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第十七話 十日目の帳面



 十日目の夕方、余白舎の机には、いつもの荷物ではなく十日分の帳面が並んだ。
 窓の外では、ハドが舟を岸へ引き上げている。昨日までの雨で水位はまだ黄色の杭を越えていた。渡れた日は六日。渡れなかった日は四日。そのうち二日は、荷を赤い屋根まで戻せた。残り二日は、渡し場で待たせるしかなかった。
「不通を二件、と数えるだけでいいんでしょうか」
 ミナが訊いた。
 彼女の前には、荷の数、待った日数、預かり先、返金した銅貨が書かれている。配達完了は十一件。返却は三件。宛先の照合待ちが五件。小さな数字だが、荷を待った人の顔まで消してしまわないよう、余白には理由も残してあった。
「数えるのは、次に同じことをしないためだ」ネヴァは言った。「でも、一件ずつの困り方まで、数に預けない」
 エナが、乾かしたばかりの札を重ねた。
「水に強い札は足りた。でも、紐が弱い。川で切れたのが二本。札だけ良くしても駄目ね」
 ハドも首を横に振る。
「舟のほうは、昼の鐘までに積み終えるなら一日二便は出せる。だが、帰り荷まで欲張れば、船底が沈む。薬草と子どもの手紙を優先する日を、先に決めておけ」
 ミナはすぐに「優先」と書きかけ、筆を止めた。
「誰が決めるの?」
 その問いに、セレイが帳面を閉じた。
「私が決めるなら早い。でも、それでは次の人が決められない。荷主、渡し守、受取側、それぞれから一人ずつ。緊急の基準も、先に掲示しましょう」
 ニレ浦から届いた受取札には、トマの硬い字で一行だけ追記があった。『届いたものより、届かないと知らせが来たことを、みんな話している』。
 ミナはその一行を声に出さず、何度か読み返した。
 不通の知らせは、荷を運んだことにはならない。けれど、待つ側が別の手を探す時間にはなる。薬が足りなければ隣村へ頼める。迎えの舟を出せないなら、川が下がる日を先に決められる。届かない事実を隠さないだけで、人は少し先まで考えられる。
「完了の印がないからって、何もしなかったことにはならないんだね」
 ネヴァは頷いた。
「ただし、それで不通が良くなるわけじゃない。知らせが来なかった荷を、次は一件減らす。そのための帳面だ」
 話は明るいだけではなかった。相談一件につき取った銅貨は、紙と蝋とハドの待機料には少し足りない。無料にすれば続かず、値を上げれば北の村から遠のく。
 コルドが、計算した紙を差し出した。
「荷一つごとの料金を増やすより、帰り荷の手数料を少しだけ分けてもらう案はどうです。ニレ浦から出る乾燥果実なら、空の舟を減らせます」
「売る荷の人だけが、記録を支えるのか」ネヴァは問うた。
「いいえ。けれど、空いている場所を使うなら、その分の働きは払える」
 答えは、地図のようにきれいな一本線にはならなかった。明日、乾燥果実の荷主と話す。十日路の札は、もう十日だけ延ばす。ただし、次の十日には見直す。受けられない夕方の荷は、引き続き受けない。異議を待つ荷は、七日間、棚の中央に置く。
 決まったことより、決めなかったことの方が多い。
 皆が帰った後、コルドは旧料金所の細長い箱に残った記号を書き写した紙を、ネヴァへ渡した。
 移送先未記入の横に、三つの短い線。エルダンの修正印だ。
 だが裏面には、初めて見る小さな丸印があった。
「これ、帳面のどこかにもありました」
 ミナが十日路の古い控えをめくる。第十一日以降、別図に移すこと。その「別図」の端にも、同じ丸印が薄く残っていた。
 スケールが、紙の余白で翼を畳んだ。
 示したのは答えではない。
 まだ見つかっていない、もう一冊の帳面の形だった。


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