改正医療的ケア児法が成立|しかし、その住まいの場を、いまのグループホームに任せられるのか?
2026年7月24日、参議院本会議。
改正医療的ケア児支援法が、賛成244、反対0の全会一致で成立しました。
施行は2027年4月1日です。
長く待たれていた改正です。
「18歳の壁」に突き当たってきた家族にとっては、念願だったと思います。
何がどう変わるのか。
医療的ケアとは
人工呼吸器による呼吸管理、たんの吸引、胃ろうからの栄養注入など、 生活の中で毎日必要になる医療の行為をまとめてこう呼びます。 病院の中だけの話ではなく、家でも学校でも、誰かがやり続けなければならないケアです。
成立で、はっきり変わること
◆変わることその①:18歳を過ぎた人が、法律の対象に入る
これまでの法律は「医療的ケア児」、つまり18歳未満が中心でした。
改正法は「医療的ケア者」(18歳以上で恒常的に医療的ケアが必要な人)と「重症心身障害者」を対象に加えます。
法律の名前も変わります。
「医療的ケア児等及び重症心身障害者並びにそれらの家族に対する支援に関する法律」。
◆変わることその②:「重症心身障害者」が、法律に定義される
重度の知的障害と重度の肢体不自由が重なっている人。
この定義が、初めて法律の条文に書かれます。
これまで、成人には法律上の定義がありませんでした。
◆変わることその③:暮らしの土台が、国と自治体の責務になる
新しく条文が立ちました。
18歳を過ぎても切れ目なく医療を受けられるようにすること(第11条の2)
就労の支援。事業主に対して、能力を正当に評価し適切な雇用管理を行う努力義務まで書かれました(第11条の3)
住居の確保(第11条の4)
生涯にわたる学習の機会の確保(第10条第2項)
学校等の責務の対象に、大学・高等専門学校・専修学校の高等課程が加わります。
18歳から先の学びが、条文に入ったということです。
◆変わることその④:家族の負担軽減が、具体的に書かれる
一時預かり
夜間の居宅での福祉・保健医療サービス
通学の移動支援
これらを受けられるよう、事業所への看護師等の配置を促進する。
あわせて、医療的ケアを誰が提供できるかという要件そのものも見直されます。
保育所に、たんの吸引などができる介護従事者を配置する規定も新設されました。
◆変わることその⑤:相談の窓口と、地域の協議の場が増える
医療的ケア児支援センターは「医療的ケア児等支援センター」に改称され、都道府県だけでなく指定都市・中核市にも置けるようになります。
業務も広がります。
進行性の病気などで将来医療的ケアが必要になると見込まれる人からの相談にも応じること。
個別の支援計画づくりに協力すること。
災害時に市町村と連携して情報を提供すること。
医療・保健・福祉などの関係機関による協議会も設置できるようになりました。
◆変わることその⑥:家族同士の支え合いと、地域差の検証
ピアサポート、つまり家族が互いに支え合う活動を支援する規定が新設されました。
各地の支援状況を検証し、地域差を是正する規定も入っています。
附則では、施行後3年を目途に見直すこととされました。
ここまでが、法律に書かれたことです。
「重症心身障害者」に、法律の根拠がなかった
「重症心身障害者」という言葉に、法律上の根拠はありませんでした。
根拠があったのは「重症心身障害児」のほうです。
児童福祉法第7条第2項。
重度の知的障害及び重度の肢体不自由が重複している "児童"。 18歳未満だけです。
では、大人はどうしていたのか。
自治体が、児童福祉法の定義から類推して、自前の判断基準を作っていました。
岡山県が公表している判断指針には、こう書かれています。
法律上「重症心身障害者」の定義は定められていない。
だから児童福祉法の規定に照らして「該当するものと考えます」と。
考えます、です。
法律に書かれていないから、自治体が考えるしかなかった。
考える人が変われば、線の引かれる場所も変わります。
その結果として、何が起きていたか。
18歳を過ぎてから重症心身障害の状態になった人は、旧・重症心身障害児施設の短期入所も入所も使えませんでした。
入口が「18歳未満のときに重症心身障害の状態にあった人」に限られていたからです。
ヘルパーなどの在宅サービスは他の障害者と同じように使えても、預ける場所と暮らす場所だけが、ぽっかり抜けている。
最後は医療機関に頼るしかない。
制度の谷間、という言い方があります。
成人の重症心身障害の人は、谷間というより、そもそも法律の条文に登場していませんでした。
その言葉が、条文に入ります。
「18歳の壁」が何だったのか
法律の話だけだと、壁の高さが伝わりにくいと思います。
学齢期には、放課後等デイサービスがあります。
夕方6時、7時まで預かってくれるところもある。
学校があって、放課後があって、その間、家族は働けました。
卒業した翌日から、それが消えます。
