕は、ブログ上で、ブログラファー、スマグファー宣言をしようと思う。いいだろう? 

嗚呼。
美霊よ。

色不異空 
空不異色      『般若心経』


㊸連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』 

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 美霊。僕は、少しわかってきたよ。ゆっくりと少しずつ見えてきたよ。かつて、僕に起こった激しい霊的現象は、その介護生活、勤行生活中は、家の庭へ、そして写真を通じて、その体験を経て得た精神、魂を持って、僕の目をもう一度、世界に向けさせるためだったんじゃないかって思うんだ。違う?そうに決まってる。君は、きっと頷いてくれていると思うんだけどな。どうして君は、何百年も前から、僕がこの世界に生まれ出るのを待って、僕に会いに来たんだろう?なのに、何も話さない。もしかしたら、あの現象の全てが君の仕業だったのかもしれない。僕にはわからない。でも、君が今でも僕の傍にいるということは、僕はわかってる。美霊。あの契約は、確かに結ばれていたんだろう?そうだろう?なぜなら、僕の探求心、追求心は、日常の中から、確かに何か神秘的な大きなものに導かれ、それを捉えつつあるのを感じている。
 だとしたら、美霊。君は、僕が君を感じ、見え、理解することがわかっていて、時を経て、僕に会いに来た。何かを僕に伝えるために。あの時期から今に至るそういった現象の全てを必然とするなら、僕は、必ず、この世界の秘密、神秘のひとつを解き明かさなければならないね。君のためにも。僕のためにも。そうだろう?

仏陀よ。
空海よ。
美霊よ。

アイザックよ。
そして、
アルベルト。
ホーキングよ。

般若波羅密多
般若波羅密多
般若波羅密多   『般若心経』 

【恐山追記❷-輪廻思想編-】
人々は
生まれ変わりたいと
願ったのではない。
輪廻から
逃れたいと願ったのだ


 輪廻思想は、原始仏教発生時より仏教思想に定着してあると思われる。それは、人は死後、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天道)を輪廻転生するという思想である。空想的な、非科学的かつ、非現実的な思想である。そして、それは、エンドレスという考えである。人はそうやって、別世界に再生し続ける。自らの業によって。
 このことを考察している最中に、脳裏に、そういった転生というものは、現世、現実の捉え方次第では、この現実の中にもあるのではないかという思いがよぎった。その世界、あるいは状態に入らないように、自らを制し、鍛錬、精進し、善と幸福に導くという理想や教えを想定すると、そしてそれが、理念に組み込まれ、教義となれば、現実的で、実践的な教えとして叶うのではないかと思う。というようなことを自分が思索するように、仏教は、仏陀が、その教えを説いてから、その真意を求め、様々な考察、熟考、解釈が加えられてきているのである。
 話を戻すと、そういうことで、『六道輪廻思想』の捉え方、解釈は多彩である。六道輪廻するゆえ、六道の中でも、三悪道は避けて、良い世界に再生するように現世において業から、脱却する。現世において六道を解脱、脱却し、六道輪廻を離れ、極楽浄土に生まれる。或いは、現世の所業により、天界か下界に生まれる。三つの解釈をあげたが、自分は仏教の教えとして二つめの捉え方をしていたと思う。この解釈は、輪廻して繰り返し再生しないことを願うという解釈である。
 しかしながら、自分は、現実的に六道輪廻は無い、六道輪廻思想を信じないという立場である。先に輪廻して再生しないことを願うという解釈をしてきたと述べたが、その解釈は、六道輪廻を認めた上でということになると思うのである。さて、ということは、六道輪廻思想を否定すると仏教の教え、存在の意義すらなくなってしまうのか?
 そうすると、仏陀は、輪廻思想を持っていたのか。そしてそれを説いていたのか。ということが、仏教の輪廻思想を考える上で根本的な鍵となると思う。仏教聖典によると、仏陀が持っていた輪廻観というものは、同時代の所謂、バラモン僧が見ていた肉体的、精神的な活動によるカルマによるものというものでなく、心の中を過ぎ去るもの、心理学的なものであったということである。それゆえ、仏陀が目指していたものは、六道輪廻からの脱却というものでなく、六道輪廻思想そのものからの離脱、解放であったのではないかと思う。とはいえ、そう言うなら、六道輪廻があるということは、仏陀も認めていて、それからの解放を求めていたということになる。 
 単純にして実に複雑である。とすると、現実的に、六道を輪廻するように迷い続ける精神状態からの解脱、解放という解釈もできる。
それが、空海の言う即身成仏、即ち、悟りということなのか?

 いや、まてよ、そんな単純なものでもないだろう?

 そこで、また、その仏教発祥時の遥か遠い昔に自分をおいてみると、仏陀や多数のバラモン僧がいる。六道輪廻を信じないと言った自分の世界の捉え方は、仏陀に近いと思う。そこで、仏陀が残した言葉の考察に入る。そこにこそ答えがあるとは思うが、その解釈も道を開こうとするものによって日本においても宗派の別による解釈や理念があるように、いわんや、インドにおいても、中国においてもである。様々な解釈があるだろう。それは、発祥以後の話だ。だから、中国訳やサンスクリット原典で自ら解釈した時の自分のものに拘る。どんな解釈があろうと真理や真実は、ひとつであると思うから。それで、仏陀の理念から離れてはならないというのが真実に近づく。仏教聖典の仏陀の言葉、理念、教義といっても、おそらく膨大なもので、その中から、真に仏陀が説いた輪廻思想についての持論を探し出すようなことは、自分には不可能だ。中国訳の大般若心経ひとつとっても、その教文の量たるや目眩がするほどである。だから、エッセンスである。「般若心経」から入る。「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時・・・。」
पञ्च स्कन्धाः, तांश्च स्वभावशून्यान्पश्यति स्म
カンビィラヤム ブラジャーナパーラミターヤム
ほら、自分は、ここでまた、生じたひとつの迷いから、仏教思想、特に真言密教の追求、研究を始めた初期段階に戻って、一度すっかりクリアした筈の原点に戻って、すでに思考が輪廻し始めている。輪廻というのはまさにそういうことでもあると思う。それも、エンドレスで一度その輪廻に入ったら抜け出せないような気すらしてくる。

