②紫系統 続き
本日は②紫系統の続き
その2 紫系統の色に対する意識
その3 紫に対する意識
について述べていきます。
その2 紫系統の色に対する意識
紫を除いた紫系統の色に対する意識は次のとおりである。
葡萄染
は「めでたきもの」として賛美の意識があり、また「すぎにしがた恋しき、むかしおぼえて」といった過去が思い出され、なつかしい色という意識がみられる。
紫苑色
は「花やか」「あてやか」という美感をもたれ、時節に合わせ、秋に咲く紫苑の花に合わせて着用するものとされた。
二藍
は「あまり濃くて、かろびためれ」のように重々しさに欠ける色とされていたらしいが、色が青味を帯びて涼しそうなことから夏の衣に愛用された。また「すぎにしがた恋しき」「めでたし」といった意識もみられる。
その他
、藤は「めでたし」とされ、また棟・菖蒲・杜若などは夏の景物でもあり、その色相から夏に着用されるものが多い。
紫以外の紫系はやはり紫の高貴的な意識に引かれていることが多いようである。また、青に近い色になると夏の着用が多いのも特徴である。紫系の色は、あまり種類が多くないが、これも紫(濃き・薄きを含む)の用例が多いためであろうと思われる。
その3 紫に対する意識
紫に対する意識
は、何といっても「高貴」であることが支配している。そのため「あて」「めでたきもの」という意識が強い。『日本色彩文化史』の中では、紫を「紫は、平安貴族の要求する、高貴、高雅、柔婉の要素を備える……(444)」色としている。とにかく当時の人にとっては、最も高貴で優れた、色の代表であったらしい。
それと共に、この時代では
紫が「ゆかりの色」
としての認識もみられる。このことに関し、一色和寿子氏は、「紫の『ゆかりの色』としての思想は、万葉集の『なつかしの色』から発展したものだ(注23)」と述べられている。万葉集での紫は、相聞歌に使われていることが多く、その場合恋の中心を引きだすための序のような役割をしていることも割合に多いようである。例えば、「紫草の 根延ふ横野の 春野には 君を懸けつつ鴬鳴くも(巻十・一八二五)」などは、恋人を引くための序のようであり、他にもこういう例がみられる(注24)。こういうことからも紫が「なつかし(紫が恋人を思わせるような色で心がひかれる)」の感じを持った色と意識されていたと思われる。
そして、平安時代に「ゆかりの色」とされたのは、古今集・巻十七・読み人知らずに、「紫の ひともと故に むさし野の 草はみながら 哀れとぞ見る(雑歌上・八六七)」という歌が背景にあるようだ。この歌によって紫が「ゆかりの色」という意識がされるようになったと思われる。
この歌の根本には、紫の染料である紫根は揮発性の強いもので、根が接した部分は濃く、接しない周辺部でさえもボーッと淡く染まるという性質がある。つまり、一本の紫根でさえも周りのものに縁(ゆかり)のある紫の色をつけるという紫の染色上の特徴があって、このような歌が成立したものと思われる。
このようなことから、一色氏が述べられたように「なつかし」心が引かれて離れがたい紫、紫は恋人を思わせるから、恋人を思わせる紫をもった草はみな心が引かれ離れがたい、といった流れで「ゆかりの色=紫」となったのではないかと考えられる。
紫が「ゆかりの色」として文献にみえるのは、他に古今集、後撰集、拾遺集にみられ、また、伊勢物語第四十一段の「紫の色濃きときはめもはるに野なる草木ぞわかれざりける(四十一段・135)」の歌が「武蔵野の心なるべし」とあることや、宇津保物語で「むらさきの 野べのゆかりを 君により 草の原をも もとめつるかな(蔵開上・172)」などにみえるが、一番最初にみられるのは古今集の八六七の歌で、この歌が後の「紫のゆかり」の大本となっているようである。
また「紫のゆかり・ゆかりの色」としての意識は純日本的なものであって中国からの影響はみられず、日本人独自の感性により作り出されたものであるようだ。
この他に「けだかき」「をかし」「はなやかなり」「なまめかし」「きらきらし」「いまめかしくをかしげ」「うるはし」などの意識がみられる。このように、紫に対する意識は他の色とは違い、独自の意識がみられ、このようなことからも平安時代を代表する色として言われるのであろう。なお、紫は、紫の上とも深くかわっているので、そちらでも述べる。
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色をめぐるお話とは少しちがう場所で、
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