私が食べたいご飯を食べていいんだ。〜彼との喧嘩で気付いた私の本音とトラウマ〜
金曜日の夜、彼と喧嘩をした。
金曜日の20:30。
彼はまだ残業中。今週は朝の4時前後まで残業していたように思う。
普段は彼が料理担当なのだけれど、
彼は仕事で忙しいので、私が作る。
「代わりに作って」と言われたわけではないのだけど、
忙しそうだったから少しでも労わりたいという気持ちで。
・金目鯛の干物
・きんぴらごぼう
・卵焼き
家にあったものから、この三品を作った。
ご飯を作っている途中、彼が仕事を切り上げて、キッチンを覗き込んだ。
彼:「何作ってるの?」
私:「卵焼き」
彼:「ふーん。外で食べてくるわ。」
私はショックと驚きで固まった。
と同時に、いまはこのご飯の気分じゃないんだろうな〜と思った。
そして、それは分かるけどその態度なに!?と怒りと悲しさに襲われる。
そのまま、彼とは冷戦状態に──。
・ ・ ・
怒りと悲しさに包まれながらも、
私は、
「私はどう感じたのか?」「なぜそう感じるのか?」
を徹底的に分析する癖がある。
そこで2つのことに気付いた。
まず気付いた点、1つ目。
私は人のために料理をすることがトラウマだということ。
そもそも私が料理を始めたのは20:30。
彼が夜型とはいえ、もうちょっと早くから料理を始めていても良かったと思う。でもやりたくなかった──。なぜか?
「人のために料理をするのが怖いからだ。」
過去も親や彼のために料理をすることはあった。
でも、
「私の料理に満足してもらえないだろう」
「私の味付けは美味しくない」
「他の人の方が料理上手なのに」
などと不安や恐怖の感情が押し寄せるから、料理が怖い。
食べる人が自分だけなら、まだましなのに…。
私がこのように感じる理由も薄々分かっている。
私が10歳くらいの頃、母親が腱鞘炎になって料理ができなくなった。
だから、その間は長女である私が代わりに料理を作っていた。
でも記憶にあるのは、
家族が美味しいと喜んで食べてくれていたシーンではない。
母親が金切り声で私を怒るシーンだ。
「食材の炒め方がヘンだ」
「切り方が違う」
「食器を干すときの並べ方が違う」
あげるとキリがないけれど、母親の思う通りにならないと怒鳴られた。
料理なんて嫌いだ。
これを機に、母親が料理する際は一切手伝わなくなった。
そして、気付いた点2つ目。
私は食べたい料理を相手に伝えてなかったということ。
彼と仲直りする際、彼からこんなことを言われた。
「疲れて過ぎてたから、魚より肉が食べたかったんだよね」
この言葉を聞いて点と点がつながった。
これまで彼が料理をしてくれるとき、ほとんどが豚肉料理だった。
私は疲れていると肉を食べるのがしんどくなる。
そして、そんなときは魚や煮物が食べたくなる。
だから、彼がご飯を作ってくれたとき、
内心「お肉か〜。気分じゃないんだよな。」と思っていたことを思い出した。
でも作ってくれたことはありがたいし、喜んで食べていた。
そんな私にも食べたいものがあったことを思い出した。
伝え方はお互い考えるにしても、
自分が食べたいと思ったものは相手に伝えていいんだなと感じた。
と同時に、豚肉料理は彼なりの労いだったのかもしれない。
たまには、私の食べたいという気持ちにも目を向けてあげよう。
・ ・ ・
私はこの出来事からこの2つを学んだ。
・自分が食べたいものを伝えていいんだということ
・人のためにする料理はトラウマだということ
こうした小さな気づきから、自分を大切にするきっかけが生まれていくんだと思う。
これからは自分が何を食べたいか?をちゃんと心に聞いてあげたいし、
怖いことは無理にやろうとせず、落ち着きながらできる方法で挑戦してみたい。
最後に・・・
普段の彼はこんなこと言わない方なのです…。
でも、週末も含めて10日間くらい朝方まで仕事してるって感じで、ちょいちょい挙動や言動にも疲れが出ていたのも要因かなと。
だとしても、私はちゃんと自分の気持ちを話さなきゃいけなかったし、彼も伝え方には気をつけなきゃいけなかった事案だったと感じております。
学びですね…。
彼とは2人で話し合って、解決しておりますのでご安心くださいませ。