 ところで、なんでそんな単純なものでもないだろうと思ったのかというと、自分が生きて経験してきた世界、また自分に見えている今現在のこの世界と合わせて、検証してみると、ということだ。目に見えるものと目に見えないもの。現実と非現実とその狭間、境界。それらは、入り組んで、この地上に君臨している人類を抱きつつ、この世界を形成している。宇宙の神秘も合わせて、世界はそんな単純なものでもないから。存在しないと思われるものが存在するし、存在すると信じたいものは、存在しない。
 自分は、その答えは、最終的には、一切のこういった理屈、理念をも超えたところにあると思っている。それが、無明を離脱する光明というものだろう。

 もしかしたら、これで、いいのかもしれない。自分の中で解決に至っても、現実世界が解決するということはないと思うから。自分には、今は、それが、単純なことのように見えるようになっているということかもしれないから。
 そうして、所謂、理屈。仏教哲学、理念そのものから離れたときに、自分は、そのもの自体になっているということだろうから。
 今、自分は、親鸞が言った「願わくば仏、我を念じ給え。」ということが頭というより、全身で理解できるような気がするのである。 

※参考:ブッダは輪廻思想を認めたのか/望月海慧 (身 延 山 大 学)

㊹連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』 

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 ある日、昼の食べ歩きをしていた僕は、食べ終わって、蕎麦屋を出たときに、ある女性とすれ違う。朗らかで明るい感じのその人は、すれ違いざまに僕に、
「こんにちは!」
とその人は明朗かつ大きな声で、挨拶をする。山ですれ違うとかなら、そういうこともあるれけど。珍しい人だなと思うが、その女性は、全く嫌な印象はないので、僕も、
「こんにちは!」
と元気よく挨拶をする。
すると、その女性は、
「あっ!ちょっと。」
と僕を振り向き様に、何かに気づいたように、呼び止める。それで、僕たちは、蕎麦屋のこととか、束の間、立ち話でちょっとした世間話をすることになる。
 その女性は、僕の勤め先のこの隣り町の市会議員をしているということが、分かった。道理ではきはきして、元気なわけだと僕は、思った。最後にその女性は、鞄の中から一冊の本を出して、
「この本を持っていて下さい。」
と言う。見ると。『信仰の法』大川隆法とある。
「私は、こういう本は、読まないから、別の人にあげて下さい。」
と丁重にお断りすると、嫌な顔ひとつせず、誠実そうな優しい物腰で、
「持っていて、下さい。そうすれば、あなたが、幸せになりますから。」
と熱心に言う。僕はその気持ちに負けて、頑なに断ろうと思っていたその気持ちが折れた。
 僕の信条としては、本を受け取るからには、読まないわけには、いかない。
「じゃあ。私は、この本は読みますよ。頂きます。」
と言って、その本を受け取って、その女性とは、そのまま別れた。 

 大川隆法という名前は聞いたことがある。「幸福の科学」の創始者だ。僕は、職場で休み時間を使ってその本を読んだ。経歴と内容から、隆法は、当初、米国で経済学を学んでいたが、ある心霊体験を経験したことによって、自分が選ばれた者という使命感を強く感じ、それを社会活動、宗教活動にしたということだと僕は思った。一方、僕は、心霊体験をして、使命感というよりも、探求心というものが起こって、形而上学、哲学的に個人的に解明しようという気持ちが起こったわけである。おそらく、隆法は、自分が当初学んでいた経済学と信仰を自分の中で結びつけたんだろう。
 隆法の本を読み進めて行くと、一ヶ所、僕にとって、大いに興味深い著述があった。経を唱え、勤行を行うような者のもとには、目に見えない様々なものたちがあらわれて、接触してくる。その中には、そのものをたぶらかし、まやかすものが多くいる。そのものたちは、あの世、極楽があんまり、平穏で平和で退屈になって、この世に出てくるのだという。隆法は、そのものを確か、「まどわかし」と表現していた。うまいことを言ったもんだなと僕は思う。僕は、この著述を読んで、僕と同じような体験をした人が確かにここにいるということを確信できて、しかも、現実的に起こることとして書いていることに、まず安心した。やっぱり、それは、僕だけじゃない、事実、現実なんだってね。実証しづらいことの心強い証言者を得たような気持ちになって、そのことで、隆法、それからその本を僕に渡したあの女性に僕は感謝した。「まどわかし」の見解はほぼ同じである。僕は、まどわかすことによって、自分を試しているのではないかと思っている。あなたに、話してはいないけど、僕にゾッとするような恐ろしいことを言ったり、四六時中友や人を疑うような虚言をほのめかしたり、僕が気に病むようなことを言うものもいた。霊楽もそういう傾向は、多分にあった。僕が話したのは、そういう心霊現象の中でも、誰かはっきりしていて、まともな例だよ。

