物語が残す、花の幻影を心に。
文字の連なりが、冷ややかな光沢を帯びている。
目で追っていると、ことばは意味よりも先にその質感を伝えてきて、あまりにも薄い硝子の膜にふれているような心地になり、少し読み進めては息をついて立ち止まってしまいます。
指を一瞬ふれただけで、音を立てて硝子は崩れ落ちて、風に乗って舞う微細な破片が皮膚に傷をつけ、真紅の珠がページに染みをつけるのを、為すすべもなく見つめるしかありません。
ことばで構築された世界の中でしか、伝えることができない痛みがある。
おさめられた六篇の物語を綴る文章は、どこにも存在しないこの世の他の場所を描写しながら、現実の世界に刻印された傷を克明に照らし出していきます。

ま昼のみず色、ま夜の紺瑠璃、朝の薔薇色、夕の黄金、それらをすべて融かし込んだ、たったひとつの色のそれはおそらく銀の坩堝、天のほんとうの高みの楽園に辿り着いたとき、そこにはもはや色などなくて黒白のいずれかしかないはずだ。
「無垢なる花たちのためのユートピア」より
この世界に生きていながら、無垢であり続けることは可能なのだろうか。表題作を読みながら、そんなことに思いを巡らせます。
戦争で荒廃した大地を離れ、天空に存在するとされる楽園を目指す箱舟の乗組員に選ばれたのは、"純潔無垢"の心を持つと認められた特別な少年たち。
白菫、矢車菊、冬薔薇。
花の名前を与えられた彼らの姿を描く文章は、陽光の下で咲き乱れる花々を映し出すようで、風に揺れる花びらの色がページの上を流れていくのを見るような思いがしました。
けれども、冒頭の一行で、船から墜落する白菫を天使に擬えていた不穏さが、物語の行末を暗示していることに気がつくとき、美しい花は手折られるためにある、ということばが脳裏を過ぎるのです。
純粋であればあるほど、搾取や選別の対象になりやすいという現実の痛ましさを読む者に突きつける切れ味の鋭い文章は、その鋭利な切先でもって、同時に魂を救う手立てをも示唆します。
巻頭の作品を読み終えた後の余韻を心に残しながら目次のページへと戻り、並ぶ題名を眺めていると、この先に広がる夢と現の間の光景が立ち上がってくるようでした。
「白昼夢通信」「人形街」「最果ての実り」
「いつか明ける夜を」「卒業の終わり」
どの物語も、翳りを纏っています。けれども、読むことのよろこびに満たされるのは、夜空に白く燦く星を見るときのような静けさが、心に広がっていくからなのでしょう。
何から書き始めたらいいのかわからない。
何を書いたら、あなたに届くのか。
何を書いたら、私がここにいることをわかってもらえるのか。
何を書いたら、私があの場所で生きていたことの証になるのか。
巻末に据えられた「卒業の終わり」が描くのは、少女たちの物語。
閉ざされた学園の中の、箱庭めいた世界はどこか物憂さに満ちていて、雲雀草、月魚、雨椿という三人の少女の声が、雨音のように耳元で響く気がします。
空間を淡い紅色に染める桜、ガーデンテーブルに並べられたたくさんのお菓子、紅茶に溶けていく白砂糖。
彼女たちが目にした光景を、自分のまなうらにも浮かべながら時を過ごします。
色の薄い月魚の短い髪の上に、不健康に白い肌の上に、花びらは砂時計のように降り注いだ。あまりに惜しみなく降り注ぐので、散っても散っても尽きないように思えた。ある日唐突に、残り少なくなった花の無惨なすがたを目にすることになるというのに。
雲雀草が学園を卒業し、外の世界へ出てから行き合う、不可解な女性たちの死。
不可解、と捉えていたものの真相が見えてきたときに感じたのは、深い痛みでした。
そして思ったのです。彼女たちが抱えている苦しみはきっと、わたしの苦しみでもあるのだと。
その苦しみからうまれた暗闇に、強い意志が込められた文章が光となってさしこむ情景は、鮮やかな輪郭に縁取られています。
それがどれほど小さくて、か細くて、誰にも届かないように思えたとしても、声をあげること、ことばにすることは、決して無意味ではない。
ことばにしなければ、そこに傷があること、そして痛みや悲しさを感じる者が存在するという事実を、表明することができないのだと、彼女たちの眸は語っているように感じられました。
その眸の奥には、誰にも摘み取ることが出来ない花苑があります。
現実に抗う為に発せられたことばは、花苑を支える豊かな根となり、大地に張り巡らされている。
本を閉じた後に思い描いたのはそんな光景で、花の幻影は、しばらく消えずに残っていたのです。
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
あなたの毎日が、素晴らしいものでありますように☺️