見出し画像

信楽高原鉄道に乗って

過日、乗り鉄の妻と信楽高原鉄道に乗った。
滋賀県内にある信楽駅と貴生川駅を結ぶ短い路線だ。

昔、列車同士の衝突事故があった。
かなり大きな事故だった。
今は、沿線に慰霊碑が建てられている。

私たち夫婦は、途中の紫香楽宮跡駅(しがらきぐうしえき)から信楽駅までの10分足らずの区間を往復した。
車は、紫香楽宮跡駅の広い無料駐車場に停めておいた。

その駅で列車に乗るときのこと。

お昼前だったが、突然雨つぶが落ちてきた。
最初は、ちょっとした小雨程度だったが、しばらくすると大粒の雨に変わった。
私達は屋根のあるベンチに腰掛けて列車を待った。

まだ時間があったので、私と妻はおしゃべりに興じていた。

しばらくして、誰かの気配を感じた。
横をむくと、ひとりのおばあさんが、雨に濡れながら立っている。

「濡れますよ。こちらへどうぞ。」
私は、おばあさんを誘った。
「ありがとうございます。すみません。」
そう言って、おばあさんは私たちの横に座った。

話を聞くと、近くの病院へ行っての帰りらしい。
「来るときは車で送ってもらったんですけど、帰りは汽車で帰るからって。」

とうに80は過ぎているであろう白髪のおばあさんだった。
病院から駅まで歩いてきたらしい。

確かに駅のホームから、その病院が見える。
歩く距離にしたら、300mくらいであろうか。
炎天下の中を病院から歩いてきて、駅に着いたと思ったら、雨に降られて。
さぞ大変だったことだろう。

「この駅を使うのは初めてなんですよ。この二つ先の駅で降りるんですけどね。」
おばあさんはそう言った。
そんな話を聞いていたら、列車がやってきた。

甲賀忍者の絵が描かれた、1両だけの紫色のラッピング列車だった。
平日にもかかわらず、車内は案外混んでいた。

(ずっと、この鉄道が残るといいな。)
列車に揺られながら、そう私は思った。


地方は高齢化が進んでいる。
このおばあさんのように、鉄道があるおかげで、歳を取っても病院通いができる、買い物に行ける、という人たちはたくさんいると思う。

たとえ1時間に1本、いや2時間に1本でも、電車でもディーゼルカーでも何でもいい。
今、鉄道が動いている地域は、このままずっと残ってほしい。
そう私は願う。


紫香楽宮跡駅から2駅、勅旨駅という立派な名前の駅で、おばあさんは降りて行った。
降りるときも、降りた後も、何度も何度もこちらを向いて、おばあさんは頭を下げてくれた。


列車は、ほどなくして終点の信楽駅に着いた。

駅舎を出たら、先ほどの雨は小降りになっていた。
雲の間からは、薄日が差してきた。

(狐の嫁入り。)
空を見上げながら、私はそんな古い言葉を思い出していた。




いいなと思ったら応援しよう!