【第3回】一瞬で景色が色づく。「Pretender」のサビ前にかかる魔法の正体
「あ、ここ、なんかエモい!」 音楽を聴いていて、急に視界がひらけたり、胸がギュッとしたりする瞬間。それは偶然ではなく、作曲家が仕掛けた「音のトラップ」かもしれません。
今回は、Official髭男dismの歴史的名曲『Pretender』を例に、楽曲を劇的に彩るスパイス「セカンダリードミナント」について解説します。
🎧 まずはこの曲を聴いてみよう
Official髭男dism - Pretender[Official Video] (※サビに入る直前 付近の「グワッ」と盛り上がる瞬間に注目です!)
1. 「セカンダリードミナント」ってなに?
第2回で、音楽には「王道」のルール(ダイアトニックコード)があるとお話ししました。セカンダリードミナントを一言でいうと、「次の目的地へ向かうために、一瞬だけルールを無視して助走をつける」テクニックのことです。
本来その曲のキー(調)には存在しないはずの「ちょっとトゲのある音」をあえて混ぜることで、次にくる音への「行きたい!」というエネルギーを爆発させる仕組みなのです。
2. 『Pretender』サビ前の「あの音」の正体
『Pretender』のサビ直前、「♪君の運命の人は僕じゃない〜」と歌い出す、まさにその瞬間。ここには非常に強力な魔法がかかっています。
この盛り上がりの裏側では、セカンダリードミナントをさらにドラマチックに響かせる「II - V(ツー・ファイブ)」という流れが使われています。
ドラマを作る「3ステップの階段」
「II - V」とは、目的地にたどり着くための「完璧な階段」のようなものです。
助走(II): 少し切ない響きで、「おや?」と予感させる。
跳躍(V = セカンダリードミナント): 強いエネルギーで「次はあそこに行くぞ!」と宣言する。
着地(サビの頭): 目的地に力強く着地する。
『Pretender』のサビ前でも、この「階段」が絶妙なタイミングで設置されています。セカンダリードミナントという「点」だけでなく、その前のコード(II)も含めた「流れ」があるからこそ、あんなにもスムーズに、かつ劇的にサビに引き込まれてしまうのです。
※「II - V」の魔法については、第9回の連載でさらに詳しく深掘りする予定です。ジャズのようなおしゃれな響きの秘密も、実はここに隠されています。
3. なぜこの音が「エモい」のか?
このテクニックがなぜ人の心を打つのか。それは、音楽における「緊張と緩和」を最大化してくれるからです。
緊張: セカンダリードミナントで「外れた音」を鳴らし、聴き手の脳に心地よいストレスを与える。
緩和: その直後、本来のレールに力強く着地(解決)する。
この「一度バランスが崩れてから、理想の場所へ着地する」というプロセスが、私たちの心にドラマチックなカタルシスを感じさせてくれるのです。
4. 今回のまとめ
セカンダリードミナントは、目的地へ向かうための「ジャンプ台」。
II - V(ツー・ファイブ)という階段を作ることで、その勢いはさらに増す。
『Pretender』は、この仕掛けによってサビの爆発力を最大化している。
次回予告:さらに「切なさ」を深掘りする
次回は、明るい曲の中にふと現れる、涙を誘うコードをご紹介します。 サザンオールスターズの『真夏の果実』や、椎名林檎さんの楽曲でもおなじみの、「サブドミナントマイナー」という、究極の「キュン」の正体に迫ります。