【高野山追記】
 母の葬儀が終わり、僕はその夏から復職した。ここで、時間が少し遡るので申し訳ないが、追記ということで書かせて頂きたいと思います。
 僕の高野山初参拝は、会津の早春、その春の恐山までの桜紀行の前年の12月、冬休みに入った年の暮れだった。僕は日本各地、心にある土地を訪れて、写真を撮りまくるそのアクションが起こる前に、高野山を参拝していたということである。その高野山の巡礼には、一年間独学によって真言宗檀家信徒として、自ら母の供養を思い立ち、毎日修行のように勤行を勤めたその修行と供養の結願という思いがあった。そのために、宗派の本山である奈良の長谷寺を参拝し、半島を南下して、総本山の高野山に向かった。真言密教を独学で学び、同時に勤行を一年務めた僕は、母の供養を正式に僧侶にお願いはせずに、長谷寺では、興教大師覚鑁に、高野山では、弘法大師空海に直接、心で般若心経を唱えて母の冥福をお願いした。満願成就の思いとともに。
 豊山派の本山長谷寺の印象は、長い坂の回廊と、そこにある広い本堂。家で「南無興教大師」を唱えて経をあげることもあった。覚鑁に母のことをよくお願いして、僕は、高野山に向かう。
 どうやらナビが選んだ山を登る道は、旧道だったらしい。車で登り始めて気づいた。なぜかというと、その車道は舗装されておらず、幅が狭くて車一台がやっと通れるくらいの道だったからだ。この道で大丈夫なんだろうな?と一瞬思ったが、いや昔これが人々が高野山に参拝する時に歩いた道なのだろうと思いかえす。その道をナビが選んだんだと。空海を恩師と思って自分で想定した一年余りの修行から、空海との因縁めいた絆のようなものを感じるが、単に奈良の長谷寺からの最短距離をナビが選んだだけかもしれない。
 目の前が突然開けると、そこに高野町があった。長く細いトンネルを潜り抜けたような気分だった。ポカンとして。こんな山の上に町を作ったんだなと感動する。普通の町だが、なんだか別世界に突然自分の車が現れたような気分だ。
 車を金剛峯寺の前にある広い駐車場に停める。さて。宿の予約無しで思い立つままに来たから、ひとまず宿探しだな。車を出ると雪が降り始めた。雪か・・・と思う。恐山の嵐のように高野山が歓迎してくれてるんだと思う。なぜならあの山道を登る前や、登っているときには降らなかったから。僕にとって非常に都合のいい雪だからだ。僕は天を仰いで雪を見上げる。駐車場のすぐ近くに宿坊があったので、そこに入ってみる。ずいぶん古風な旅館だ。
「こんにちはー!」
間も無く、
「はーい。」
と言って女将さんらしき人が出て来る。
「予約無しで来たんだけど、一人の部屋は空いてますか?」
女将さんは、ちょっと間をおいて、
「ちょうど一部屋空いてます。」
にっこりしながらそう言った。
「じゃ。お世話になります。」
一発で宿が見つかるとはラッキー!ほくそ笑みながら宿帳を書いて、部屋に通されると、確かフロント脇の部屋だった。僕は女中部屋じゃないのかと思ったが、まあいいやということにした。予約無しでしかも午後も回っている。最短で部屋があっただけでも感謝!
 バッグから小さな仏の置物を出し、場所を選んで部屋に据える。これが僕の旅先の仏壇だ。合掌をして、光明真言を三度小さな声で唱え、無事に高野山に辿り着いたことに感謝する。僕の独学修行、勤行はまだ続いている。それが今日、結願するのだ。
 空海に早く会いたいという気持が僕を急かした。雪が降る金剛峯寺の山門で新年の飾り付けをしているので、それが終わるのを見届けてから、本堂に入り見学すると、すぐに奥の院に向かった。雪がかなり降っていたので、町の靴屋を探し長靴を買った。それで車に乗り奥の院に走らせる。奥の院前のやはり広い駐車場に車を停める。そして灯籠が立ち並ぶ参道を歩いた。雪のせいか人影は全くみられなかった。
 ひとり墓地が両脇に続く長い参道を雪を踏み締めながら歩く。クサッ!クサッ!という僕の足音が参道に響く。早く空海に会いたいからか、雪のせいか、幾分早足になっているのがわかる。時折、空を見ると雪は、巨大な杉並木が作る長い一筋の裂け目に、サラサラと滑り落ちてくる。いつしか歩きながら、無意識に僕は小声で般若心経を唱えている。繰り返し唱える。

観自在菩薩行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄
・・・・・
掲諦掲諦 波羅掲諦
波羅僧掲諦 菩提薩婆訶

