空白と湖を、心に。
空を見上げていると、自分の心の中には本当は何も無いのではないかという思いが、不意に胸を掠めてゆくことがある。
空虚、という単語を連想するからなのだろうか。何故かそれは、よく晴れた日の朝であることが多い。爽やかな風が吹き抜け陽射しは輝いているというのに、気持ちは淡墨色に霞み、目を凝らしてみても思考の輪郭は曖昧に溶けてゆくばかり。
空が高い。軽やかに浮かぶ雲を見つめていると、そんな思いが姿を現し、ほのかな不安が萌す。
何も無い、なんてことは、あるはずがない。
額に手をあて火照りの度合いを探るようにして、心の水底に沈むことばを掬おうとする。
手を伸ばして浚ってみても、そこにあるはずのものが見当たらない。
またなくしてしまっていたのだ、と思う。
何の前ぶれもなく、その時期は訪れる。
本を読むことも、文章を書くことも、誰かに声を届けることも出来なくなる、心の中からことばの姿が消えてしまう時期が。
正確に言えば、全く出来なくなる、というわけではない。
本を開き、文章を目で追うことは出来る。けれども、意味も思いも染み込んでこない。なじまないままに指の間からすり抜けてしまい、風に乗って散り散りになってゆく。
ペンを手に取り、紙の上に文字を綴る。
文字の連なりが文章になるのを眺めながら、わたしが思ったことは果たしてここに存在するのだろうか、と考える。考えれば考えるほど、それは自分の気持ちから離れてゆくような気がする。
気持ちを口に出せずに、立ちすくんでいた幼い日のことが頭に浮かぶ。あの頃からずっと、わたしは何ひとつ変わっていないのではないか。
そんなふうに思いながら日々を送るとき、波紋をえがくように広がる感情は悲しみではない。
寂しさ、ではあるのだろう。そしてその寂しさは心に安寧をもたらす。
空の色を眸に残したまま、美術館へと向かう。
人がまばらな館内で、油彩画の前に立った。
この頃は日本画を観ることが多かった所為か、油絵の具の色はあまりにも鮮烈で、見つめていると酔ってしまいそうになる。
心まで染め上げるような漆黒
光を反射する強い眼差しの色
ナイフの刃先が纏う紅の重さ
画家は魂を削り、絵の中にそれを刻印したのだと思った。自画像の手の甲に浮かぶ静脈には、今もまだ血が流れているようだ。何かを創作するということは、明けることのない夜を両肩に背負うことなのかもしれない。その覚悟を持つ者だけが見ることの叶う光が、きっとある。闇を照らす月の姿を思い浮かべる。何故こうした時に脳裏にえがく光は、太陽ではなく、月なのだろうか。
袖口にあしらわれたレースが白い波濤に変じているのをぼんやりと眺めているうちに、心の中にある湖の水位が高くなりつつあるのを感知する。
ああそうか、かわいていたのだ。だからことばをなくしていた。
幾度も繰り返していることなのに、いつも原因を忘れてしまう。
風に揺れる、ひとひらの花弁。
眠りに落ちる刹那の、白い闇。
瞬く間に消え去るもの、ふれるだけで壊れるようなものに視線をそそぐためには、心の底に豊かな水が湛えられていなければならないのだ。
朝露の雫のように、やわらかく降りそそぐ雨を求めている。けれども、不安や焦りに浸されているとき、ふっつりと雨は止んでしまう。
かわいているものは、軽く、寂しい。
その軽さが、心地良いのだ。
風に乗ってそのまま消えてゆけそうで。
あとにはきっと、何も残らない。
消えるのならば、それも良いのではないか。
ふだんは意識しないけれども、心の片隅でそんな思いがいつも影をひいている。
指先をあてれば、痛みを感じるに違いない絵の具の盛り上がりに目を凝らしていると、床に接している足裏の感覚が俄かに浮上してきた。
まだわたしには重みがある。それならば明日を望もうと、帰ってきたことばがささやく。
美術館をあとにして、秋、と呼ぶには抵抗を感じるほどの強い陽射しに晒されながら書店への道を歩きはじめた。
運動会が行われているのだろう、子どもたちの歓声が耳に届く。不意に時が巻き戻されたように感じる。
決して後戻りはできないはずなのに、時は一定に流れず、過去と未来が溶け合って見える瞬間がある。頭上に広がる青空がかつて見た空と全く同じで、いつか再び見るのだろうという予感をおぼえる、そんな瞬間が。
外のざわめきから断ち切られ、静謐さに満たされた店内に一歩足を踏み入れると、そこには今この時しか存在しない。
平台の上に置かれた、空の色を封じ込めたような表紙の一冊に目が吸い寄せられる。
そっと手に取り、ざらりとした紙の質感を確かめる。大丈夫、わたしは今ここにいる。空白と湖を抱えたまま、ここに立っている。
銀色に光る題名の文字。そのことばが、大地に雨が染み込むようにして心に広がる。
ページを開く。そして飛行機雲の行方を追うようにして、紡がれた文章から滲む温もりを指でなぞってゆく。
求めていた雨の雫が、水面を揺らす。
ただ、時を待てば良いのだ。
季節が巡るように、なくしていたものはこのようにして、静かに帰ってくるのだから。

本が読めない日々を送っていた。
ことばも思考もまとまらず、
あてどなく漂ってゆくような時の中では
読むことも書くことも、透明な膜を隔てて
行っているという感覚がある。
凪いでいながら揺らぐようなその感覚の色は
澄み渡っていて、どこか秋空に似ていた。
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
あなたの毎日が、素晴らしいものでありますように☺️