一言で仕事も家庭も吹っ飛んだ男
生活保護受給者施設には、実にさまざまな人生を歩んできた人が集まる。
病気で仕事を失った人。
会社が倒産した人。
借金で転落した人。
そして今回紹介するのは――
**「ゴルフで人生を崩壊させた男」**である。
主人公は49歳。
元営業マン。
営業成績は悪くなく、お客様との付き合いも上手。
会社では「接待ゴルフ要員」として重宝されていた。
本人も、
「商談はゴルフ場で決まる!」
が口癖。
しかし、その日は違った。
実は前日の夜。
奥さんと大喧嘩。
原因はよくある。
「またゴルフ?」
「仕事だから!」
「仕事って言えば何でも許されると思って!」
「うるさい!」
「もう知らない!」
バタン!!
玄関のドアが閉まる。
眠れない夜。
朝からイライラMAX。
そこへ接待ゴルフである。
最悪のコンディションだ。
相手は大口取引先の部長。
会社からは、
「絶対に機嫌を損ねるな」
と念押しされていた。
ところが事件は9番ホールで起きた。
部長の打球は林の中。
全員でボール探し。
「あった!」
と言った瞬間。
主人公の目が細くなる。
(……今、ポケットから出したよな?)
営業マンとして笑って流すべきだった。
しかし夫婦喧嘩の怒りがまだ残っていた。
そして叫んだ。
「部長、それ卵産みましたよね?」
場が凍る。
風まで止まる。
カラスも鳴かない。
キャディーさんだけが空を見ていた。
部長は苦笑い。
「いやいや、最初からそこにあったよ。」
普通なら、
「あはは、見間違えました!」
で終わる。
ところが主人公、
ブレーキが壊れていた。
「いや!絶対ポケットから出しましたよね!」
「営業マンとして黙ってられません!」
「ゴルフは紳士のスポーツです!」
熱弁開始。
接待なのに。
さらに次のホール。
部長がラフから足でボールを少し動かした。
その瞬間。
主人公、
大声で叫ぶ。
「サッカーかーーーい!!」
隣のホールまで響いた。
知らない人まで笑った。
部長だけ笑わなかった。
昼食。
空気は葬式。
誰もビールを頼まない。
主人公だけが正義感で満腹。
会社の上司は冷や汗でびしょ濡れ。
そして帰社。
社長室へ呼ばれる。
「君の言ってることは正しい。」
主人公は少し安心した。
しかし続く言葉は厳しかった。
「でも接待ゴルフでお客様を公開処刑する社員はいらない。」
商談は白紙。
数千万円の契約消滅。
会社中が大騒ぎ。
結果。
主人公、退職。
いや、ほぼクビ。
ゴルフ人生どころか会社人生終了。
再就職活動も苦戦。
面接官。
「前職を辞めた理由は?」
主人公。
「ゴルフでズルを許せませんでした!」
面接官。
「そうですか。」
終了。
5分。
歴代最速。
収入ゼロ。
住宅ローン払えず。
奥さんも限界。
「あなたは正しい。でも一緒には暮らせない。」
離婚成立。
人生ダブルボギーどころか18ホール全部OB。
そして数年後。
生活保護受給者施設へ到着。
荷物は段ボール三箱。
ゴルフバッグだけはまだ持っていた。
施設職員が聞く。
「趣味は何ですか?」
主人公は遠くを見る。
「……昔はゴルフでした。」
その話を聞いた入居者たちは興味津々。
「何で辞めたの?」
主人公。
「ズルが許せなくてな。」
すると元タクシー運転手のおじさんが一言。
「ここじゃトイレットペーパーが勝手に隣の部屋へ移動するぞ。」
主人公。
「えっ?」
「冷蔵庫のプリンも消える。」
「洗剤もなくなる。」
「誰も知らないって言う。」
主人公は立ち上がる。
「それは許せん!」
施設中を見回る。
まるでゴルフ場のマーシャル。
共有冷蔵庫の前で、
誰かが他人のヨーグルトを手に取る。
主人公。
「サッカーかーーーい!!」
違う。
それはサッカーじゃない。
ただヨーグルトを持っただけだ。
洗濯場では、
他人のハンガーを使った人に、
「マークから離れ過ぎ!」
意味不明である。
食堂では、
食後のバナナをポケットへ入れた男性に向かって、
「卵産みましたね!」
周囲は大爆笑。
本人だけ真顔。
いつしか施設では、
彼のことを陰でこう呼ぶようになった。
「ルールブックおじさん」
ズルは見逃さない。
でもどこか憎めない。
施設長は苦笑いしながら言った。
「世の中には、ズルをする人もいれば、それを許せない人もいる。」
「大事なのは、正しさを振りかざすことじゃない。」
「相手も自分も笑える形で伝えることなんだよ。」
主人公は少し照れ笑いを浮かべた。
「なるほど……。」
その日以来、施設で誰かが小さなズルをすると、
彼は怒鳴るのではなく笑顔でこう言うようになった。
「おーい、それ人生のOBになるぞ!」
すると周囲から笑いが起きる。
その笑い声のおかげか、不思議とズルは少しずつ減っていった。
人生は一度OBしても、プレー終了とは限らない。
打ち直しは痛いけれど、次の一打をまっすぐ打てれば、意外と景色は変わる。
少なくともこの施設では、今日も誰かが笑いながら叫んでいる。
「サッカーかーーーい!」
そして食堂には、平和な笑い声だけが響いているのである。