すると、本堂に出たらしく、開けていて、人影がみられた。僕はそこにある建物を奥の院本堂と勘違いして、参拝する。どういうわけか、さらりと手をあわせる。その建物は、御供所で、大黒天、毘沙門天、弁財天が祀られている。狐につままれたような気分で、僕はなんだか呆気ない参拝だったなと自分でもその呆気なさ首を傾げながら、また参道を戻り、車に乗って宿坊に帰った。車道はまだ車が行き来していたので、雪は積もっていなかった。
 宿坊に帰るとすぐに夕食の時間になった。広間で、宿泊客が揃ってそれぞれ前に膳を置いて食べる。間隔は空けてある。精進料理のような夕食を食べるわけだが、驚いたことに宿泊客のほとんどが外国人なのだ。なるほどそういうことなんだと僕はすぐに納得した。
 食べながら、僕は早食いだ、やっばりあれは奥の院本堂じゃないんじゃないかなと気づく。その風格は感じなかったし、廟のようなものもなかった。だとしたら、僕はなんて間抜けなんだろうと思い、早食いをさらに慌てて食べて早々とご馳走さまをして食堂を出る。もう夜になっているが、もう一度引き返して確かめてみたくなった。
 雪の降る高野山の夜に宿から出ていく者はいない。おそらく僕ひとりが宿の玄関を出た。
 長靴を履いてさっさと車に乗り込み、既に知っている道を戻り、知っている駐車場に停める。車を降りて傘を片手に参道に向かうと、よかったぁ。ああ、よかった。参道は、両脇に立ち並ぶ石灯籠に火が灯され、その灯りでずっと奥まで照らされていた。
 雪は降り続いている。参道に積もり始めた雪を踏み締めながら、いつの間にかまた僕は般若心経を唱えている。朗々とというわけにはいかないので、淡々と唱えている。この先に空海がいるという思いだけがあった。そして、僕には、拝殿を間違えるような失礼なことをしたので、今日じゃなくてはダメなんだという気持ちがあった。午後に参拝した御供所まで来て、確かにここじゃないと確認した。ちょっとあたりをキョロキョロ見回していると、一人の外国人がいて、あっちだというように指差している。
なんて僕は間抜けなんだろうとまた思う。よりによって、日本人の僕が逆ならわかるけど、外国から来た観光客に、しかも奥の院に至る道を教えられるとは。僕は軽く会釈をして、
「サンキュー。」
と言った。彼はニコッと笑ってうなづいた。外国人のツアー客の小さな団体がガイドと共に来ていた。どうやら夜の奥の院ツアーというのがあるのだろう。
 御廟の橋を渡って歩き、石段を登って、奥の院の拝殿に至る。拝殿は綺麗な灯籠で煌々と照らされている。中央で僧侶が経を唱えている。僕は拝殿を深々と参拝する。拝殿を出て、明るい灯籠に照らされるまま、外の回廊を歩いて脇に回る。
すると、ひときわ光り輝くように灯籠に囲まれた空海の廟があった。賽銭を入れ、その前にひとり立ち、金剛合掌で手を合わせ、御寶號を三度唱え、空海を呼ぶ。

南無大師遍昭金剛
南無大師遍昭金剛
南無大師遍昭金剛

と同時に、僕の腹の底から込み上げてくるものがあり、僕は嗚咽しそうになった。
「うっ!」
その口を右手で押さえて、僕はかろうじて嗚咽を止めた。そうして、気持ちが治まると、僕は空海に母の冥福を丁寧にお願いする。空海は何も言わなかった。言わなかったが、重々承知でいてくれている。そう僕には思えた。空海に深々と頭を下げて後ろ足で退き、もう一度礼をして、廟をあとにした。
結願成る。満貫成就。雪が舞う高野山奥の院にて。

 そして、宿坊の部屋で夜10時に近くにある鐘楼から鳴り響く金剛峯寺の一日の終わりを告げる鐘の音を聴いた。雪は止むことなく夜通し降り続け、その日、高野山に降る雪は大雪になった。
 翌日、雪はやんでいた。しかし、雪があまり降らない所に住んでいる僕は雪道の運転が苦手で翌日、山を降りるのは危険と判断してやめた。空海がせっかく来たのだからもう少しのんびりしていけと言っているような気がした。それから、僕は近くのガソリンスタンドに行き給油してから、そこで簡易なチェーンを買ってスタンドのおやじさんに装着してもらった。装着する様子をよく見ていた。そして、のんびりするどころか、僕はせっかくだから、もう一度、金剛峯寺と奥の院を参道に積もった雪を長靴で踏み締めて参拝することにした。
 金剛峯寺では、昨日見られなかった厨房を見学した。
 そして奥の院の杉の参道を歩くと、時折、雪が杉の木からパサッと肩に落ちてきてかかった。ふと見上げる晴れた空に空海を思う。すると空海が微笑み、僕の肩を優しくたたいてくれているような気がした。

㊺連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』 

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 写真と仏に関する話が続いたので、ここでちょっと僕の日常の時間の経過を改めて振り返ってもいい?

 そう、期間限定の愛し恋しの信ちゃんは。あれから、あっという間に限定期間が悲しくも切れてしまって、母の介護が本格的に始まる前に別れたんだ。介護のことを思い出すと、とても両立はできなかったと思えるので、結果的にはそれでよかったんたんだと思う。僕は、限定期間の延長を申し出たい気持ちは山々だったけど、深く考えるのはやめた。そういう約束だったし、彼女の側に期間を限定する深い理由があるのだろうと思って、延長の申し出は諦めた。海を見て食事するレストランで最後のデートをして、彼女が家まででなく駅まででいいと言うので都内の地下鉄の駅まで送って、そこで彼女は降りた。車を降りると、地下鉄の駅の階段の入り口でもう一度体ごと振り返って僕に手を振った。そして、手を振りながら泣いていた。いつまでも手を振っていた。僕はどうしてあんなに泣くんだろうと思った。僕は泣かなかった。彼女と最後のデートをする前に、彼女との別れを悲しみ、ひとりで彼女を思って泣いていたから。そして、僕は彼女が泣きながら手をいつまでも振る姿を見て、これが僕の最後の恋かもしれないと思っていた。
 そうして今も、僕の最後の恋は記憶の中で泣きながら手を振り続けている・・・。

