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「正しさ」というの名の呪縛|正しさの影、寄り添う光

皆さん、こんにちは。
HSP×アンチ東大主義の、@おはようございますです。

若い頃、私たちは信じていた。
努力すれば道は開ける、正しいことをすれば人生は好転する、と。
自分の中にある「正しさ」に従えば、すべてがうまくいくと、疑いもしなかった。
だから、迷いながらも突き進むことができた。
信じる道を歩めるのは、まるで幸運のように思えた。

しかし、歳を重ねると気づく。
正しさは、必ずしも正しいわけではない
世の中には、どれだけ努力しても報われない人がいる。
努力すら許されない環境で生きる人がいる。
その現実は、私たちの信じてきた「正しさ」に静かに、そして確実に問いかけてくる。

自分は幸運だったのだろう。
努力が報われ、正しさに沿って生きられた。

しかし、世の中は決して幸運ばかりではない。
日々、明日を迎えられるかどうかすらわからない人々がいる。
彼らにとって、理想や正義は、ときに重荷に、時に遠い幻想にすぎないかもしれない。

だからこそ、私たちは立ち止まる必要がある。
正しさを一度脇に置くこと
判断や評価を押し付けず、ただ相手の人生に向き合うこと。
言葉を急がず、理解を焦らず、相手の痛みや迷いをそのまま受け止めること。
そこにこそ、人と人が本当に交わる瞬間があるのだと思う。

人生は、正しいことだけでできてはいない。
努力や幸運だけでは語れない。

だから、私たちは柔らかくなるしかない。
弱さを、迷いを、すべてを抱えたまま生きる人々に手を差し伸べるしかない。
正しさを超えたところで、初めて見えるものがある――理解、共感、そして寄り添う心。
それが、私たちが人として生きる意味なのだと、そう思う。

どうでしょうか。
@おはようございますでした。

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