〈うちぬゎけゑにょーびょ〉
雨上がりの午後、あたしは制服の袖口をぐっと引き寄せて、校舎裏の藪へ足を踏み入れた。くぐもった土の匂い、竹の若葉のこすれる音、それからその奥に、何かが“待っている”気配。呼ばれている、と言えば、笑われるだろうか。
〈うちぬゎけゑにょーびょ〉——それは、志乃が残した言葉だった。
志乃は二週間前から、学校に来ていない。誰も詳しく語らなかったが、あたしだけは知っていた。放課後の図書館で、彼女がぼそりと口にしたのだ。
「今度、行くの。〈うちぬゎけゑにょーびょ〉のところへ」
彼女の声は、まるで水面に沈み込む小石のようだった。音は立てず、けれど波紋を残す。気になって仕方がなかった。聞いたことのないその語が、まるで呪文のように胸の奥で反響していた。
古文辞典をめくっても、ネットで調べても、出てこない。けれど、志乃は確かに、そう言ったのだ。あの日も雨上がりだった。
あたしは、志乃の席の机にそっと手を置いた。微かに残る石鹸の匂いと、鉛筆の芯の粉の匂い。ここにいたはずの誰かが、不在であることの質量を、手のひらが記憶していた。
あたしと志乃は、特別親しいわけではなかった。ただ、図書館の静けさを共有していただけ。彼女はいつも『日本の民間伝承』や『音韻論概説』のような難しそうな本を借りていて、それが逆にあたしには興味深かった。誰も話しかけない彼女に、なぜか話しかけてしまった。それがきっかけだった。
「それ、なに?」
「言葉の起源を探してるの」
それが志乃の最初の言葉だった。
そこから、彼女は時折、変な語をメモしては、机の引き出しに隠していた。ある日、あたしはそれを一枚盗み見た。
〈うちぬゎけゑにょーびょ〉。
鉛筆で、丁寧に、しかしどこか震えるような筆跡で綴られていた。
志乃がいなくなってから、あたしは校内のあらゆる場所を歩いた。図書館、音楽室、渡り廊下のベンチ。そして、今日、ようやく来たのだ。志乃が最後に見ていた方角へ。
藪を抜けると、そこには小さな祠があった。瓦は崩れ、扉は朽ち、けれどその佇まいには、確かに呼吸のようなものがあった。祠の前に、赤い紐が落ちていた。志乃がいつも髪を結んでいたリボンだ。
「志乃……?」
声に出してから、空気の温度が変わった気がした。祠の奥から、風が吹いた。笹がざわめき、耳元で、あの言葉がささやかれた。
〈うちぬゎけゑにょーびょ〉
その語が、意味を持った気がした。形のない、けれど確かに存在する“ことばの記憶”が、あたしの中に流れ込んできた。胸の奥に、かつて誰かが使っていた音の残響が、満ちてゆく。
“語られなかった言葉が、誰かを取り戻す。”
そのことに、なぜか気づいた。
それが、志乃が求めていたものだったのかもしれない。
次の日、あたしは職員室に行き、図書室の志乃の貸出記録を全て閲覧した。彼女の辿った軌跡をなぞるように、本を読み漁った。
そして一週間後、あたしは再び祠に立った。ポケットには、彼女が最後に残したメモ。
あたしはそれを、祠の前にそっと置き、声に出した。
「志乃、ここにいるよ。言葉は、消えない」
風が笹を撫で、あたしの頬を撫でた。
その夜、夢の中で志乃が微笑んだ。彼女の口元が、確かに言った。
〈うちぬゎけゑにょーびょ〉
それは、かつて存在したけれど、今は誰も覚えていない“忘れられた友情”の名前。
意味を持たないようでいて、あたしの中に確かな意味を生み落とした言葉だった。

この作品は、画像、文章とも、すべてChatGPT Plusの生成によるものです。また、以下の企画への投稿作品です。
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