『行きたくない』を『挑戦したい』に変えた学校があった 〜オルタナティブスクール→教育移住という選択
軽井沢の学校、夏休み明け。
中学1年生の娘には最大の山場が待っている。3泊4日、全行程46km、獲得標高3000mというハードなカリキュラムだ。
娘にとってはとても高いハードル。でも彼女は知っている。「もう無理」と思ったその先に、新しい景色と成長が待っていることを。これは、ヒミツキチ森学園で積み重ねてきた“パターン”なのだ。
あの頃の「行きたくない」
4年前、小3の娘が毎晩布団の中でつぶやいていた言葉は「明日、学校行きたくない」。
小1で不登校を経験し、先生の交代で通えるようにはなったが、娘の良さが失われていく気がしていた。
「何か違う」
その違和感から学校探しを始め、出会ったのが葉山の古民家にある「ヒミツキチ森学園」だった。
見学、オータムスクール、一日体感を経て
「自分のペースでいい、人と比べなくていいと思えた。この学校に絶対入りたい。」
そう言って編入試験のための面接に向け、娘の方から「やってほしい」と毎日受け答えの練習を開始。(実際には思っていたものとは違って和やかな雑談に近いものだったが…。)
無事に合格をもらって小3の冬から片道1時間半かけて通い始めた。
伝説の「サルシマクエスト」
4年生の時、無人島・猿島を舞台にした謎解きイベント「サルシマクエスト」が始動。子ども主体で台本から劇、謎解きまで1年がかりで準備する大プロジェクトだった。
しかしタスクの多さや重圧から、娘は「もう無理、辞めたい」と家に帰ってから涙することが続いていた。
転機はイベント1ヶ月前。グループリーダーのあおちゃんに厳しく叱られたのだ。普段は穏やかな彼が感情を込めて雷を落としたのは、その一度きりだったという。
「申し込んでくれているお客さん、楽しみにしているお客さんがいるのに、間に合わせようという努力が見えない。それなら、やめた方がいいんじゃない?」
重たい空気の中で「やるしかない」と全員の覚悟が固まり、家でも劇の練習に打ち込む娘の姿があった。
奇跡の当日
当日の完成度は、1ヶ月前の混乱からは想像できないほど高かった。堂々と演じ、参加者を導く子どもたちの姿に胸が熱くなった。
今、娘は振り返る。
「あの時、プロジェクトに対するあおちゃんの本気と気迫を感じた。だから団結できたし、成長できた。」
イベントが終わった後、娘の中であおちゃんへの信頼と尊敬が揺るぎないものになった。(今、娘から始めて聞く言葉)
人生の土台をつくった学び
この「サルシマクエスト」の経験は、娘の心に『挑戦する勇気』という種を植えてくれた。
「もう無理」の先にある成長
仲間と団結する力
大人の本気に触れる意味
諦めずにやり抜く姿勢
この体感があるからこそ、軽井沢での新しい挑戦にも「きっと大丈夫」と思えている。
教育移住という選択
ヒミツキチは小学校まで。中学はどうするか。探究型の私学受験も考えたが、娘の良さはテストでは測れないと気づいた。全国に視野を広げ、娘が「ここに絶対入りたい」と言った軽井沢の学校を選び、今年4月に家族で移住した。
教育移住はゴールではなく、新たなスタートライン。挑戦は続いているが、ヒミツキチで育まれた「挑戦の土台」があるから前に進める。
これから書きたいこと
これからは、ヒミツキチでの学び、受験と方向転換、移住の現実、娘の声を交えて綴っていきたい。
お子さんにとってより良い学びの場を探している方、教育移住という選択肢に興味がある方の参考に。そして娘とわたしの成長記録として。
「行きたくない」が「挑戦したい」に変わる。
そんな教育があることを、少しでも多くの人に伝えていきたい。
