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結局、泣いたもん勝ちなの?



店舗の中の配置が変わった。
理由は、とてもシンプルで――
この前、彼女が泣いていたからだ。

それを知った瞬間、
胸の奥がすっと冷えた。

あぁ、またか。
そう思ってしまった自分がいた。

結局、上司は彼女の思う通りに動く。
彼女が不安になれば配慮され、
彼女が嫌だと言えば話は止まり、
彼女が納得しないものは、どんな案でも通らない。

私たちがどれだけ考えて、
「もっと良くなるかもしれない」と意見を出しても、
彼女の思いと違えばスルーされる。

意見を求められるけど、
答えは最初から決まっている。

だったらもう、
勝手にやってくれたらいいのに。
そんな投げやりな気持ちにもなる。

この職場で働く意味って、なんなんだろう。

みんな、
楽をしたくて言っているわけじゃない。
文句を言いたくて言っているわけでもない。

「もっと良くしたい」
ただそれだけで案を出している。

それなのに、
泣いた人の気持ちだけが最優先されて、
声を荒げない人、我慢している人の気持ちは
なかったことみたいに扱われる。

ふと、不安になる。

——これは、私の意見が通らないから怒っているだけ?
——ただの嫉妬?
——私の心が狭いだけ?
——私がおかしいのかな?

そうやって、
矛先はいつも自分に向かう。

でも本当は、
「泣けば状況が変わる」
「声を上げた人だけが守られる」

その構図に、
静かに絶望しているだけなんだと思う。

私は、泣く代わりに飲み込んできた。
空気を読んで、場を壊さないようにしてきた。
誰かの負担が減るならと、自分が動いてきた。

でも、それは評価されない。
むしろ「問題がない人」として扱われる。

問題を起こさない人ほど、
後回しにされる。

それって、
本当に正しいチームワークなんだろうか。

誰かの涙が悪いわけじゃない。
彼女が弱いわけでもない。

ただ、
「泣いたもん勝ち」に見えてしまうこの状況が、
どうしようもなく苦しい。

私は怒っているのかもしれない。
でもそれは、
自分の意見が通らないからじゃない。

誠実に働こうとしている人の声が、
最初から聞く価値がないみたいに扱われることに、
傷ついているだけなんだと思う。

それでもまた、
「私がおかしいのかな」と考えてしまう。

今日もそんなふうに、
自分の感情と出来事のあいだで、
揺れながら立っている。

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