 父は僕が文学部に行くと言ったとき、
「男が文学をやってどうするんだ!」
と言った。

 僕の大学の卒論のタイトルは『太宰治「晩年-葉-」における私的考察』だった。同時に僕は麻美に頼まれて『泉鏡花「陽炎座」』も書いた。その時期は麻美が入れる珈琲を飲みながら眠れない日々を過ごした。

 麻美と同棲をして、文学三昧だった学生時代、僕は四人の先生を激怒させた。

 麻美は僕じゃなきゃだめだとあの時言ったけれど(そう言う時点で他の誰かと秤にかけているんだと思う)、僕を愛していたのだろうか?
それは僕とって幸せな恋愛ではなかったかもしれないけれど、僕だって、麻美を抱いてただ今を感じていたかっただけかもしれないのだから。麻美は一番長くそんな僕のそばにいてくれたのだから。
 そうだとしたら、泣いている麻美をおいてあの部屋を出なければ、僕は今、独りじゃなかったのかもしれない。

 マイルスのママはエバンスの『クインテセンス』をかけながら僕に
「やればいいじゃない。」
と言った。

 僕はジャズが好きで新宿ピットインだけでなく、高円寺の次郎吉にもよく行った。その時に、必ず寄ったイカしたジャズカフェがある。Najaという。桃井かおりに似た素敵な女性が珈琲を入れてくれた。
僕はその人に惚れていた。
 その頃、高円寺には純情商店街という通りがあった。

 フェアレディZの香織は、地方の大企業の社長の娘だった。僕は玄関のドアをおもいきり蹴っ飛ばして帰って行った彼女のことを忘れない。彼女は、僕の「強く儚いものたち」。

 僕は信ちゃんと口喧嘩くらいはしたかもしれないけど、信ちゃんの笑顔は、輝くように優しい素敵な笑顔だった。

 母は介護生活後半、僕のことをお母さんと呼んでいた。

 世界は、此岸・現世・リアルと彼岸・来世・アンリアル。そして、その狭間、境界でできている。

 僕が高野山での結願後、日本を走り回って撮りまくったスマホ写真は、ブログ写真展を構成し、その後、インスタグラムに移行して、独自の写真展を継続中である。インスタグラムで知り合った横浜のギャラリーのオーナーは、
「それなら是非、うちでやってください。」
「スマホ写真を極めてください。」
そして、
「写真は、紙にして成仏すると思うんです。」
と言った。
 その言葉に打たれて、僕はその夏に、彼女のギャラリーで『念彼觀音力-スマグファー誕生-』という写真展を開催する。数あるテーマの中から何故そのテーマを選んだかというと。親友で書道家の田畑さんが、
「その觀音は、何度となく見てるけど、夏樹さんのその写真はその觀音よりリアルだよ。」
と言ってくれた写真だからだ。
 僕は日本三大観音堂のひとつである成身院百体観音堂で心を込めて撮影した觀音の写真を丹念にA4サイズB&Wで仕上げた。搬入し、展示作業が終わった時、ギャラリーで一人香をあげ数珠を持って『觀音経』を唱える。その経本も数珠もギャラリーに展示した。僕は世界平和とギャラリーに訪れる人の幸福を祈った。

 その夏に、写真展をやりながら、猛暑の中、横浜を歩きまわって、僕が憑かれた美しい横浜建築の写真を撮ったんだ。その写真は、翌年の春、撮り下ろしで『VINTAGE 横濱建築』としてA3で展示する。

 『觀音』から一年後の夏に、写真家の瀬戸正人さんがオーナーの新宿のギャラリーで、『Bye Bye Black Bird - 森山大道に捧ぐ-』を開催。
その写真展は森山大道へのオマージュ。僕がアイホン写真で培ったオールインワンシステムの技術の全てを極めたアート作品としてA3ノビで展示される。瀬戸さんは、
「なんで、表現するんだよ!」
と言っていたけど、今やこの時代の写真表現は多種多様、敢えてアートとして仕上げてるっていうのをわかってくれないかなぁと思ったが、まあいいや。瀬戸さんには瀬戸さんの主義、写真への深い思いというものがある。撮ったままがいいと言っているのはよくわかる。

 バイバイブラックバード。僕のスマグファー時代は終わりを告げた。

 写真の世界にも、仮想世界(アンリアル)と現実世界(リアル)がある。

 姉は僕が一年夏樹の夏から夏で3回の写真展をやって、金を一度使い果たしたのを知ったとき、
「やだなー。ほんとにりゅうは!
あー。やだ!」
と言った。しかし、限りなくゼロにちかくなったが、マイナスにはなっていない。姉が帰ったあと、仏壇の前に香典として、封筒が置かれていた。
 だから、今、僕は撮影資金と次の写真展費用を貯めるために、小説を書きながら、極エンゲル係数の高い生活をしている。勿論、自炊をしながら。『男のひとりめし』みたいなブログ投稿をして得意になってやっていた食べ歩きは、その結果、通風を引き起こしてやめた。
 小説『真理子』の僕のように、時々うんざりしながら食材や日用品を買い出している。そうすると、食材や日用品を買うだけでも、金はけっこうスルスルと消えていくもんだなと思う。

