瑠璃色の歌声に、包まれるように。
「ここにいるよ」という澄んだ声が、聞こえたような気がした。
静けさに満ちた書店の棚に佇んでいた、海原を思わせる青い表紙。
その上で銀色に光る星の瞬きを目にした瞬間のことだ。
ページを開いて、巻頭に記されているたった二行の詩のようなことばを心の中で声に出して読みながら、めぐり会えてよかった、と思う。
重みを確かめるようにして本を両手で持つと、彼方から響く潮騒のような調べが、わたしを呼んでいた。

『星沙たち、』と題されたそのエッセイ集で、音楽家の青葉市子が紡ぐことばたちは、楽譜の上で微笑む音符のように、色彩豊かなメロディを奏でている。
そのメロディの基調となるのは、彼女が夜毎に夢の中で出会う、星の遊泳のような光景。
意識が途切れて眠りに落ちる刹那の手を優しく引かれ、砂浜から沖へと、ともに出てゆくのだ。
幾つもの時空が混ざり束になって流れ続けている。
私たちは身体を持ちながらも、実は気づかないうちに入れ替わったり、交信したりしているのだと思う。そのもっとも身近な手段が夢なのではないかとふんでいる。
「3.夢のありか」より
色素を無くして、真っ白になったカマイルカの群れ。
珊瑚の岩場での眠りから醒めた時に、聞こえた声。
海原の照り返しが入ると、光が散乱する丘の上の洋館。
ゆめやゆめ うつつやゆめと わかぬかな
古歌を口ずさみながら、彼女の目が映した景色に指先をふれると、自分という存在がほどけてくずれてしまい、とてもあいまいなものに感じられてくる。
そういえば、子どもの頃は夢の中で海を眺めることが多かったのに、大人になるにつれて少なくなってしまったと、不意に気がつく。
波と、潮風の音色。その音色に重なる生きものの呼吸。
地上にいるのに酔ってしまいそうになるほど、色濃く漂う磯の匂い。
体の内部をめぐる水と共鳴するそれらのものたちに思いを馳せると、遠い日の記憶がゆらりと波間に浮かび上がってきた。
九州の小さな海辺のまちにあった、祖母の家の中。
八月の半ばを過ぎたある日のこと、海で泳ぎたいと口にすると、お盆を過ぎてから泳ぐのは駄目だと諭された。
理由を尋ねたわたしに返した祖母のことばが、耳元で響く。
「お盆を過ぎたら、死んだ人が引いていくけんなあ」
このことばを聞いてから後は、波が引く際の砂の中に足が沈みこむような感覚を味わうたびに、いつかわたしもこの波の向こう側に還ってゆくのだ、と思った。
空と海が溶け合う場所で、小さな欠片となったたましいの一部が、青色に染まる日が訪れるのだと。
死の淵、死の極に、メロディが住んでいる。音楽家の仕事は、門番に頼んで開けてもらったブラックホールの入り口まで進み、滑り落ちぬよう、その中から金平糖のような輝きを掬い取り、無事に戻ってくることだと、私は思っている。
生死の深淵、存在の根源。
見つめれば見つめるほど、見えないはずのものと感じられないはずのものが結晶をむすび、心の奥から大気中にあふれ出す光となる。
乱反射する光の粒が五線譜に並び、空気を震わせる旋律へとかたちを変え、律動に刻まれた血が滲むような痛みと悲しみは、それを聴く者の胸を真っ直ぐに貫く。
肉眼で見られるものなど、現実の表面のごく一部に過ぎない。
ページをめくるうちに、視界が徐々に潤みはじめた。
水の膜が滴になるのを感じながら、浮かんできた問いかけ。
虹彩、硝子体、水晶体。
わたしたちの眼球の器官の名称が、詩のような趣きを湛えているのは、いったい何故?
うまれ落ちれば後戻りの出来ないこの世界で、存在の意味を問うては暗闇に足元をすくわれそうになるたびに、金平糖のような輝きを手のひらにのせて眺めることで、人はきっと救われるのだろう。
見知った顔のメンバーと挨拶を交わす。ああこの人たちが今日も生きていてよかった、と心から思う。みんな生まれてきて、いつかいなくなってしまう。けれど今ここにいる。
波止場の夕闇に消えてしまった線香花火の橙色の火の球のように、最後の息がこぼれ落ちる日のことを思いえがくことがある。
いつ訪れるのか分からないその瞬間を思うと、目が眩む心地になることもあったけれど、そういうものとして受け入れてしまってからは、途切れずに続く日常のほうがかえって不思議だと感じられるようになった。
「ご予定がわかるようしたら」と促され、医院の受付で数ヶ月先の予約を取りつつも、その日に自分が存在するとは確約出来ないけれど、という思いが脳裏を掠める。
移ろい、めぐる季節のように、無数の命がこの惑星を訪れては、やがて去ってゆく。
太陽の熱を存分に吸収したアスファルトの上を歩きながら遠くの山並みに視線を向けると、何度も目にしているにも関わらず、思わず見惚れるほどの濃い緑の稜線が、晴れ渡る空にくっきりとえがかれていた。
かたちあるものは、儚くて脆い。
それなのに、それだからこそ。
目を閉じる。薄いまぶたを通して毛細血管にまで染み込むような陽光を味わうと、瑠璃色の声が心を揺らす。
私ができることは、変わらない。人々が求める限り、それは私を、ではなく、音楽を。私でなくてもよい。いつしか私は歌えなくなる。だから今は、命の限り。
うみだされた音楽、ことば、色彩が、煌めいて、星々のように流れ落ちてくる。
そのような星の光が、いつもそばにありますように。
この地を旅立つ時に向けて歩む日々の中で、ただそればかりを願っている。
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最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
あなたの毎日が、素晴らしいものでありますように☺️