太平記 現代語訳 33-8 足利幕府、九州地方における形成逆転を図る
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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。
太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)によって、足利幕府・九州庁(きゅうしゅうちょう)長官に任命され、筑紫国(つくしこく:福岡県)に駐在していた一色直氏(いっしきなおうじ)とその弟・一色範光(いっしきのりみつ)は、京都朝年号・延文(えんぶん)3年(1358)の春(注1)、吉野朝陣営所属の菊池武光(きくちたけみつ)と戦ってボロボロに打ち負かされてしまい、京都へ逃げ帰ってしまった。
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(訳者注1)原文では、「今年の春、筑紫の探題にて将軍より置かれたりける一色左京太夫直氏・舎弟修理太夫範光は、」。
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その後、九州全域にわたって、吉野朝サイドの勢力は著しく伸張、小弐(しょうに)、大友(おおとも)、島津(しまづ)、松浦党(まつらとう)武士団、阿蘇大宮司(あそのだいぐうじ)、草野(くさの)に至るまで皆、吉野朝側に順い靡(なび)き、今となっては、足利サイド勢力は、畠山直顕(はたけやまなおあき)ただ一人が日向国(ひゅうがこく:宮崎県)の穆佐城(むかさじょう:宮崎県・宮崎市)にこもるだけ、という状態になってしまった。
足利幕府リーダーA 九州地方をあのままの状態にしておいたのでは、非常にまずいと思うんですけど・・・。
足利幕府リーダーB 将軍様がお亡くなりになって間もない今この時、菊池がこれに付け込んで動き出しでもしたら・・・。
足利幕府リーダーC あの菊池武光の事ですからね、きっと、京都まで攻め上ってくる事でしょうよ。
足利幕府リーダーD いやぁ、こりゃぁ天下の一大事。放置しておいちゃぁ、いけません!
足利義詮 そうだなぁ・・・急ぎ、討伐軍の大将を、送り込まなきゃぁねぇ・・・。
ということで、故・細川顕氏(ほそかわあきうじ)の子息・繁氏(しげうじ)を伊予守(いよのかみ)に任命し、九州討伐軍の大将として派遣する事になった。
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細川繁氏は、まず自らの本拠地、讃岐(さぬき:香川県)へ下り、軍船をそろえ、軍勢を集めにかかった。
ところが、京都朝年号・延文4年(1359)6月2日、繁氏はにわかに病に伏し、なにか、モノにとりつかれたような状態になってしまった。
細川繁氏 アアア・・・フゥフゥフゥ・・・アアア・・・フゥフゥフゥ・・・フワワワワ・・・ウウウ・・・(ガタガタガタガタ)・・・フワワワワ・・・ファーッファーッ・・・(ガタガタガタガタ)。
細川繁氏 フゥフゥフゥ・・・おれ・・・おれはなぁ・・・(ガタガタガタガタ)・・・軍事費にあてがうためになぁ・・・(ガタガタガタガタ)・・・崇徳上皇(すとくじょうこう)の御領地を横領したぁ・・・(ガタガタガタガタ)・・・でもってぇ、でもってぇ・・・こんな重病になってしまったぞぉ・・・フワワワワ・・・ウウウ・・・(ガタガタガタガタ)・・・。
細川繁氏 フゥフゥフゥ・・・アアア・・・天の責めが・・・アアア・・・8万4千の毛孔(はちまんしせんのもうく)から入ってきてな・・・5臓6腑(ごぞうろっぷ)に溢(あふ)れかえる・・・ウァァァァ・・・熱い・・・熱い、アツイーッ!
細川繁氏・側近E (必死に扇ぐ)
扇 バタバタバタバタ・・・。
細川繁氏・側近E 殿、ほれ、涼しい風!
細川繁氏 やめろ、やめろ、熱い、熱い! ナニが涼しい風じゃ・・・燃え盛る炎みたいな・・・な・・・ウァァァァ・・・!
細川繁氏 水、水、水!