 世界は、此岸・現世・リアルと彼岸・来世・アンリアル。そして、その狭間、境界でできている。

 僕は、その世界の秘密をあなたに伝える義務を果たさなければならないという思いを一方的に背負ってこの物語を書いている。見えるものと見えないもの。過去と未来と現在。それが分裂ぎみに錯誤して、ゆったりと流れゆく大きな時の中で、慌ただしく世界が交錯する。あなたがもし、僕の物語を読んでいて気づくことがあったなら、それは、錯覚や幻想ではありません。ましてや、あなたの精神の異常ではあり得ない。そのとおりのことがあなたに起こっているのです。僕のこの物語は、全て真実で、綴られています。それは、あなたがニルヴァーナと交差した現実です。それに囚われたり、困惑したり、恐れたりすることなく、あなたは現実の中で光のある方向へ進んで下さい。

 日本仏教は、鎌倉時代までに確立している。それが今なお、様々な時代を経ても、現存するのは、それぞれの宗派の開山、創始者の仏教理念と教義が確かで堅固なものであるからだと思う。

 あなたが、我が国のどこかの寺社仏閣で、手を合わせて祈るようにその写真を撮るものを見かけたら、それは僕です。僕は、旅の者で、巡礼の者。それは、写真に残りの命をかけている写真愛の姿。

 僕は、生き急いでいた若いころは歳をとらないと思っていたけど、やはり超越的観念論をもってしても時の流れには抗えず、容姿を見ても経年劣化を感じる。年齢的には、もう若いというわけではない。時間を超越するには永遠の命を持つか、死んで魂になるしかない。刻々と美霊に向こう側で再会する日が近づいている。最近、人生ってのは、思い通りにいかないこともあるけど、まぁ、こんなもんだよと思ったりして笑ってみる。若い頃は慌ただしく過ぎていた時間が、悠久の時の中に溶け込んで、今は逆にゆったりと流れている。

弘法大師増法楽

一切霊等成仏道

同一性故入阿字
           『理趣経』

 そして世界は、やはり、美しく、愛おしい。 

 ああ。それから、僕は、今、結局、喧嘩別れになってしまったけれど。鬼太郎のおやじがあの時、何故僕に女の子を近づけたがらなかったかわかったよ。現在は違うけれど、高野山は女人禁制だからね。でも、僕は既に結願、満願成就を果たしたから、もうその禁制を解いてくれないかな。美麗頼むよ。喧嘩したお詫びとともに鬼太郎のおやじに伝えて欲しい。この美しい世界でもう一度だけ、最後の恋をしたくなった

 そして、今が執筆現在。もう少し書いて、この物語を書き終われば、僕の霊界との契約の任も解かれる。

㊻連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』 

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 僕は、今、神や仏というものは、あくまで、寡黙であると思っている。ジーザスがそうであり、アマテラスがそうであり、ブッダがそうであるように。ペラペラと饒舌に喋ったり、話しかけたりしないもんだとね。だから、僕に接触してきた多くは、父や母、友人は別として、特に誰か、どんなものか判断つきかねるわからような者は、隆法言うところのまどわかしの類だと思っている。ことに饒舌なものはそうである。僕は、隆法という僕にとって大切な証言者を得たことによって、一時期に激しく体現した霊的現象の全てが説明できる気がする。もしかしたら、僕に心霊現像として、話しかけてきたものは、全てまどわかし?とも考えたが、声がその人であるし、また僕自身がその人だと確信できている。
 その特徴をここでまとめてみると、一方的な接触であり、僕側からみると唐突で、不定期である。また、「お前は何も話すな」に関しては、当初、もし、人が聞くことがあれば、人に悟られない、怪しまれない、精神を疑われないためと思ったけれど、会話が成り立たない。答えが用意されてないとも思われる。現代においては、Aiであっても受け答えはするのにね。そういう意味でも一方的なんだ。そして、誰にでも、いつどこででも現れるということではない。おそらく、現れることによって、異常に恐れたり、怯えたり、泣きじゃくったり、その声のままに支配されたり、精神に異常をきたしたりする者には、現れないんじゃないかなと思っている。僕は、たぶんそれは、全てあちらの法則によるものだと思っていて、現れる相手を選んでいるのだと思う。そして、あちらの世界の真実については、決して語らない。それがなんのために僕に現れるのかという疑問に関しては、美霊、僕はこうとらえているんだ。ひとつには、なんらかの理由があって、僕を試すため。もうひとつには、契約ゆえ、僕にその世界の秘密を伝えるための、或いはそこに僕を導くための端緒として。僕には、今は、そう思えるよ。
 そして、全ての「まどわかし」と思われる者たちも、あちらの世界からやってきている以上は、無意味で、ただの無法者のような輩ではなく、神や仏となんらかの関わりがあるに違いないと僕は思う。神や仏が差し伸べる手を期待し、その言葉を待ち焦がれることなく、世界を見据え、己を見極め、そういった者たちの煩雑な接触を慌てず騒がず、動じることなく超えてゆき、自らその地へと、その境地へと到達せよということなんだと思う。

ああ、
念彼觀音力
觀世音菩薩よ。
妙音觀世音 
梵音海潮音
常彼世間音』  『觀音経』

空海よ。
美霊よ。

『弘法大師増法楽』(弘法大師法楽が増しますように)
『一切霊等成仏道(一切の霊たちも仏道が完成しますように)
『同一性故入阿字』(同じ本性ゆえ必ず宇宙に溶け込めますように) 
           『理趣経』

