わたしが占い師になるまで②高速バスで竹下通りの占い専門学校に通う
1990年代後半、40歳前後の頃です。
子育ても一段落し、ライター業は安定していたものの、40代からの働き方や仕事についていろいろ考えていた時期でした。
占い師になるきっかけも、コピーライターを目指したときと同じく雑誌の記事でした。
たしか「anan」だったと思います。東京や横浜の占いの館の記事広告と並んで、占いを学ぶスクールの広告が掲載されていました。
まだネットが普及していない頃ですから、口コミの評判などはわかりません。
それに当時の占いの広告は、今よりももっとイロモノ感が強く(笑)、怪しいのかそうでないのか…正直よくわからない世界でした。
そこで、せっかく勉強するなら都会で人気のありそうな占い館を併設している学校に行こう。
非日常の場所に身を置いた方がいい刺激を受けられるかもしれない――。
そう思って選んだのが、原宿・竹下通りにある占いの学校でした。
新幹線で通うほどの予算はなかったので、月に2回、高速バスで日帰り通学。
1年半ほどかけて、タロットと占星術の基礎講座を修了しました。
レッスンのあとには仲良くなった生徒さんと原宿を歩いたり、往復のバスの中では占いの本を読んだり。
遠距離通学の占いレッスンは、それなりに楽しい時間でもありました。
コピーライター講座のときもそうでしたが、私の中にはひとつの考え方があります。
何かを身につけたいなら、中途半端なところで妥協せず、時間もお金もある程度の投資をする。その代わり、学んだことはきちんと自分のものにする、という考え方です。
講座を修了すると、そのスクールに併設されている占いの館で仕事ができるという話もありました。
ただ、遠距離通学の私には現実的ではなかったため手は挙げず、修了後は自分なりに占いの仕事の扉を開いていくことになります。
その話は、また次回に。