細川繁氏・側近F 殿、ほれ、冷たい水でございますよ、ほれ!(水を飲ませる)
細川繁氏 (ゴクン、ブァー!・・・口から水を、噴水のように吐き上げる)アチチ! アチチ! おのれ、煮え湯を・・・飲ませやがったな!
細川繁氏・側近F そんなぁ・・・水でございますよ、水!
細川繁氏 ファー、ファー、ファー・・・もうダメだぁ! 熱い! 熱い! もうダメだぁ! 誰かぁ・・・助けてくれぇー! ウァ、ウァ、ウァァァーーーー!
悶絶(もんぜつ)しながら転げまわる繁氏を何とかして助けようと、医師や陰陽師(おんみょうじ)らがやってくるのだが、彼の周囲4ないし5間の空間は、まるで猛火が燃え盛っているように高熱を帯びていて、誰もそこに近づく事ができない。
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病に伏し始めてから7日後の午前6時、黄色の旗一流を立て、兜をかぶった兵1,000騎ほどが、三方から、同時にトキの声をあげて、細川邸に押し寄せてきた。
謎の軍・リーダー オエーイ、オエイー、
謎の軍・メンバー一同 ワウワウワウワウーーー!
細川軍メンバーG 敵襲(てきしゅう)じゃ! 敵襲じゃぁ!
細川軍メンバー一同 いったい、どこのやつらやぁ?!
細川軍メンバーG 分からん! けど、敵に間違いない!
細川軍メンバー一同 よぉし!
繁氏からの召集に応じてやってきていた武士たち500余人は、庭に走り出て、襲来してきた謎の軍めがけて、散々に射る。矢が尽きてしまった後は、太刀を抜いて、追いつ返しつ1時間、必死の防戦を展開。
細川軍メンバーH あー! やられたぁ!
細川軍メンバー一同 なにぃ!
細川軍メンバーH あれ、見ぃや!
細川軍メンバー一同 アーッ!
見れば、カラメ手方向から細川邸内に潜入してきたのであろうか、紅色(くれないいろ)の母衣(ほろ)をかけた兵10余騎が、細川繁氏と彼の家来・行吉掃部助(ゆきよしかもんのすけ)の首を、太刀の先に貫いているではないか。
謎の軍・別動隊の隊長 見ろ、見ろ!(二つの首を、高々と差し上げる)憎いヤツの首はみんな取ってやったぞ! ウヒャヒャヒャヒャ・・・。
謎の軍・リーダー オエーイ、オエイー、
謎の軍・メンバー一同 ワウワウワウワウーーー!
トキの声を上げ終わるやいなや、謎の軍のメンバーたちは全員、天に上って雲に乗り、白峯(しらみね:香川県・坂出市:注2)の方角へ飛び去って行った。
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(訳者注2)崇徳上皇は、「保元の乱」の後、讃岐へ流されてそこで死去した。白峯寺に御陵がある。
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ナゾの軍が去った後、ふと、我に帰ってみれば、細川軍のメンバーたち、討たれたと思った者は、死んではおらず、負傷したと思った者も、身体に何の傷も無い。
細川軍メンバーI あれぇ? あいつさっき、ヤラレタはずやのに・・・ピンピンしとるやん。
細川軍メンバーJ ・・・おかしいのぉ・・・おれ、いったい今まで、何、しとったんやぁ?
細川軍メンバーI おいおい、オマエさっき、ヤツラにやられて倒れんのん、おれ、たしかに見たけど。
細川軍メンバーJ えーっ?・・・なぁも覚えとらんよぉ。
細川軍メンバーI はぁー?
細川軍メンバーK ・・・さっきオレ、左腕、矢にやられたはずなんじゃが・・・跡(あと)っかた一つ、残っとらんがの。いったいぜんたい、どうなっとんじゃぁ?
細川軍メンバーL 不思議な事もあるもんじゃのぉ。
ところが、その後しばらくして、細川繁氏と行吉掃部助が、同時に死去してしまった。
現代の世はまさに濁悪(じょくあく)の末世(まっせい)とはいいながらも、まことに霊験あらたかにして、不可思議な出来事である。
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