 美霊。美霊、若しくはニルヴァーナ、或いはサインの記憶の断片。

 太古よりこの世界の海から生まれてきた生物が進化を経てその長い歴史の末に人間が生まれた。そして知恵をもち地上の生物の世界に君臨した。その人が死ぬということは、他の生物と同様に、土に還るということだろう。もう一度その長い進化の歴史をも遡って、海に還ること、世界に還るということだと僕は、思うんだ。大宇宙の中で、太陽の光を受け、万有引力を有するこの美しい世界、地球は、大きな生命体であると同時に、僕は、大きな霊体でもあると思う。そしてこの世界は、神秘の力と自然の力と霊力を持っている。その霊力に空海は仏の名をつけて実践した。そして、さらに、この人間の社会と世界を進歩、発展させた科学の力が地上にはある。そして、その科学の力と進歩、発展が我々が本来持っていた霊能力のようなものをいつしか退化させたのかもしれない。
 美霊。だから僕は、こう思うんだ。君のいる世界は、僕のいるこの世界と重複してあるって。同一なんだ。そして、君のいる世界の法則をもって、この世界の形に入り組んでいて、見えないボーダー、境界が引かれている。そのボーダーをもってして、同一にして、別次元であるのかもしれない。

㊼連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』 

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 僕が述べている、謂わば、『霊界地球重複論』をもう一度ここでまとめてみようと思う。

『超真言密教心霊心理学的霊界地球重複論』
1.霊界(来世)の法則の想定
❶霊界の住人はむやみに現世に出入りしてはならない。原則的に禁止である。
❷現世に困難を抱えたAがいて、来世にいるAの親族Bが、Aが心配で、会う必要があると判断した場合は、B.は 時空を超えてAに会うことが許される。
❸現世にいるAが即身成仏をもって来世と観念的に繋がっている時、Aに会いたい来世にいる知人のCは、時空を超えて、Aに会うことが許される。
❹また、③と同じ条件で、Aが来世の誰かを思って泣いた場合、来世にいるその者Dは、時空を超えてAに会うことが許される。
❺上記の①〜④において、現世にいる Aを、来世にいるB〜Dが時空を超えて訪問した場合のコミュニケーションのあり方は、来世から現世へ一方通行である。現世 Aの声は、来世からの訪問者に聞こえないか、或いは、一切その言葉には応じることはできない。ごく稀に例外が許されるのみ。
❻来世から現世に移動する場合は、思念接触を基本とし、姿は表さない。
❼来世(霊界)の存在、仕組み、構造に関しては一切、現世に明かしてはならない。極秘事項である。
❽霊界は現世で接触できる相手を選んでいる。(誰にでも、いつどこででも現れてはならない。接触を異常に恐れたり、怯えたり、泣きじゃくったり、その声のままに支配されたり、精神に異常をきたしたりする者には、接触してはならない。)

2.霊界重複論
 アインシュタインの理論を借りれば、美麗、君は特殊相対性理論世界にいる。僕は一般相対性理論世界にいる。君は光の速さでこの地上においては、瞬間移動する。三次元の軸の他に更に異次元の軸が伸びている。異次元ゆえ、その世界は僕たちには見えない。だから君らはこの世界に突然現れてまた消えていく。
 来世(霊界)はこの現実世界と重なっていて、入り組んだ異次元世界にある。霊界の住人は、光の速さをもって瞬間移動するが、霊魂、魂であるゆえ体積、質量はない。だから光の速さで移動するも膨大なエネルギーを生む危険性はない(E=m×0×Cの2乗)。僕らは現実世界で過去は消滅していくものと認識している。しかし、その世界は、過密な霊魂の塊であり、それは同時に精密なリアルな過去の集積となり歴史を形成していると言えるだろう。ということは、この現実世界の過去は、この世界の霊界に消滅せずにリアルに存在している。異次元に時間軸をもっており重なっているか、時間、年代ごとに個別に存在しているのかもしれない。 

ゆえに、言葉の式でこの現実世界を表現すると、
       ↓
世界(地球)=現世世界(一般相対性理論世界/重力界)+来世世界(特殊相対性理論世界/無重力界)
       ↓
=地球(生命体)+地球霊(霊体)
       ↓
=地球(生命力+科学力)+地球霊(霊力)+α大宇宙(神力)

3.現世と来世の移動
 現世世界の住人は、肉体を持つゆえ、体積と質量を持ち、光速移動も異次元移動も叶わない。一方、来世世界の住人は、肉体を持たず、体積と質量は無く、法則に則り、三次元移動を可能とし、現世においては瞬間移動(超高速移動)が可能である。
 しかし、即身成仏を叶えた現世の住人は、三次元世界、現世に現れた霊界の者との接触が可能である。

4.重複してある霊界の場所
 霊界は異次元にあると仮定したが、現実的にこの世界を眺めて、不可視で体積も質量も無いとはいえ、一体どこにそんなに過密かつ巨大な(数量的に現在この地球上にいる人の約13倍くらい)世界があり、また存在し得るのかという疑問が生じる。
 その疑問を解く鍵は、やはり、アインシュタインの相対性理論にある。これは、僕が考えた一つの仮定である。現実世界、この地上には一般性相対性理論が適用される。特殊相対性理論の検知から眺めると地上には重力があるゆえ、時空の歪みが生じている。目には見えないが、その空間、スペースは、おそらく異次元の軸を伸ばし、この地上から時空に網目のように入り組んで存在している。その時空の歪みによって生じた空間に次元を異にして来世(霊界)はある。
(来世霊界は、現世現実世界と重なっているといっても、フワフワと数多の見えない霊魂が空いた空間に漂っていて、自動車で走っていると、バンバン轢き飛ばしているというわけではない。三次元とは境界を隔てて、現実世界と重なりながら、違う場、異世界にあると言えば、わかって頂けるかな。)

