どちらにしようかなの話
~全国に散らばる謎の呪文~
少し真面目な話が続いた。
習慣化だの、成長だの、意志力だの。
我ながら最近ちょっと“できる人感”を出しすぎていた気がする。
このままでは、
「ランニングと筋トレをしながら人生を語る意識高い人」
になってしまう。
危ない。
私はそんな立派な人間ではない。
ということで今日は安心してほしい。
ちゃんとくだらない話をする。
あの国民的システム、覚えているか
みなさんは覚えているだろうか。
子供のころ、二択で迷ったときに発動する、あの神聖な儀式を。
そう——
どちらにしようかな
天の神様の言うとおり
である。
アイスをどっちにするか。
遊具をどっちにするか。
友達をどちらから追いかけるか。
意味もなく石をどっちに蹴るか。
あらゆる選択を神様に丸投げする、子供界最強の意思決定ツールだ。

しかし問題はその後だ
ここまでは全国共通らしい。
問題はこのあと。
地域によって、時代によって、家庭によって、なぜか続きを足されていく。
つまりこれは、
ローカル進化した呪文なのだ。
私の地域バージョン
私の育った地域ではこうだった。
どちらにしようかな
天の神様の言うとおり
ゲゲゲの鬼太郎
アブラムシ
……。
今見ると情報量がおかしい。
まず神様のあとに鬼太郎が出てくる。
さらに最後がアブラムシ。
なぜ虫で締めた。
鬼太郎サイドも困惑していると思う。
子供のころは疑問に思わなかった
恐ろしいのは、当時これを誰も疑問に思っていなかったことだ。
みんな真顔で唱えていた。
しかも真剣に。
「どっちのブランコに乗るか」という重大局面で、
アブラムシまでしっかり言っていた。
子供の世界は柔軟である。
妻にも聞いてみた
気になった私は妻にも聞いた。
すると妻は自信満々にこう言った。
どちらにしようかな
天の神様の言うとおり
すけけのけ
アブラムシ
柿の種
ロウソク一本消えた
待て待て待て。
急に長編大作になった。
そして、
すけけのけ
って何?
妖怪か?
新キャラか?
しかも途中で柿の種が出てきて、最後ロウソクが消える。
物語性が強すぎる。
娘と息子にも聞いてみた
まず娘。
どちらにしようかな
天の神様の言うとおり
鉄砲打ってバンバンバン
もう一つ打ってバンバンバン
神様に物騒すぎる。
平和に選ばせてくれ。
選択のたびに銃撃戦が始まる。
次に息子。
どちらにしようかな
天の神様の言うとおり
すけけのすけけのアブラムシ
鉄砲打ってバンバンバン
もう一つ打ってバンバンバン
全部乗せだった。
妻と娘のコラボレーション。
令和のミックス呪文である。
我が家、統一ルールなし
ここまで聞いてわかった。
我が家には共通ルールがない。
家族4人いて、全員違う。
もし何かを選ぶ場面で同時に唱えたら、
かなり不気味な空間になる。
そもそも誰が作ったのか
ここで私は考えた。
このフレーズ、誰が最初に作ったのか。
天の神様のあとに、
なぜ鬼太郎を入れたのか。
なぜアブラムシで締めたのか。
なぜ柿の種が乱入したのか。
歴史学者に調べてほしい。
子供時代の記憶って面白い
でもこういうのっていい。
意味はわからない。
正しさもない。
でも、その一言で一気に子供時代へ戻れる。
・放課後の公園
・砂だらけの靴
・ランドセル投げ捨てて遊ぶ時間
・友達と本気で揉めるじゃんけん
そんな景色まで一緒に蘇る。

大人になると失うもの
大人になると、
効率だの、正解だの、合理性だの言い出す。
でも子供のころは違った。
意味不明でも楽しかったら成立していた。
それって、ちょっと羨ましい。
次回予告(すぐではない)
本当は今日、
親世代と子供世代で違う“替え歌”の話まで書こうと思っていた。
だが、それをやると3000文字超えそうなのでやめた。
また別のnoteで書こうと思う。
最後に
みなさんの地域では、
どちらにしようかな
天の神様の言うとおり
このあと、何が続いていましたか?
ぜひ教えてほしい。
もしかしたら、
鬼太郎より意味不明な続きが全国にはまだ眠っているかもしれない。
今日も明日も明後日も
皆さんが幸せに過ごせますように♪
いってらっしゃい♪
