酵母の世界 No.18-1|Kluyveromyces marxianus:ホエイを発酵資源に変える酵母
このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓
前回は、根のまわりでリンを植物が使いやすい形へ変える可能性を持つ酵母、Torulaspora globosa(トルラスポラ・グロボーサ)を紹介しました。
今回は、農業から少し離れて、乳製品とバイオ生産をつなぐ酵母を見ていきます。
チーズをつくるとき、牛乳から固形分を集めると、そのあとに淡い黄色の液体が残ります。これがホエイです。
ホエイには乳糖、タンパク質、ミネラルなどが含まれています。
しかし、大量に出るため、乳製品製造の副産物として扱われてきました。
では、このホエイは、ただの余りものなのでしょうか?
ここで登場するのが、Kluyveromyces marxianus(クルイベロマイセス・マルキシアヌス)です。
この酵母は、エネルギー源である乳糖を利用できるだけでなく、比較的高い温度でも育つことができる酵母として知られています。
酵母の価値は、何をつくるかだけで決まるわけではありません。
何を原料にできるのか。
K. marxianus は、その視点を教えてくれる酵母です!
乳糖のある環境で生きる
K. marxianus は、乳製品と関わりの深い酵母です。
発酵乳、チーズ、ケフィアなど、乳糖を含む環境から見つかることがあります。
ちなみにケフィアは、乳酸菌や酵母などが共存する発酵乳で、複数の微生物が糖を分解し、酸味、香り、わずかなアルコールや炭酸を生み出します。
ただし、K. marxianus が見つかるのは乳製品中だけではありません!
植物、果実、糖を含む発酵環境、工業副産物など、幅広い場所から分離されています。
つまり、この酵母は特定の食品にだけ閉じ込められた存在ではありません。
糖があり、微生物どうしの競争があり、温度やpHが変化する環境で、柔軟に生きられる酵母として見ることができます。
乳製品との関係は、その柔軟さの一つなのです。
乳糖を切り分けて使う
乳糖は、グルコースとガラクトースという二つの糖がつながった二糖です。
グルコースは、多くの酵母にとって使いやすい糖、エネルギー源です。
一方、乳糖はそのままでは細胞内の代謝に入りにくいため、まずは分解する必要があります。
K. marxianus は、乳糖を細胞内へ取り込み、β-ガラクトシダーゼという酵素で分解します。
β-ガラクトシダーゼは、乳糖をグルコースとガラクトースに切り分ける酵素です。
食品分野ではラクターゼと呼ばれることもあります。
切り分けられた糖は、細胞内でエネルギーや細胞材料をつくる代謝へ入っていきます。
つまり K. marxianus は、乳糖をそのまま食べるというより、まず自分が使いやすい形へ変えてから利用しているのです!
また、K. marxianus もう一つの特徴は、比較的高い温度でも育ちやすいことです。
多くの酵母は、温度が上がると生育が悪くなります。
その理由は、細胞内のタンパク質や膜に負担がかかるためです。
しかし K. marxianus には、40℃を超える温度でも増殖できる株が知られています!
このように、乳糖を使えること。
そして、高温でも働けること。
この二つの性質が合わさることで、K. marxianus は乳製品副産物や未利用資源を発酵に使う酵母として注目されています。
ホエイを発酵資源に変える
チーズづくりで残るホエイには、乳糖が多く含まれています。
しかし、ワインやパン作りで使われる Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ)は乳糖をそのまま利用できないため、ホエイを原料にすることはできません。
ここで K. marxianus の出番があります。
この酵母は乳糖を利用できるため、ホエイを原料にして増殖したり、エタノールや酵素、微生物タンパク質などの生産につなげたりする候補になります!
微生物タンパク質とは、微生物の細胞そのものをタンパク質資源として利用する考え方です。
微生物が糖を使って増えると、その細胞にはタンパク質が蓄積します。
これを飼料や食品素材などへ利用する研究が行われています。
また、K. marxianus がつくるβ-ガラクトシダーゼも重要です!
この酵素は乳糖を分解するため、乳糖低減食品や乳糖を含む原料の処理にも関わります。
さらに、高温でも発酵できる性質は、発酵タンクを冷やすコストを下げたり、条件によっては雑菌汚染のリスクを下げたりする可能性があります。
もちろん、すべての株が同じ性能を持つわけではありません。乳糖の利用速度、高温での増殖、エタノールや酵素の生産性は、株や培養条件によって変わります。
それでも K. marxianus は、食品グレードで扱いやすく、幅広い糖を利用できる非従来型酵母として、バイオ生産の分野で注目されているのです!
ホエイは、乳製品製造のあとに残る副産物です。しかし、それを使える酵母がいれば、余りものは発酵の原料になります。
廃棄物か資源かは、そこに何が含まれているかだけでは決まりません。
「それを利用できる微生物がいるかどうか」でも変わるのです。
おわりに
Kluyveromyces marxianus(クルイベロマイセス・マルキシアヌス) は、乳糖を利用でき、高温でも育ちやすい酵母です。
この性質によって、乳製品副産物であるホエイを、発酵原料として活かす可能性が生まれます。
酵母というと、何をつくるかに注目しがちですよね?
パンを膨らませる。
酒をつくる。
香りを生み出す。
酵素や有用物質を生産する。
しかし、もう一つ大切な視点があります。
「何を原料にできるのか?」
です。
K. marxianus は、一般的な酵母が使いにくい乳糖を利用し、ホエイのような副産物を発酵資源へ変える可能性を持っています。
発酵とは、微生物が何かをつくるだけの技術ではありません。
人間が余りものと見なしていたものを、微生物の代謝によって別の価値へ変える営みでもあるのです!
次回は、「食料資源」となる酵母を紹介します。
その名は、Cyberlindnera jadinii(サイバーリンドネラ・ヤディニイ)です!
この酵母は、かつて Candida utilis(カンジダ・ユーティリス)と呼ばれ、「トルラ酵母」として食品や飼料、酵母エキスの分野で利用されてきました。
パンや酒では、酵母は糖を発酵させる働き手として見られます。
しかし C. jadinii の面白さは、酵母が何かをつくるだけでなく、酵母の細胞そのものがタンパク質やうま味の資源になる点にあります。
次回は、発酵を支える微生物から、食料や調味の素材になる微生物へ。
酵母を「使う」だけでなく、酵母そのものを「食べる資源」として見る世界をのぞいていきます!
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参考文献
Lane MM, Morrissey JP. Kluyveromyces marxianus: A yeast emerging from its sister’s shadow. Fungal Biology Reviews. 2010;24(1–2):17–26.
Koukoumaki DI, et al. Single-cell protein and ethanol production of a newly isolated Kluyveromyces marxianus strain in deproteinized cheese whey under different cultivation conditions. Foods. 2024;13(12):1892.
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