シン・群像新人賞受賞作を解体する~傾向と対策#9~異化作用で視る
おはようございます。さて、今日も読書会を開こうと思います。発表者は僕ということで、宜しくお願いします。SNSを見ていて、「あれ、自分いま何を読んでたっけ」と思ったこと、ありませんか?
そんな“情報の酔い”を描いた小説が、綾木朱美『アザミ』です。
この『アザミ』を手に取ったとき、帯にはこういうことが書かれていました。「SNSに依存し、他人のコメントに扇動され、円状に心ときめく私たち。”逆”推し事小説にして、ネットに囚われいきる「いま」を高純度で描く令和の日常系文学」。これであらすじがわかりますね。『推し、燃ゆ』とは違って、アンチとして対置させている構図ですね。
「SNSに依存」がどのように描写されているのか紐解いていきましょう。今回ご紹介したいテクニックは異化作用(defamiliarization)というものです。これは、ロシア・フォルマリズムが提唱した概念で、日常的に慣れ過ぎ て見えなくなっている事物を、敢えて異様な形で描くことで「見慣れたものを見慣れないもの」として再認識させる方法です。
こちらの文献を参考図書として挙げておきます。
本作に戻ります。ニュースランキングで、韓国アイドルのミカエル楓が”気になって”ついつい読者コメントを読んでいた。男性同僚の呼びかけに対して、こうアザミは言う。「ガチもなにも、興味ないですよ」(022頁)「たまたま」(同)だと。
そのやり取りは「ほんの一瞬のこと」(同)だったが、ただ彼の「視線の鋭さ」(同)をいつもと違ったものとして描く。周囲のノイズ(電話の音)が気になり、「記事を読む気にならず、私はサイトのウインドウを閉じる」(同)。しかしどうしても視覚的なノイズが「異常に気にな」(023頁)る。
昼休みになり、弁当を温めようとするのだが、やはりここでも「毎日耳にしているレンジの稼働音が妙に耳障りに聞こえる」(023頁)。その様は「地べたを引き回される獣の鳴き声のようで気分が悪い」
どうでしょうか。「興味のない」とはしつつも、普段とは違った光景が立ち上がってくる様を描いていますね。
彼女は「見覚えのある固有名詞(引用者注:ミカエル楓)(024頁)が見えて、指を止める」(024頁)。ここでは投稿されたコメントのいちいち取り上げませんが、アンチコメントばかりに彼女は囚われていくところは押さえておくべきことでしょう。それは、彼女の心理を揺さぶるようで、「私を丸呑みする」(025頁)「時間も場所も関係なくなっていく」(同)「目は文字を追って」いるようであっても、「本当には読んでいない」(同)ここらあたりの描写は、心理学的にいえば、これは解離的没入(dissociative immersion)ともいえる。私たちも、コメント欄を覗き込みながら、気づけば時間を溶かしている。アザミは、その“麻痺した感覚”を代弁しているのかもしれません。
以前、小説の鉄則としてShow don’t tell(語るな、描写せよ)ということを言いました。作者はここでは、普段の日常とは違うように自分自身には映る会社の描写を通して、彼女の心理を掘り下げているんですね。ついつい慣れていない方は心理のドストレートな深掘りをしてしまいますが、それとは違いやはり受賞作ではあります。
《今回のまとめ》
①Show don’t tell
②心理描写は情景描写に仮託させることもいい
③異化作用
日常の音が、ある日ふと異様に聞こえる瞬間。
そのとき、私たちは少しだけ物語に近づいているのかもしれません。
どうでしょうか。少し軟化した語りにしましたが、この方がいいという方はぜひ、「スキ」してください。今まで読んでくださってありがとうございました。
