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ずっと、書けずにいたのですが
少し書いてみようと思います✒

実父は早くに亡くなっており
33回忌を終えています
地下鉄サリン事件も知りません

現在、長子が高校1年生ですが
ワタシが高校入学直後の春に亡くなりました
因みに、書きながら気付きましたが
父が亡くなった年齢は現在の夫と同年齢なので
リアルにシチュエーションとして
目の当たりにしているのですが

父親を失うにしても、
夫が亡くなるタイミングとしても
どう考えても早すぎる死でした

今、夫に死なれたら、直ぐさま現在の働き方なり
暮らしは立ち行かなくなることを想像できます

よって、実母は今のワタシの年齢時
既に未亡人で、二人の子どもを育てました
(母はワタシを29で、ワタシは娘を31で出産)


実母は10人キョウダイの末っ子なので
精神面では伯父伯母やイトコ達が
沢山、手を差し伸べてくれました
伯父たちは学生時代や就職時の保証人にも
なってくれました

この経験からキョウダイが多いことのメリットを
ヒシヒシと感じていました

三人キョウダイの人はどの組み合わせであっても
人間的にバランスが取れている人
多いなぁとの印象があり
周囲を見ながらずっと思っていたので
三人キョウダイには淡い憧れがありました

早死の原因は、その3ヶ月くらい前に
出向(同業種の部長)が決まり、
ショックを受けていたのかな?
(結局、その会社では1日も勤務していない)


昭和らしく連日23時過ぎ帰宅の過労でした
帰宅後、母のボリューム満点手料理を
毎晩食べていました
(遅い時間の帰宅は、やらされ感ではなく
そう言うものと割り切っていた模様
ワタシの目には割と溌剌と見え
ゲンナリしている様子はなかったです)

父は…
私立トップ校卒→新卒後、一社で大企業会社員
→実母とお見合い結婚→嫁姑問題はあったものの
→ずっと夫婦円満→海外駐在→海外転勤多め
(複数国に年の半分位滞在し、自宅に不在)
→普通の一般家庭→四人家族の大黒柱
=典型的な昭和モデルな人デス

とても優しく思いやりのある人でした
母はプロ級の家事ができ社交的な主婦なので
補い合う理想的な夫婦像だったと思います

生前から父が不在の日常にわりと慣れていたことは
救いになりました

病気について

当初、口の中に固まったチョコレート🍫が
見つかり(血の塊)違和感を感じて受診
そのまま入院となりました


母は入院中、片道1時間の病院に
毎日毎日通って看病をしていました
その生活に無理が祟り、立ち眩みを
していたことはありました
現在も毎月お墓参りに行き
実家の仏壇は常に磨き上げています


母が不在の際は、親戚が方々から
おかずやご馳走(卒業式、入学時など)を
作ってワザワザ往復2時間位かけて
届けてくれたり、気を配ってくれ
ワタシ達キョウダイが寂しくならない様
工夫してくれました

父は不調の前まで、痩せ気味であるものの
至って健康でした

病名は当初“再生不良性貧血”と言われ
聞いたことないなぁ…と思っている間に
更に検査を続けていく内に
急性骨髄性白血病】と診断されました

その後、有名人でも何人も聞く
そんなに珍しくないハード目な病気ではありますが
当時、初めて聞いた強烈な病名で
非常に衝撃を受けました

ずっと無菌室で、輸血と治療を繰り返し
一度、一時帰宅もしました

この過去もあり献血を定期的にしています


戦中生まれの父ですが
祖父母も長生きでキョウダイは今も健在

祖父95,祖母101歳で没
祖父は当初、法学部で入学するも
体調不良で休学後、思う所があったのか
学部を変更しその学部で卒業

京大卒→元某長官
(昔あった紳士録に載っている受勲者)
紳士録に夫婦で載った写真は
祖父母の表情がとても良くて
現在もワタシの自室に飾り
毎日眺めています


結果的に、出世できた点では
適性のある分野に転身し
良かったのだと思います


先見の明?本人にとって当たりの方向転換を
行えた模様で明治時代の人としては(も)
ナカナカ思い切った決断をできたのですね

祖母は100歳まで豪邸?大分ひろい自宅に
お手伝い/ヘルパーさんを雇いながら
ひとり暮らしをしていた凛とした人でした

よって、祖父母は父の2倍生きました
最寄駅が同じなので週1は会っていました

祖母はお出掛け好きで都内は勿論
小学生2人(ワタシ達キョウダイ)を連れ
京都など(京都出身)色んな所に
連れて行ってくれるアクティブな人でした

結婚後は夫含め
良く食事に連れて行ってくれました
(夫は祖父と父に会ったこと無し)

なんか、父の話から色々自ら
暴露してしまいましたが(笑)
父も丸の内勤務でした
少なからず影響を受けて
キョウダイもワタシも(別会社)
同エリアで働き続けています

父が亡くなったあと
一度も出社することの無かった
新会社へ母と荷物回収に行ったり
同僚になる筈だった方と話す機会もありました

生前は知らなかった父の会社の友人であり
元同僚が長年ワタシたち家族のことを
気に掛けてくれ諸々世話を焼いてくれたことも
ありました(ワタシは縁故入社ではない)

親切な方っているものですね
ナゼあんなに親切になれたのだろう⁉と
今、思い返しても不思議です

父の一時帰宅時、入学したばかりの
第一希望で入った高校で
早く友達を作りたくて
放課後、盛り上がっている時に
帰ると言えなくて…
自宅から病院に戻る父に会えず、、

その時の後悔が今も残っていて
それ以来、“後悔”が大嫌いになり
“後悔”しない/“後悔”が残らない
人生を歩もうと心に決めました

母は天国から地獄に落ちるような経験をするも
幸いにも父が残してくれたもので
働かなくても経済的に困窮することもなく
気丈にプライドを持って過ごしています

生涯、細く長く続けている仕事は
飛鳥ⅡのKindle本の中に書きました

あまり纏まりなくなりましたが
思いもよらないことが起こり得ると言うことが
父の死からの最大の学びでした

と言う訳で母は途中からシングルマザーで
二人を育てることになったものの
所謂、不憫な生活をすることは
なかったので、ある意味ツイテいました
(教職を持っている科目の先生でもするのかな?
と、思っていましたが、その選択せず)

その時から主婦の選択のリスクに薄々気付き
危険なのだなと感じました

よってキョウダイもワタシも
職を手放さない選択をしています


母の最近の様子はコレ

祖母(父の母)も実母も社交的なタイプなのですが
残念ながらその部分、似なかった
受け継げながったワタシ…

実父の命日は次男の出産予定日であり誕生日
次男は祖父にソックリ
不思議な縁と絆を感じます🎗
赤ちゃん時代『おじいちゃーん』とあだ名を
付けていました👶笑ッ

末子は激しい反抗期なので
毎日、本気でケンカ仲良し
繰り返してます🔄


今年は祖父母の法事があります


もうすぐ娘が高校2年生になるので
そうすると、又書けずじまいになりそうで
思い切って公開しました


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