成人の日中の場である生活介護は、多くが午後3時ごろに終わります。
2026年6月、超党派の医療的ケア児者議連に対して、当事者団体や事業者団体が要望を出しました。
そこで整理された構造が、そのまま答えになっています。
生活介護は、放課後等デイサービスより報酬が低い。
医療的ケアのある人を受け入れると、事業者の収入が半減するケースもある。
だから受け入れが進まず、サービス不足が起きている。
受け入れ先がない。
見つかっても、夕方には終わる。
だから、親のどちらかが仕事を辞める。
「障がい児及び医療的ケア児を育てる親の会」は、厚生労働省の研究会に「4つの両立の壁」という資料を出しています。
復職の壁
育休明けの壁
就学後の壁
学校卒業後の壁
最後のひとつが「18歳の壁」です。
そこに挙げられているのは、こういう項目です。
作業所などに通う場合、送迎のバス停まで付き添いが必要
終わる時間が早く、子どもが15時30分や16時には帰宅する
放課後等デイサービスに相当する場所がなく、成人してからの方が生活の質が下がってしまう
就労も毎日8時間勤務できるとは限らず、就労自体が狭き門となっている
成人してからの方が、生活の質が下がる。
18歳の壁というのは、そういう壁です。
裏を返せば、医療的ケアが必要な人の行き先は、これまでごく限られた場所しかありませんでした。
重症心身障害児者を専門に受け入れてきた施設と、看護体制を持つ一部の事業所。
それ以外の福祉事業所が医療的ケアの必要な人と関わること自体、まれだったということです。
全国の生活介護事業所を対象にした研究では、医療的ケア者を受け入れているかどうかに最も強く関係していたのは、常勤の看護師が1人以上いるかどうかでした。
回答したのは全国1,250か所のうち550か所、そのうち受け入れがあったのは209か所。
回収率は44.6%なので、受け入れに関心のある事業所ほど答えている可能性はあります。
それでも、看護体制の有無がすべてを決めるという結果は、現場の感覚と一致します。
今回の改正は、ここに手を入れました。
18歳以降の医療、就労、住まい、学び。
どれも、卒業した瞬間に足場を失っていた領域です。
そのうえで、第11条の4を読む
新設された条文のひとつ、住居の確保。
本人と家族が希望する状態で共同生活を営むべき住居、その他地域で生活を営むべき住居の確保のために、国と自治体は必要な措置を講ずる。
共同生活を営むべき住居。
これは、グループホームのことです。
グループホーム(共同生活援助)とは
障害のある人が数人で一軒の家に暮らし、世話人や生活支援員の支援を受けながら生活する場。 原則18歳から利用でき、「親亡き後」の住まいの中心として増え続けています。
医療的ケア者と重症心身障害者の住まいを、グループホームで確保していく。
方向としては、そうなります。
その受け皿が、いまどういう状態にあるか?
この業界では、まずい店が潰れない
たとえば、観光地で宿泊するホテルを考えてみましょう。
適切な価格で、料理がおいしく、接客が良い、設備が良いホテルは生き残り、
高価格で、料理もいまいち、従業員の態度が悪く、設備も悪いホテルは潰れていくでしょう。
客が選ばなくなるからです。
きわめて普通の市場の原理です。
グループホームでは、これがなかなかうまく働きません。
客が、選ばないが機能しにくい。
他のグループホームに空きがないわけではありません。
むしろ事業所は増え続けていて、地域によっては供給が過剰になっている可能性があるとして、国は総量規制の対象に加える方向で議論しています。
総量規制とは
市町村や都道府県が立てる障害福祉計画に照らして、地域にすでに足りているサービスは、 新しい事業所の指定を断ることができる仕組み。 生活介護や就労継続支援などが対象で、グループホームを加える案が2025年12月の審議会で了承されました。
部屋は、空いているのです。
それでも、利用者は動けないことが多い。
◆動けない理由その①:出る手段を持たない
移る先を探す。 見学する。 相談する。 契約して、荷物を運ぶ。
この一連を自分でできる人ばかりではありません。
家族の支援が期待できない人ほど、そこで止まります。
そして、そういう人ほど、質の低いホームに長くとどまることになる。
「ここを出たら、行き場がないよ」
これは、囲い込みをする事業者が本人に言う常套句です。 事実ではありません。 事実でないことを、確かめる手段のない人に向かって言う。
こういったグループホームがあるのは事実です。
◆動けない理由その②:情報を集めるのが難しい
どこに何があって、空いていて、どんな支援をしているのか。
調べられなくはありません。
ただ、難しい。
情報は事業者と支援者の側に偏っています。
利用者と家族が自力で並べて比べるには、時間も手間もかかりすぎます。
家族の支援がない場合、唯一の外部の支援者である相談支援専門員とは、年間何回ぐらい顔を合わせられるでしょうか?
