『行きたくない』から『どこでも行ける』へ〜娘が教えてくれた人生の選択肢〜【第2話】常識が間違っていた
娘が帯状疱疹になった日、私の世界が大きく揺らいだ。
小学1年生の子どもが、ストレスから帯状疱疹になるなんて。娘の身体が、言葉以上に辛さを訴えていたのだ。
「学校は行くべき」という常識に縛られて、私は娘の心の声を聞けていなかった。
藁をも縋る思いで
そこから、私のネット検索が始まった。「子ども 学校行きたくない 理由」「小学生 不登校 原因」...。
そんな中で出会ったのが「HSP(Highly Sensitive Person)」という言葉だった。
娘の特徴にピッタリと当てはまった。
些細な刺激にも敏感に反応する
周りの空気を読みすぎてしまう
深く考え、感じやすい
疲れやすい
藁をも縋る思いで、HSPの本を読みあさり、講座を受講した。初めて知ることばかりだった。
娘を見る目が変わった
HSPを学ぶ中で、私の娘への見方が根本から変わっていった。
「なんで学校に行けないの?」という疑問から、「この子は学校という環境が合っていないんだ」という理解へ。
「みんなと同じようにできない」という焦りから、「この子には素晴らしい才能がある」という確信へ。
公教育だけが全てではない。娘は素晴らしい才能を持っていると、心から信じられるようになった。
HSPの講座で知った新しい世界
そのHSPの講座で、私は初めて「オルタナティブスクール」という存在を知った。
公教育以外の選択肢があるということ。子どもに合わせた教育があるということ。そんな学校が実在するということ。
それは私にとって、まさに新しい世界の扉が開いた瞬間だった。
親としての気づき
今振り返ると、あの時私に必要だったのは「娘を変えよう」とすることではなく、「自分の常識を疑うこと」だった。
「学校に行けない子ども」ではなく、「今の環境が合っていない子ども」。
その視点の転換が、この後の全ての選択につながっていく。
HSPは入り口だった
HSPという概念は、私が第一歩を踏み出すきっかけをくれた。
でも後に知ることになるのだが、それは娘のほんの一面に過ぎなかった。
ヒミツキチ森学園での学びを通じて、私は娘の予想外の姿をたくさん知ることになる。大胆な挑戦をする姿。驚くほど速い気持ちの切り替え。4Bくらいだと思っていた芯の太さが、実は10Bだったこと。
HSPという枠に留まらない、もっともっと豊かな娘の姿を。
【次回予告】 そんな中、世界中を震撼させたコロナ禍がやってきた。多くの人にとって大変な時期だったあの日々が、私たち親子にとっては、思いがけない「回復の時間」をくれることになる...。
第3話「コロナ禍がくれた時間」に続く
