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ことばから、こぼれ落ちるもの。

黒猫と、藤色の花。
薄墨色の蜻蛉と、青緑色の蝶の翅。

夕暮れ時に不意に目の前を横切っていったものたちのことが、何故かつよく印象に残る。
時間にしてみれば数秒にも満たないほどの行き合い方なのに、眠りにつく前に今日一日の出来事をとりとめもなく振り返っていると、脳裏にその瞬間の映像がくっきりと浮かんでくるのだ。

袖すりあうも他生の縁とはいうけれど、今日すれ違ったものたちとの間にも、なにかしらの縁があったのだろうか。
そんなことを考えながらうつつの境を超えて夢へと渡ったからなのか、気がついてみれば波の底を彷徨っていて、蜻蛉や黒猫と生活を共にしていた。

足の指先が冷たい、と思った。

波の合間に漂っているものに声をかけようとしたところで目が覚めて、いつも通りの時刻なのに明るさが弱いことに気がつく。
身繕いを整えておもてに出ると、夜の気配がほんのりと残る空気の中に、扇の風のようなひとすじの涼しさが流れていて、季節の移ろいがひそやかに告げられているようだった。

眠った。夢を見ていた。起きた。外に出た。

行動をことばにしてみれば、ただそれだけのこと。
それを行ったわたし自身の中で巡り、揺れ、滲んだ色と、からだが捉えた感覚は、すっかり抜け落ちてしまう。


休みの日は、何をしているんですか。 


数日前に職場でそう尋ねられたときのことを、ゆっくりと思い出した。
どのように言うのが正しいのだろうかと考えそうになり、あまり時間をかけて答えるような質問ではないと内心で苦笑しながら、読書が好きなので、本を読んだり本屋さんに行ったりすることが多いです、と答える。

似合いますね、そんな感じがします、と言われて笑みを返しながらも、はたして今の答え方で良かったのだろうかと、気持ちに影がさした。


しかし幾億年むかしのことも幾光年さきの場所も夢のなかではいつもいまになり、ひかりなどがのろいものにおもえる。過ぎ去った一日も百年もおなじように思えていた。いまとなってはほんとうのことかたしかめようのない記憶だった。音から音へとおもいがけなくつづき、どんどん背景がおしやられてゆく。
「こうしているうちに百年とつ」

『きことわ』朝吹真理子 より


百歳千歳ももとせちとせを経た昔のことのように思い返すのは、この物語をはじめて読んだときのこと。
ひらがなの曲線が、ふれるとやわらかな弾力を返してくるようで、海で泳ぐような心地になり、文章の流れに身をゆだねていると、身をうきくさのねを絶えて、という古歌の調べが水泡みなわとなって耳元でかすかな音をたててはじけてゆく。

本を読むとは、いったい何なのだろう。
文章を目で追い、その意味を理解することではないのだと思う。
それは波にさらわれるように、ことばの中に心ごとすべてを持ってゆかれることに他ならず、明滅する光、肌をすべる風、揺蕩う残り香、響きわたる旋律を、身に刻むこと。

読書という一語の中に内包されるものの豊かさを前にして、目眩がする。
言葉にしないと、分からないよ。
幼い頃に幾度もそう言われたけれども、口にすればするほど、言葉は現実から、というよりも自分の中の真実から遠ざかってゆくような気がしていた。

小さな違和感がふりつもると、いつしかそれは苦しさになる。
喉元にわだかまる苦しさを溶かすために、文章を書いているのかもしれないと、ふと思った。

わたしの思考には、明晰さが欠けているのだろう。
読むにしても書くにしても、様々な感覚が分かちがたく絡みあっていて、筆先に墨を含ませて濃淡を紙にうつすように、五感でとらえたものをそのままのかたちでことばにのせることしか、気持ちや考えをあらわすすべを知らない。

本を読む、と口にした瞬間にこぼれ落ちてしまうものの中にこそ、本質がある。
ときおり、読んでなどいないのではないか、とすら思うほどだ。ただ、その文章からくゆる香気に、手を浸しているだけなのではないかと。

この頃、手に取る作品のジャンルをあまり意識しなくなっていて、どんな本が好きなのかと問われると咄嗟にうまく答えられないことも多かったのだけれど、ああそうか、読んでいる間に感じる温度や、指先に残る手ざわりが心地よいものが好きなのだということに、今まさにこの文章を綴りながら思いいたる。

読むことも書くことも、五感を、ときには六感を充分にはたらかせなければ出来ぬこと。
夕暮れの青い闇の中ですれ違った蜻蛉にふたたび会うことが難しいように、その時にうまれる感覚もきっと二度と味わえないものなのだろう。
それゆえに、遠ざかりゆく波間に消えるきらめきを立ち尽くして見つめるときのようなよろこびと切なさを、記された文字のあわいに垣間見てしまうのかもしれない。

ページを開けばそこには、まなうらに浮かぶ空の面影を背景にして、遥かな記憶がたなびいている。

雲から降り注ぐ雫にふれるように、読み進めよう。

きっと今日という日の終わりに訪れる夢の中では、
この本が蝶のように翅を広げ、目の前を風に舞う花のように横切ってゆくはずだ。



幾度も読み返している物語。
読んでいる間、目の前の現実が
ゆったりとほどけてゆくような
文章が好きなのだ、と思う。








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夏樹 最後まで読んで下さり、ありがとうございます。 あなたの毎日が、素晴らしいものでありますように☺️