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#64【徳を積む生き方】誰が見ていなくても、お天道様は見ていると思う。

おはようございます☀


皆さんは、「因果応報」って、あると思いますか?

私は、「因果応報」という言葉を信じています。
昔からよく言われる「お天道様は見ている」という感覚。

「善因善果」という言葉があるように、
巡り巡って自分の行動はすべて自分に返ってくる。
逆に、誰かが嫌がるようなことばかりしていれば、形を変えてそれも自分に戻ってきてしまう。


だからこそ私は、日々の暮らしの中で「徳を積むような生き方」を大切にしたいと思っています。

今日は、そんな話をしていきます。


誰も見ていない場所でも、ちゃんとできる人でいたい

「徳を積む」と言っても、何か大きな事業を成し遂げたいわけではありません。
日常のふとした瞬間の振る舞いを大切にしていきたいというイメージです。

例えば…

・誰も見ていない場所での小さな気配り

フードコートでゴミが落ちていたら拾う。
乱雑に置かれた椅子があれば、そっと元に戻す。
出先のトイレで洗面台が濡れていたら、自分が使ったペーパータオルでサッと拭き取っておく。
お店で、物が落ちてしまっていたら、元の場所に戻す。
本屋で、誰かが読んだ本を乱雑に置きっぱなしにしていたら、片付ける。

・譲り合いと、思いやりの行動

運転中、曲がりたそうにしている車がいたらスッと入れてあげる。
駅で困っている人がいたら声をかける。
赤ちゃんが泣いていたら「大丈夫ですよ」と微笑む。
職場の部下が最大のパフォーマンスを出せるよう、裏方として全力を尽くす。

・感謝を言葉で伝える

「やってくれて当たり前」と思わず、
「ありがとう」の気持ちはちゃんと言葉にしてその場で伝える。
暑い中外で働いてくれているガードマンさんや、宅急便屋さんにも、
「暑い中、いつもありがとうございます!」
と伝えるようにしています。

もちろん、夫にも。
「洗い物してくれたの!?ありがとう!」
「いつもありがとう。」



どれも特別なことではなく、言わなければ誰にも気づかれないようなことばかりかもしれません。

「私がやりたいからやる」それだけでいい

これらは決して、誰かに褒められたいからやっているわけではありません。

「やりたいから、やっている。」

ただそれだけです。

見返りを求めて動くと、どうしても「こんなにしてあげたのに」と見返りがなかったときに心が擦り切れてしまいます。

けれど、自分の美学として「心地いいからやる」のであれば、それだけで心が満たされます。

そして結果として、その積み重ねが巡り巡って、未来の自分を守ってくれたり、
周りとの良いご縁に繋がったりするのだと信じています。

今回、夫が大腸がんと判明しましたが、
早期発見できたのも、「徳を積んできたから」かなと思っています。
夫も同じような価値観なので、きっとご先祖様や神様が守ってくれてると思っています。
…無宗教ですが、そういうのはあると思っています。


徳は、狙って積むものじゃない

「徳を積む」というのは、狙って計算して積むものではないのかもしれません。

日常の小さな優しさや、
誰も見ていない場所での誠実さを重ねていった先に、「気づいたら、積み重なっているもの」。

それが徳というものの正体だと思います。

これからも、お天道様に恥ずかしくないように。

1番近くで、自分の行動を見ている、自分自身に恥ずかしくないように。

頑張りすぎないように、自然に。

自分自身が気持ちよくいられる選択を重ねながら、徳を積む生き方を続けていきます。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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