◆動けない理由その③:嫌だと言えない
苦情を言えば、関係が悪くなる。
その空気は、支援の質が低いホームほど濃くなります。
嫌なことを嫌と言えないまま、日々が過ぎていく。
これも、囲い込みの一種だと思っています。
変えようとする側にも、壁があります。
相談支援をしていたころ、利用者のホームを変える話は、いつも重い作業でした。
本人の意向がいちばんのはずなのに、事業者の意向が前に出てくる。
客を取られた、という反応になるからです。
だったら、選ばれるようにやればいいのに…。
つまり、物を言わない客です。
食事がまずくても、従業員の態度が悪くても、利用し続けるしかない客が、そこにいる。
そして、たちが悪いのはここからだ。
質の低い事業者は、それに気づいている。
気づいたうえで、利用者に向けたサービスからコストを抜いていく。
人員を薄くする。
食事を削る。
外出をやめる。
それでも利用者は出ていかないし、報酬は入ってくる。
行き過ぎたものが、虐待事件として報じられます。
表に出るのは、そのごく一部です。
それでも、参入は抑えなくていい
僕は、それでも、多くの事業者に参入してもらっていいと思っています。
理由は、利用者の選択肢が増えるからです。
一軒しかなければ、その一軒がどんなに雑でも、そこに入るしかありません。
三軒あれば、比べられる。
合わなければ替えられる。
国はいま、逆のことをやっています。
2026年6月1日以降に新しく指定されたグループホームは、基本報酬が1000分の972。
マイナス2.8%です。
就労継続支援B型、児童発達支援、放課後等デイサービスと並んで、新規の事業所だけ報酬が下げられました。
そのうえ、総量規制の対象に加える案も了承されています。
指定権者が、指定しないことができるようにする。
国が挙げている理由は、こういう認識です。
「事業者側はニーズ調査をせずにどんどん参入してきており、先行して開設した後に利用者を募る」
そういう事業者は、実際にいます。
地域に何人利用者がいるかも調べずに物件を借りて、開けてから相談支援専門員に営業をかける。
珍しいことではありません。
それでも、入口を絞るのは違うと思っています。
入口を絞っても、いま中にいる質の低い事業者は何も困らないからだ。
困るのは、これから入ってくる側です。
その中には、まともなホームを作ったかもしれない事業者がいるかもしれない。
質の悪い事業者が残り、良くなったかもしれない事業者が入ってこない。
入口を絞るというのは、そういうことです。
必要なのは、出口です。
質の低い事業者が、退場する仕組み。
市場の原理が働かないなら、行政が指導監査で退場させるしかありません。
僕の法人も、指導監査を受ける側です。
いくらでも受ける覚悟があります。
そして、実際に受けてみると、緩い。
書類の確認が中心で、支援の中身まで踏み込まれることは、ほとんどありません。
担当者が手を抜いているという話ではありません。
監査を担う部署の人員は増えないまま、事業所の数だけが増え続けています。
一つの事業所にかけられる時間が、そもそもない。
新規事業所の報酬を2.8%下げる作業に人手を割く余力があるなら、
それを監査の側に回してほしい。
しかし、医療的ケアには、この話が通用しない
ここまでの議論には、前提があります。
質が低くても、まずは事業が始まり、時間をかけて是正されていく、という前提です。
医療的ケアには、この前提が使えません。
これまで障害者施設で死亡につながった事件は、多くが相当な悪意によるものでした。
殴る、閉じ込める、放置する。
医療的ケアは、そうではありません。
悪意がなくても、人が死にます。
夜間のたんの吸引が、一度遅れる。
人工呼吸器のアラームに、気づかない。
注入の手順を、ひとつ飛ばす。
体位交換を、面倒だからと省く。
手抜きとミスが、そのまま致命傷になる。
しかも、この人たちはこれまでの利用者よりさらに、物を言えません。
受け入れ先が少ないほど、家族は苦情を言えなくなる。
断られ続けた家族が、やっと見つけた一軒に、何を言えるでしょうか。
そして本人は、障害が重く、意思を伝える手段そのものがない場合があります。
痛いと言えない。
やめてと言えない。
嫌だと言えない。
利用者へのサービスからコストを抜くことを考える事業者に、この人たちの命を預けられるか。
僕は、預けられないと思っています。
だから、医療的ケア者と重症心身障害者のグループホームだけは、初めから高いハードルが要るのではないか。
あとから是正するのでは、間に合わない領域があります。
例外が置かれているのは、逆のほうだった
その総量規制の案には、例外が置かれています。
強度行動障害や医療的ケアが必要な人のニーズがある場合は、対象外にできる。
つまり、そこは絞らない。
理屈はわかります。
受け入れ先が足りないのだから、増やさなければならない。
ただ、順序が逆になっていないでしょうか。
一般のグループホームには入口を絞る話が進み、いちばん質を問わなければならない領域が、開いたままになる。
新規参入の報酬を下げられた事業者にとって、医療的ケアは残された入口になります。
見直しは3年後、施行は2027年4月
改正法の附則には、施行後3年を目途とした見直しが入っています。
その3年は、待てないと思っています。
法律が施行されるのは2027年4月1日です。
同じ年度に報酬改定もあります。
制度が動けば、事業者は動きます。
医療的ケア者を受け入れるグループホームは、そこから増えていきます。
問われるのは、3年後ではありません。
2027年4月までに、どんな条件を整えておくのか。
ここは、本当に大丈夫なのか?
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