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失踪のすすめ。【①花巻空港〜宮沢賢治童話村】

空港では、少しだけ気持ちが楽だった。

生来の陰気な気質からか予定のある日の前日は、その内容がなんであれ、気分は沈み、逃げ出したくなるのが常だった。

今回もその例に漏れず、ぼんやりとした不安を「岩手めっちゃ熊いるんだけど。」とか「最近、また三陸地震多くね??」とかそれっぽい形にしてみたりしながら、出発当日を迎えた。

それでも、身体を纏う気怠さの膜のようなものが、いつもより薄く感じた。あぁ、それはたぶんだけど、今はもう家にうさぎを待たせていないからなんだろうなぁ。
空調の効き過ぎた出発ロビーで、搭乗を待ちながらそんなことを思う。

新千歳から花巻空港へのフライトは60分ほど。
ここから三泊四日。
花巻から釜石線で太平洋側へ出て、三陸鉄道で海岸沿いを北上する。さらに八戸線へ乗り継ぎ、最後は青森県・三沢空港から帰宅し失踪終了となる。
ざっくり岩手県の横と縦を移動してその面積でも測ろうとしているかのような行程だ。

花巻の特産品は宮沢賢治と大谷翔平らしい。
大谷某はさておき、宮沢賢治なら知っている。『銀河鉄道の夜』に『風の又三郎』、『オツベルと象』。
昨年、弘前を訪れ、太宰治の下宿家に立ち寄ってからというもの、改めて「太宰を読まねば。」と心に掲げていたが、気が付いたら宮沢賢治を読み漁っていた。ごめん太宰。

天気予報通りならば、蒸し殺される暑さと数日続くような雨を覚悟していたが、いざ花巻空港へ着いてみると、思っていたよりも晴れ間がのぞいていた。気温もまずまずといったところ。

花巻空港からはタクシーで10分ほど。
宮沢賢治童話村へ到着。
夏の山のど真ん中だ。

通り雨の予感と、「これはまじで熊いるぞい。」の恐れを感じつつ銀河ステーションの門をくぐる。開けた園内には造形物や建物が点在していて、目につくものへ寄りながら、夏を踏んでいく。

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」というような大きな言葉よりも、童話村の造形物の数々よりも、山々を望む風景や、道端の草、風、湿度。そういう何でもないものの方が、彼の遺したものの裏付けになっているように思う。

いよいよ一雨来そうな空を避けるように、山猫軒へ。
昼食とも夕食とも言えない食事を摂る。もちろん猟銃は取り上げられたうえで。
「こんな時間にがっつりカレーを食べちゃったら晩御飯は入らないなぁ。」とは思った。けれど、時間に縛られない自由の方が勝っちゃって、旅、始まってるなって思った。

童話村から新花巻駅へ向かうバスを待つ。
あと20分ほどでバスが来るようだ。

停留所には石を切り出したベンチがあって、それは触れないとわからないが先ほどの雨で濡れていた。
座れないので、一人でぼーっと立っていると、老夫婦がやってきてベンチに腰掛けようとしていたので
「濡れちゃいますよ。」と声をかけた。
その後も何人か同じバスを待つ人がやって来たけど、誰も座ろうしないベンチは空いたままになった。

もし、このバス停にやって来る人の列が永遠に途切れずにいたら、もうとっくにベンチが乾いていても、それでもベンチは空いたままになるのではないか。
こういう小さな伝搬がそのうち大きな“謂れ”だったり“祟り”だったりになっていくのかもしれない。
数十年後、座ったら災いが訪れるベンチとして言い伝えられるきっかけを作った可能性を残しつつ、バスに乗り込み、童話村を後にした。

明日は、遠野。そして、三陸鉄道で大移動となる。

↓失踪の記録(写真)

花巻空港に着くと柱にはそばっちのラッピング。
かわいい。
写真でいう左手に進むと喫煙所があります。
旅の基本は『急がば吸え』です。
夏は夜間ライトアップされてより幻想的に。
そりゃ熊も気になって来ちゃうだろうなぁ。
ほら、熊出るじゃん。
椅子、座り放題。白く、天井は高い。
巨・カマキリ
部屋の中の星でも掬うことはできない。
白鳥の停車場。
時刻は、青く灼やかれたはがねの二本の針がくっきり十一時を刺すすこし前で止まっている。
宮沢賢治記念館への階段
367段
なめんな。
竈猫のこと、許しませんからね。
まるで旅館のロビーみたいだけど、宮沢賢治記念館の休める感じの場所。
銀河鉄道が通るんだろうな。
山猫軒。
クリームをたんまり塗って入店。
変な時間に食べるカレーが一番美味しいってこと!
常連客の方がいた。
異界みがある。
花巻駅の近くに銀河鉄道の夜をイメージした壁画があって、夜はライトアップされている。
駐輪場も青くライトアップされている。なぜ。
駐輪場が気になり過ぎて接近。
バンドがMVとかに使いそうなエモがある。

有機交流電燈のひとつの青い照明とは駐輪場のことだったのか。

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