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kamei_kana1223
「全ての人が生きやすい社会とは」
上記の「弱者は社会に養ってもらっている、社会のお荷物だという圧。低所得に陥ったのは自己責任?私たちは、影響し合って生きている」を読みました。
ヒオカさんのおっしゃる通りです。
低所得者へ憎悪が向かうのは、政府の失策によるところが大きいです。
今の社会は、政府がすべての人の人権を守るという責任を果たせていません。
私は知的障害者の人達を支援する仕事をしています。
また仕事でもプライベートでも、生活保護を受給している人達によく会います。
そのような人達に会っていて思うのは、「弱者は全面的に優遇されているわけではない。弱者として支援を受けるようになっても人生イージーになるわけではない」ということです。
障害者年金を受給することも、生活保護を受給することも、悪いことではありません。
受給して生きていくという「人権」は、すべての人に与えられています。
障害者も、生活保護受給者も、子を持っている人も、楽ではありません。
支援を受けることや守られるということは、不自由なことです。
不自由であるということは、誰かや何かに縛られているということです。
私は自分から不自由を選びたいとは思わないです。
私たちは、弱者として生きるということについて、もっと深く考えた方がいいです。
今は強い立場にいる人も、いつかは弱者として生きることになるかもしれません。
全ての人は迷惑をかけ合いながら生きています。
お互い様です。
自分一人では生きていけません。
人はそれぞれ異なる事情を抱えながら何とか生きているということを理解できるようになると、生きづらさが生きやすさに変わっていくと思います。
全ての人が生きやすいということは、自分も生きやすいということです。
全ての人が生きやすい社会を目指せるといいと思います。