 ありがとう。美霊。君は、たぶん君の世界の法則に沿って、時間と空間を超えて僕に会いにきたんだ。このことを僕に伝えるために。約束は守られ、僕にそのことは伝えられた。だから、僕は君にそのお礼を言うよ。僕は、これで、ほぼ見えたと思うんだけど。君は、まだまだと思っているかもしれないね。でも、今の僕の、これが、ファイナルアンサー。

 僕は、ある特殊な感覚として、しかもごく自然に、僕の中で、思考を超えた実感として、もともとひとつであったその全てが完全に一つになっていく予感がするし、もう既にそうなり始めている。美霊。君は世界。君の存在は、かつて、僕の家の中で僕といるだけの存在と僕はとらえていたけれども、いつの間にか君の存在は、僕を取り巻くすべてのものを包括し、拡大し、格式も、難解な理論も超えて、今、僕は、君と極自然にひとつになっていることを感じている。
 美霊。君に僕が会ったときのことを思い出すと。僕はあまりに幼くて、君は恐怖以外のなにものでもなかったんだ。それから長い時を経て、君の存在は、僕の『即身成仏(att tainment Buddhahood during life)』を促し、それを叶える使者であったことに僕は気づいたよ。君に対するあの遠い少年の日に抱いた恐怖は、親しみ、愛おしみに変わったけれど、僕があの時感じた恐怖は一体なんだったのかと思う。それは、非科学的な不可思議なもの、未知のものに対する恐怖だったのかな。

「あっ!そうだっ!」

あの体験をする前に、母が僕に言っていたことを僕は今になって思い出した。馬鹿だな僕は。こういう物語を書きながら、それをすっぽりと穴が空いたように忘れてたなんて!母はよく鎧を来た武士の夢を見る。それが一人や二人じゃなくて、多数の武士が鎧の音を立てて歩いている。そういう夢をよく見ると僕に話していた。おそらく、母のあの夢は、僕の心霊体験の前兆だったのかもしれない。あの時、僕の家は二列に何軒か同じ建物が並ぶ平屋の借家住宅だった。その家自体に夜になると僕の先祖が接触を試みていたのかもしれない。父方の祖父が先祖は殿様の鹿狩りのお供だと話してくれたことがある。これもまた間抜けな話で申し訳ないけれど、最後の最後に母の夢を思い出したことによって、僕の物語は、限りなくリアルに近づいたね。僕がそんな大事な母の証言を忘れていたというのは、美麗が仕組んでいるのかな。いや、夢じゃなく、現実となって僕に現れた君のあの時の恐怖の記憶が少年の僕にとってはショッキングすぎて、僕がその記憶だけに囚われていたからだろう。
 あのとき既に僕は、彼岸、霊界、仏界をリアルとする経験を得ていたことになるね。それを検証し、実証するのに僕はなんて多くの時間を要したのかと思うよ。君はさぞ待ち遠しかったろうと思う。時間の感じ方が確かに僕と君では違うのかもしれない。

 美霊。僕が仏と交わした契約を僕は、これで守ったことになると思うんだ。
「おまえがわかったことは人に伝えろ。」
という暗黙の契約はこの物語を僕が書くことによって守られた。そうして、僕はある領域に達し、世界の秘密を一つ解き明かすことで僕の願いも叶えられたんだ。母は僕のいるこの世界と重なった世界にいる。

 ところで、美麗。君が遥か僕に逢いにきた君の目的は、これで叶えられたのかな?

・・・・・・・。


 もしかして君は、まだチビの僕をただ脅かしてみたかっただけ?!

㊽連載小説『美霊 -若しくはニルヴァーナ- 』 

#創作大賞2026 #ミステリー小説部門

 美霊なんていう名前は、この世の中には、存在しない。それは僕が彼女につけた架空の名前だからだ。美しい霊と書いて、ミレイと読む。美しく清らかな精霊。

 その名は、僕にとってのニルヴァーナ、そして、僕にとっての仏の名。彼女が僕に伝えてくれたこの世界の秘密と真実。

美霊、若しくはニルヴァーナ。霊界からのコンタクトとサイン、涅槃の表徴。

 いつか僕は、ここにあって、ここにはない約束の地で、美霊と本当に逢う。その時は、僕が逢いに行く。その時こそ、美霊は、今僕が解き明かしつつある彼女の世界と此の世界の神秘の全貌を僕に見せてくれるだろう。


生まれ生まれ生まれ生まれて
生の始めに暗く
死に死に死に死んで
死の終わりに瞑し 
        『秘蔵宝鑰』空海




『美霊』の応募作品編をフォローして頂きありがとうございます‼️
初めての応募なので、連載小説の応募の要領が記事をまとめるのか一つ一つ応募するのかわからず、一応、応募要項に従って四十八話と追記7話を一つの記事にして発表しました。
応募発表は別枠でこんな風にいつもの発表と同じになるとは思っていませんでした。
これで応募は完了してるんでしょうかね?

みなさん。ありがとうございます
❣️
✳️ひゅう、えらん堂、マガジン掲載感謝してます❤️

夏樹 良

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❇️「感謝とご縁の小さな書棚📗』『共同マガジン【是非見て】素敵なクリエイター📙』『ありがとうございます💕制限中です📕』『noteワイナリー〜記事の数だけ無限に広がるブドウ畑〜🍇📕』『みんなの創作大賞2026🏆』にご掲載頂きありがとうございます❤️                    
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