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「能面検事(第8話)」無差別殺人の加害者を許せるはずがないという心情が罪を誘発する

正直に言えば、今回の犯人像については予測が全くできなかった。伏線をもう少し巧妙に配置していても良かったのではないかと思う一方で、意外性によるどんでん返しとしての面白さは確かに存在していた。刑事である結木滉星にとって、自らの恋人が犯罪に巻き込まれ、殺害された事実は到底許容しがたく、たとえ犯人を殺害したとしても、その心の澱は決して晴れることはないだろう。

とはいえ、それは一旦脇に置くとして、前回ラストで刺されたのは上川隆也である。では、彼を刺したのは結木なのかといえば、明らかにそうではない。ではなぜ、この加害者は明確にされないのか。仮に明らかにした場合、上川自身が加害者になり話が面倒になるからなのか。しかし、そう単純な話ではないように思える。むしろ「傷が癒えぬ身であっても、病院を抜け出してなお事件を追い続ける人間」であることを視聴者に強調するための演出であったのだろう。

今回の大きなテーマは、「親族や愛する者が見知らぬ第三者に殺害されたとき、その犯人が司法により罰せられるだけで、人は果たして許せるのか」という問いにある。そう考えると、上川が最初に訪ねる被害者の母親(鶴田真由)は一見不穏な存在として描かれていた。とはいえ、彼女が黒ずくめで人を刺すとは想像し難い。しかし彼女は、「捕まって裁かれたとしても許せるものではない」と明言する。この言葉は「死刑制度の存廃」という社会的論点とも直結している。凶悪犯罪者を死刑にすれば社会は改善するのか、という問いである。もちろん、罪を犯した者を放置してはならない。しかし劇中でも触れられていたように、精神鑑定によって責任能力の有無が判断され、時期が来れば釈放されることもある。この点に関しては、日本の司法制度が十分に深く検討していない印象を与える。もっとも、これは実際の当事者に尋ねてみなければ断定できないが。

結末として、「ロスジェネ世代」などと言い訳をしながら無差別殺人を自己正当化していた安井順平は殺される。そして、犯人である警官は一瞬の「仇を討った」という高揚感を得るだろうが、最終的には収監され、深い自己嫌悪に苛まれるに違いない。愛する人を美化することはできても、自らを美化することは不可能なのである。この問題意識は重い。

事件が一区切りつく中で、吉谷彩子は試用期間を終える。上川に対して多くの疑問を抱きながらも、その真実を追求する執念から多くを学んだのだろう。しかし同時に、上川のように「能面のように感情を抑える」ことは自分にはできないとも感じたのかもしれない。

総じて、各事件にはやや粗雑でまとまりきらない部分が散見されたのは否めない。検察庁の不透明さや、警察における証拠品管理の杜撰さなど、作中で描かれた要素は、現実社会にも通じる問題提起を含んでいる。事件は多く、人員は不足している。その連鎖が「職務へのスタンスの甘さ」を生み出し、結果としてこうした問題が起こる。ドラマはその点を視聴者に考えさせる契機を提供する「原作」となっているのだろう。

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