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あわいの季節の橋を渡って

ことばにできない曖昧な思いを抱えたまま
日々は過ぎてゆく


はらはらとこまかな雨粒がまぶたに落ちて
冬が別れを告げる


ふれると色が消えてしまいそうな
微睡のなかで見る朝焼けのように

肺の奥に届いたなら体まで透明に
なりゆく夜の静かな空気のように

揺らめく水面にうつる木洩れ日と
戯れるために舞い散る花のように


かそけき音色
あでやかな声
つむがれた光
たゆたう色彩


喪なってゆくものを惜しんでうたうとき
わたしは何を残したいと願うのだろう

*****


昨年の晩冬に書いた手帳のページをなんとなく開くと、ほのぐらい空に浮かぶ雲のような色のインクで短い詩が書きつけられていた。
書いたことすら忘れてしまっていて、一年ほど前のことなのに、そこはかとなく揺らめくものは記憶の片隅にあるけれど、何を想っていたのかをはっきりと思い出すことができない。


本を読むことや、文章を綴ることから、この頃、ほんのすこしだけ遠ざかっていた。
心のなかにある湖は、もたらされた響きや色彩を映してさざなみ立ち、その波の音が毎日の暮らしの奥底で流れているのを感じながら、それを描くことはしたくないような気持ちで。


ことばになる前の
ひかりになる前の
かたちになる前の
雲母を刷いた空気からきらめきの粒子を掬う
掬ったそばからさらさらと零れ落ちてしまう

晴れ渡る空に鳥が舞うのを見て
次第にはやくなる日の出の爽やかさに目を細めて

白桃のジャムのつややかな輝きと
海を思わせるマグカップのやわらかな手ざわりと


慌ただしさのなかではつい見過ごしてしまいそうなものに意識を向けて目を凝らすとき、自分以外にひとのいない美術館の展示室で作品と向かいあっているような心地になることがあって、日常そのものに溶け込む詩に、やすらぎをおぼえる。


水のおと
風のいろ
空のはて


うつくしいもの、癒えない傷のように心に刻みたいものに出会うとき、しあわせを感じるよりも先に、かなしみを感じるようになったのはいつからなのだろう。


どうか消えないでいて
そんなふうに願っても
届かないことを知ってしまってから?
ことばにしたいと思うのはいつだって
明確な輪郭を持たない
揺らめいて、瞬いて、溶けて、滲んで
そしていつかは消えてしまうものたち


けれどもおそらく、無限にそこにあり続けるものならば、これほどまでに惹かれないだろう。
そういえば、愛おしいということばの語源には、いとふ、という気持ちの旋律が流れている。


なにかを愛おしむということは、そのものを失うことをおそれるということでもあるから、しあわせでかなしいのだと呟いて、そんな思いにたなびく生の色彩のグラデーションは限りなくこまやかで、目の前の景色をおだやかに包みこんでゆく。


朝焼けの空の下
遠くにみえる山並みは毎日違う表情を浮かべ
それをみるわたしも、昨日とは異なる自分で
明日には存在していないかもしれないけれど
今、ここにいる


立ち止まっていると指先が冷たくなるような風が吹くなかで、橋のたもとに佇みしばらくのあいだ早咲きの桜の鮮やかさを見つめていた。

風にあおられ、花弁が梢を離れてゆく。

その行方を目で追う。おわりを捉えることは叶わずにただ空を眺めていると、鳶が優雅に旋回する姿がまぶしく光り、ひとつの歌を誘う。


夜もすがら心の行くへ尋れば
昨日の空に飛ぶ鳥のあと

風雅和歌集2075  釋教 題しらず
佛國


有りて無きものに心を託したひとはもうこの世にいないけれど、虚無を越えて、歌声は長い歳月の流れに漂い、永遠に旅を続ける。


逝く冬を惜しみながら春に出会うために、あわいの季節の橋を渡る。
そのとき、心の湖の底に、空からゆっくりと風花が舞い降りてきた。


これは、そんなある日のささやかなことばたち










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夏樹 最後まで読んで下さり、ありがとうございます。 あなたの毎日が、素晴らしいものでありますように☺️